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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「くしゃみ講釈」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/05/16


落語声劇「くしゃみ講釈(こうしゃく)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約30分


必要演者数:3名

      (0:0:3)

      (0:3:0)

      (1:2:0)

      (2:1:0)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって、性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


兄ぃ:弟分の兄貴分。


弟分:主人公。35歳にしてやっと彼女ができるが…。


講釈師:作中にちょっとだけ名前が登場する。

    一龍斎貞能(いちりゅうさいていのう)(低能と掛けている)と言うらしい。


乾物屋:乾物屋の店主。

    弟分が店に胡椒(こしょう)を買いに来たせいで迷惑をこうむる。


小僧:乾物屋で働く小僧さん。


町民1:お江戸の町民その一。


町民2:お江戸の町民その二。



●配役例

兄ぃ・乾物屋:

弟分・町民2:

講釈師・町民1・小僧:


※枕は誰かが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:「講釈師(こうしゃくし) 見てきたような 嘘をつき」、

  「噺家(はなしか)は 世情(せじょう)の粗(あら)で 飯を食い」、なんという事を申します。

  江戸の頃は各町内に寄席(よせ)が一軒はあったそうですが、それと同じくらい

  、講釈場(こうしゃくば)というのも各町内に一軒はあったと言います。


弟分:兄(あに)ぃ、兄(あに)ぃいるかい!? ちわー!


兄ぃ:おぅおめえか、久方(ひさかた)ぶりだな、どうした?


弟分:いやあ、ちょいと仕事でもって地方へ行ってたんだよ。

   で、こないだ帰ってきたらね、驚いちゃった。

   この町内にも寄席(よせ)ができたんだね。


兄ぃ:寄席(よせ)?

   あぁ、あの角(かど)のとこだろ。

   あれぁ寄席(よせ)じゃなくて講釈場(こうしゃくば)だ。


弟分:へえ、講釈場(こうしゃくば)かい。

   ふーん…今どんなのが出てんだい?


兄ぃ:どんなのって言ったってな…おめえに分かるかどうか知れねえけど

   よ。

   たしか一龍斎貞山(いちりゅうさいていざん)の弟子でもってな、一龍斎貞能(いちりゅうさいていのう)ってのがいま出て

   る。


弟分:一龍斎貞能(いちりゅうさいていのう)…兄(あに)ぃ、事に言うとな、

   その野郎こんな顔じゃねえかい?

   眼はどんぐり眼(まなこ)で、鼻があぐらかいてて、口がワニ口(ぐち)でさ、

   頭はこうツルっと禿(は)げあがってる、

   そういう野郎じゃねえ?


兄ぃ:おぉ確かにそういう顔だ。

   なんだ、知り合いか?


弟分:知り合いじゃねえ。

   あんの野郎…そんなとこにいやがったのか!


兄ぃ:なんだよ、急にでけえ声出すんじゃねえ。

   そいつとなんかあったのか?


弟分:なんかあったのかどころじゃねえんだ兄(あに)ぃ、聞いてくれ。

   こんなバカな話はねえんだからよ、ほんとに。

   兄(あに)ぃの前だけどね、あっしぁ今年35だよ。


兄ぃ:いや知っとるわ。

   俺の二つ下だからな。35だろ。


弟分:それでさ、この年になって初めて女ができたんだよ。


兄ぃ:ああ? なんだ色噺(いろばなし)か?

   そう言う事はな、あまり他所(よそ)で言わねえほうがいいぞ。

   バカにされるからよ。


弟分:今んとこ知ってんのは兄(あに)ぃだけだよ!

   それで、誰だと思う?


兄ぃ:知るわけねえだろ…誰だよ。


弟分:小間物屋(こまものや)のみいちゃんだよ!


兄ぃ:みいちゃん!?

   小間物屋(こまものや)のみいちゃんってぇと、あの丸ぽちゃの可愛(かわい)い?

