遭遇
「腸詰め、薄焼きパン、揚げ芋……ここらへんは定番ですね」
屋台で買ったものを両手に抱えて食べ歩き。
レンズ豆のスープで身体を温めたあとは、塩気が効いたプレッツェルをパクッ。
特にパンに挟んだカレー味の腸詰めは、ありふれたメニューながらツルギの味覚に合った様子。
ホクホクと気分の良い足取りだ。
そんなツルギを人々は奇異の目で見ていたが。
無理もない。
見目が整った少女が腰に帯刀しているのだから。
軍服を着用していないというだけで、こうも際立つ異常性。
尤も本人はそんな視線を意に介してすらいないが。
「あとは甘いものでも買って、お酒は……ノクトさんが怒りそうですね」
新年祭の定番といえば、ベルリーナーと呼ばれるジャム入りのドーナツだが、ノクトは甘いものを苦手としていることをツルギは覚えていた。
ならばあと二、三ほど適当に見繕おうとした矢先。
「はぁ、はぁ……! きゃっ!」
「あ」
走ってきた少女らしい人物に後ろからぶつかられた。
祭の気分に浮かれていたことに気付いたツルギだが、ハッとしたときには持っていたものを全て落としてしまっていた。
「す、すみません!」
おまけに理不尽に怒鳴られる始末。
「待てそこの女!」
「逃げんじゃねぇ!」
「っ、本当にすみませんでした!」
フードを深く被った少女は逃げ、また少女を追いかける男たちもツルギの脇を通り過ぎていった。
落とした食べ物を踏み潰して。
時間にして数秒間、ツルギは呆然とした。
「……主より賜りし恵みを蔑ろにせし者共に裁きの鉄槌があらんことを」
それから、地面を蹴った。
「きゃっ?!」
「な、なんだ?!」
一足の爆風にざわめく周囲の声を置き去りに。
心底不快な気分と、斬っていい獲物を見つけた高揚が入り混じった心境で。
「はぁっ、はぁっ、やっとまいた……。本当にしつこいったら……きゃあっ!!」
「へっへっへ、やっと捕まえたぜ」
「手間取らせやがってこの女」
路地裏に三人。
少女が一人の男に羽交い締めにされ、もう一人の男がナイフを光らせた。
「や、やめてくださいっ!」
「せっかくの新年祭に一人なんて可哀想だと思ってよぉ。おれたちが相手してやろうってんじゃねぇか」
「誰も頼んでませんっ……! は、放して……痛っ!」
「うるせぇ女だな。いいからさっさとひん剝いちまおうぜ」
「へへへ、おう――――――――」
男の手が少女のたわわな胸に伸びたとき。
男の肘から先が消えた。
「へ?」
ボトリと暗がりに落ちる自分の腕を見て、男はようやく発狂した。
「ぎゃあああ!! おれの!! おれの腕ッ!!」
「きょ、兄弟?!」
三人が三人、わけもわからず混乱する。
そんな中、ツルギはブーツの踵を鳴らした。
「貧民街のゴロツキの中でも、とりわけ頭の悪い人は好きです」
「だ、誰だ――――――――」
視界から消えた一瞬、今度は男の足が翔んだ。
「足がぁ!! 足がぁぁぁ!!」
「問題を起こさない限り守るべき家族。それが貧民街の、DUST’の家訓です。それでも居るところには居るんです。あなたたちのような人が。斬っても誰も咎めない、ヒヒッ、人がぁぁぁ!!」
「子鬼?! ……ひっ、ひいいいいい!!」
男は少女の狂気的な笑みを見て、ようやくそれが誰であるかを理解した。
「あああ! すまねぇ! すまねぇ! あんたの目の届くところでバカなことしたのは謝るよ! だから、だから……!」
「謝る? 結ッ構ですよぉ!! 命乞いされても!! どうせ斬るんですからぁぁぁ!!」
貧民街において、この街に住まうことはDUST’の庇護下……家族に入るということを示す。
しかし家訓を破れば家族ではない。
彼らは家族に降りかかる火の粉を排すため、そうでないものを容赦なく切り捨てる。
すなわち、家族でないものが死のうが殺されようが、一切の関与をしないということだ。
そして、貧民街の人間は帝都の法には守られない。
たとえこのめでたい日に惨殺……否、斬殺されようとも。
「アッハハハハ!! アハハハハぁ!!」
足元に広がる血溜まりの上で、新年祭に主が与えた糧にツルギは歓喜した。
「あぁ……もう一人、いましたねぇ!!」
瞳孔が開いた目で少女に向く。
身なりから貧民街の人間でないことはわかったが、どうせ誰にも見られていない。
このまま斬っても誰にも知られないだろうと高を括り、欲望のままに剣を振りかぶる。
「呪うならば、悲運を!!」
「キレイ……」
ツルギはハッと剣を止めた。
文字通り、首の皮一枚のところで。
首すじに血が這うのも気にせず、少女はフードの下から金色の眼差しをツルギにやった。
我に返ったツルギは剣を鞘に収め、ニコリと微笑んだ。
「女性の一人歩きは危ないですよ。浮かれた人はどこにでもいますから」
「ご、ゴメンなさい! あの、私……どうしてもお祭を見てみたくて。そしたらあの人たちに絡まれて……」
ツルギは少女に妙な感覚を抱いた。
目の前で人が斬られて、ここまで平静を保てるものかと。
「どうぞ」
「ハンカチ……あ、ありがとうございます」
「表に戻りましょう。あなたたちのせいでお土産が台無しになってしまったことですし。買い直さないと」
「あっ……ほ、本当にゴメンなさい! 弁償を……あ、持ち合わせが……」
大げさに慌てて、それからキュルル……と可愛らしい音を鳴らす。
少女はフードの下でさぞ赤い顔をしているのだろう。
お腹を押さえて小さくなった。
「……弁償はまたの機会にお願いします。小腹が空いてしまったのですが、よろしければご一緒しますか?」
「い、いえ! そんな助けていただいたばかりか、見ず知らずの方にご馳走していただくなんて浅まし――――――――」
キュルル……
「はう……!」
「構いませんよ。袖振り合うも多生の縁です。これも主の導きなれば」
「あ、ありがとうございます……えっと……子鬼、さん?」
「名前ではないのですが」
「ああ、ゴメンなさい! あの人たちにそう呼ばれていたもので!」
「……まぁ、なんでもいいですよ」
一度は斬ろうとした相手だ。
名乗る必要は無い。
ツルギはそう考えた。
「では、ブルー様とお呼びしても?」
「ご自由に」
「私のことは…………リゼとお呼びください」
それが偽名であることはすぐにわかったが、特に言及せず。
ツルギは共に表通りへと戻った。
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