新年祭《ノィヤール》
新年祭。
新たな一年の始まりを告げる魔導帝国の祝祭は、百八回目の鐘の音と共に始まる。
街には陽気な音楽が流れ、深夜にも関わらず昼間の様相を呈していた。
酒を飲み交わし、歌い踊って浮かれる。
祭事とは名ばかりの、国が許した安息日だ。
尤も、
「なんで私たちは仕事なんですかぁ〜」
軍人は除く、である。
積まれた書類の山を前に、オフィーリアは机に前のめりになった。
「仕方ありませんよ。非番じゃないんですから」
「にしてもですよモルガン中尉! せっかくの新年祭なのに、男も無しの女四人で仕事なんてあんまりですよぉ! ねぇミューラー大佐〜!」
「黙って手を動かせ。早く済めば外出許可を出してやる」
「む〜! ていうかツルギも手伝ってよ〜!」
「遠慮します。気分ではないので」
ツルギは他三人がペンを走らせる中、優雅にコーヒーを嗜んでいた。
「一番階級下のくせに! ミューラー大佐からも何とか言ってくださいよ〜!」
「時間の無駄だ」
「うぅ……じゃあなんでツルギはここに居るの?」
「働いている人を眺めながら飲むコーヒーっておいしいんですよ」
「性格悪っ!! くっそ〜新年祭が終わったら絶対休暇取ってやる!」
「どこかに行かれる予定でもあるんですか?」
「ありませんよ! 彼氏が居るわけでもなし! わかってて訊かないでくださいよ! モルガン中尉の意地悪!」
「ご、ゴメンなさい」
「では彼氏が居たら何をするのですか?」
ツルギが何の気無しに訊ねる。
「そ、そりゃあデートしたり」
「したり?」
「あとは、まあ……その」
「ああ、オブライエンさんは性欲を持て余してるだけでしたか」
「そんなんじゃないし!!」
「男性ならその辺に転がっているじゃありませんか。オブライエンさんは見た目は整っていますし、適当に見繕えばすぐセックス出来ますよ。男性は"可能"と思える女性には優しい生き物だと、娼館のお姉さんが言っていましたから間違いありません」
「ヴォルフラムさん、そういうことをあまり口にはしない方が……」
「ダメですか? 娼館のお姉さんが言っていたのですが」
「なんですかその娼館のお姉さんに対する絶対的な信頼……というかまあ、ヴォルフラムさん未成年ですし……」
「肉体の交わりは新たな命を宿し、己の中に巣食う邪な悪魔を祓う、主が認めし神聖な儀式です。積極的になることが何か不自然でしょうか」
性知識の核心を知らないツルギ=ヴォルフラム。
まだ十五歳の未経験者である。
「私はまだよくわかっていないのですが、皆さんはそういう経験はありますか? 娼館のお姉さん曰く、早い方は十になる前に卒業していて、二十歳になって経験が無いと魔術師になってしまうのだとか。不思議なことがあるものですね」
「ツルギ」
「はい」
「黙っていろ」
刺すような視線を向けて黙らせる。
ノクト=S=ミューラー、十九歳。今年度二十歳。
同じく疎い未経験の者の、それはそれは熱の籠もった視線であった。
「ふあぁ……それにしても暇ですね。留置所のゴロツキでも斬ってきていいですか?」
「働け」
「ノクトさんが夜勤で寂しいかと思って付き合ってあげたんですよ。あんまり素っ気ない態度だと、他の人に心が移ってしまいますよ?」
「願ったり叶ったりだ。両手を挙げて歓喜してやる」
「じゃあツルギ私と付き合う?」
「オブライエンさんはちょっと。斬り応えが無さそうなので」
「前代未聞のフラれ方したんだけど?!」
「どちらかというとモルガンさんの方が」
「ふえっ? わ、私ですか?」
「そこまで大きなお胸は未だ斬ったことがなくて」
「ひいっ?!」
冗談ですよ、と冗談めいた風に言って。
「本格的に暇なので、街の出店で何か食べてきます」
「そうしろ。居ても邪魔だ」
「お土産買ってきて〜」
「了解です」
「待て。軍服は着替えていけ」
ツルギは職務に追われる三人を置いて退出した。
まるで野良猫のように自由に。
尤も、
「ぎゃあああ!! おれの!! おれの腕ッ!!」
「足がぁ!! 足がぁぁぁ!!」
野良猫とは可愛すぎる表現の、血に飢えた猛獣なわけだが。