   へえぇ、そうかあ…うん、あれぁいい娘(こ)だよ。


弟分:こないだ二人でさ、どっかでぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃお喋(しゃべ)りしよ

   うよってみいちゃんに言ったんだ。

   うちの町内はそういうぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃおしゃべりできる

   とこは中々ねえだろ?


兄ぃ:まぁなぁ…大体誰かいるから、おちおちゆっくり話も出来ねえ。


弟分:で、ようやく探したのが、お湯屋(ゆや)の裏の路地(ろじ)だよ。

   あそこは昼間から薄(うす)っ暗(くれ)ぇし誰も来ねえから、あそこがいいだろう

   と思って二人でぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃお喋(しゃべ)りしてたら、

   そこにやってきたのがあの講釈師(こうしゃくし)だよ。

   なんだか知らねえけど鷹揚(おうよう)なものの言いようをしやがるんだ。


講釈師:うん? 何やらシクシクと腹痛がして参った。

    どこぞで厠(かわや)なぞ拝借(はいしゃく)したいものであるな。


弟分:なんてこと言いやがんだよ。

   やだなぁと思って二人でしーって言ってたらさ、

   あの野郎が路地(ろじ)へ入って来やがんだ。

   しかも入口んとこで急に立ち止まったんだよ。


兄ぃ:なんだ、急に腹の具合でも限界に来たのか?


弟分:そうじゃねえんだ。

   犬の糞(くそ)踏んだんだよ。


講釈師:うん? 何やら雪駄(せった)の裏ににんやりとしたものが。

    土にしては少々湿り気を帯びている。

    ううむ、犬糞(けんふん)でなければよいが。


弟分:…あんの野郎、犬の糞(くそ)の事を犬糞(けんふん)なんて言いやがんだよ。

   しかも雪駄(せった)脱(ぬ)いで鼻先でくんくんくんくん匂(にお)い嗅(か)いでさ。


講釈師:ああぁぁこれは犬糞(けんふん)、まさに犬糞(けんふん)。

    かようなものを紙で拭(ふ)くのも異(い)なものだ。

    えぇどこぞの壁になすりつけてしまえ。


兄ぃ:おいおい、自分の腹の中に腹痛で糞(くそ)溜(た)め込んでんのに、

   さらに犬糞(けんふん)を踏んだのか。

   “踏ん”だり蹴ったりだな。


弟分:いや、真似して犬糞(けんふん)なんて言わなくたっていいし、

   “ふん”も掛けなくていいって…。

   それであの野郎、雪駄(せった)持ってこっちにずかずか来るんだよ。

   やだなぁと思ってさ、蝙蝠(こうもり)みたいに壁にぺたーってひっついてたん

   だ。

   そしたらよぅ!


講釈師:あぁここらの壁で良かろう。


弟分:っつって、あっしの鼻の頭にその雪駄(せった)をむにむにむにむにーって…

   !


兄ぃ:いやいや、目でも患(わずら)ってんのか?

   ふつう壁と人の見分(みわ)けくらいつくだろ…。


弟分:あっしは思わず、ぎゃあああ臭(くさ)いぃぃぃって叫んじまったんだ。

   気がついたらみいちゃんはどっか逃げちまうだろ。

   あの野郎もぴゅーってどっか行っちまっただろ。

   残されたのはあっしと犬糞(けんふん)の二人連れだよ。


兄ぃ:おめえも犬糞(けんふん)言ってるじゃねえか。

   やな二人連れだなぁ…俺でも逃げちまうよ。


弟分:そうだろ?

   で、お湯屋(ゆや)行って顔をうわーっと洗ってさ、

   その後またみいちゃんとこ行ったんだ。

   さっきはああいう邪魔が入ったけども、今度またあそこで二人で

   ぺちゃぺちゃお喋(しゃべ)りしようぜっつったら、

   みいちゃんが言うにはよ、

   「うちのおとっつぁんもおっかさんもああいう人だから、

   言えば家を出してくれないこともないだろうけど、

   鼻の頭に犬糞(けんふん)なすりつけられるような人と一緒にいても

   先行(さきゆ)き見込みは無いだろうし、

   貴方(あなた)の顔見てると未(いま)だに匂(にお)いが漂(ただよ)って来る気がする。

   私あなたみたいな犬糞男(けんふんおとこ)は嫌いよ」

   俺は…犬糞(けんふん)とあの野郎のおかげで女に振(ふ)られたんだぁぁぁ!!


兄ぃ:そらあ…なんとも気の毒な話だな。


弟分:ちくしょう、あの講釈場(こうしゃくば)にいんのかよ!

   これから行って張(は)り倒(たお)してくる!


兄ぃ:おぉいちょっと待て待て、待てってんだ。


弟分:兄(あに)ぃ止めねえでくれ、張(は)っ倒(たお)してくる!


兄ぃ:だからちょっと待てってんだよ!

   ええ? そんなことしたって面白(おもしろ)かねえだろうよ。


弟分:面白(おもしろ)くねえことねえんだよ!

   あっしの腹がすーっとすんだから!


兄ぃ:まずいいからちょっと座れってんだよ!

   …俺が手伝ってやろうか?


弟分:手伝う? 手伝ってくれるのかい?

   じゃ、兄(あに)ぃがこうやって後ろで抑(おさ)えつけててくれよ。

   あっしがパカーンって張(は)り倒(たお)すから。


兄ぃ:そうじゃねえ! 俺に考えがあんだよ。

   今晩(こんばん)よ、俺とおめぇであの講釈場(こうしゃくば)に行くんだ。

   でな、一番前に座るんだ。

   それから火鉢(ひばち)借りてよ、こう炭がぽっぽっぽっぽっ燃えてるのを

   前に置く。

   そん中によ、胡椒(こしょう)の粉をぱらぱらぱらーってかけるんだ。

   煙がすーっと上がっていくだろ。

   そこでぱたぱたっと煽(あお)げばあの野郎の鼻にまっしぐらよ。

   入ったら最後、クシャンクシャンくしゃみは止まらねえし、

   目に入ったらボロボロ涙は止まらねえだろうな。

   野郎、講釈(こうしゃく)どころじゃなくなる。

   そこでもっておめぇが言ってやんだよ。

   「やいやい講釈師(こうしゃくし)、おらぁおめぇのくしゃみ聞きに来たんじゃねえ

   ぞ。講釈(こうしゃく)聞きに来たんだ! 講釈(こうしゃく)出来ねえんなら、木戸銭(きどせん)返(けぇ)しやが

   れぃ!」

   って言やあよ、ええ? 野郎どうだよ。

   満員御礼(まんいんおんれい)で赤っ恥(ぱじ)だろ。


弟分:満員御礼(まんいんおんれい)で赤っ恥(ぱじ)…素敵(すてき)な響(ひび)きだね…へへへ…。

   今すぐ行こうよ兄(あに)ぃ!


兄ぃ:慌(あわ)てるんじゃねえ。

   あそこやってんのは夜だけだからな。

   何より、肝心(かんじん)なもんがねえだろ。


弟分:肝心(かんじん)なものってなんだい?


兄ぃ:胡椒(こしょう)の粉だよ。


弟分:胡椒(こしょう)の粉!

   あ、そうかそうか!

   じゃあいま買ってくるよ!

   ああいうのってどこで売ってるんだい?


兄ぃ:まあ、角(かど)の乾物屋(かんぶつや)行きや売ってんじゃねえか?


弟分:角(かど)の乾物屋(かんぶつや)ね、うん、買ってくるよ!

   どれくらい買ってくればいいかい?


兄ぃ:そんなにたんとはいらねえだろ。

   10銭ぶんもありゃいいんじゃねえか?


弟分:10銭ぶんね。

   それで、誰が行くんだい?


兄ぃ:いやおめぇの事だろ。

   おめぇが行けよ。


弟分:ああ、俺が行きやいいんだ、うん。

   いつ行こうか?


兄ぃ:今やることねえんだろ?

   すぐ行け、今すぐ。


弟分:あぁ今すぐ行ってくる!

   ……で、何買ってくんの?


兄ぃ:…今言ったろ。

   胡椒(こしょう)の粉!


弟分:【↑の語尾に喰い気味に】

   あぁあぁ胡椒(こしょう)の粉! うんうん!

   …どこで売ってんの?


兄ぃ:角(かど)の乾物屋(かんぶつや)!


弟分:【↑の語尾に喰い気味に】

   あぁあぁ角(かど)の乾物屋(かんぶつや)!

   …どれぐらい買ってくんの?


兄ぃ:10銭もありゃそれでい――


弟分:【↑の語尾に喰い気味に】

   あぁ10銭もありゃそれでいい!

   …誰が行くの?


兄ぃ:…だからおめえが行け――


弟分:【↑の語尾に喰い気味に】

   あぁぁ俺が行くのね!

   …いつ行くの?


兄ぃ:~~ッやることねえんだからすぐ行け――


弟分:【↑の語尾に喰い気味に】

   あぁぁそうそうそうだよね!

   …何買って来るんだっけ?


兄ぃ:この野郎……いいかげん覚えろよ!


弟分:ダメなんだよ、忘れっぽくってさ。

   この前医者にも言われたんだよ。

   あなたは少々望遠鏡の気(け)がありますね、って。


兄ぃ:そらぁ健忘症(けんぼうしょう)ってんだおめえ。


弟分:あぁぁそうそう、健忘症健忘症(けんぼうしょうけんぼうしょう)。

   いや、ダメなんだよホント。


兄ぃ:むう…。

   なら指に糸かなんか結びつけてよ、

   それ見たら思い出すようにするってのは?


弟分:あぁだめだめ。

   なんで結び付けたかを忘れちゃうんだよ。


兄ぃ:…厄介(やっかい)な野郎だなおい。

   じゃあこれならどうだ。

   おめぇ、酔っぱらうとよくあれやるじゃねえか。

   むかし流行(はや)ってて、縁日(えんにち)なんかに出てたのぞきからくりの真似(まね)、

   あれやるだろ。


弟分:うんやるやる! 好きなんだ。

   よく知ってるね兄(あに)ぃ。

   酔っぱらうとさ、やりたくなるんだよあれ。

   ガキの時分(じぶん)に行った縁日(えんにち)でね、

   ちっちゃな穴のぞくと絵がパタンパタンと変わってさ、

   脇(わき)にいるおじさんが…、こんな感じの棒で地面叩(じめんたた)きながら歌うんだ

   。

   あれが面白(おもしろ)いんだよ。


   【※節を知らない方は普通に読んでください】

   【手拍子(てびょうし)しながら】

   ぁそれー!

   お寺さんはー、駒込(こまごめ)のー、吉祥寺(きちじょうじ)っそらカッターン!


   て言うとさ、絵がパタンパタンってひっくり返って面白(おもしろ)いんだよ、

   あれ。


兄ぃ:そうそう。

   で、今やった噺(はなし)の名は八百屋お七(しち)だろ。

   八百屋お七(しち)には小姓(こしょう)の吉三(きちざ)って奴が出てくるだろ。

   小姓(こしょう)の吉三(きちざ)で胡椒(こしょう)、と覚えりゃいいだろ。


弟分:なるほど!

   あぁ小姓(こしょう)の吉三(きちざ)で胡椒(こしょう)ね!あぁ小姓(こしょう)の吉三(きちざ)で胡椒(こしょう)!小姓(こしょう)の吉三(きちざ)!

   なあるほど、兄(あに)ぃ頭がいいなあ。

   それなら思い出すよ!

   …で、どこで売ってんの?


兄ぃ:この野郎~~!

   角(かど)の乾物屋(かんぶつや)で10銭もありゃよくておめぇの事なんだからおめぇが

   今すぐ行けぇ!!!


弟分:あああ行ってくるよぉぉーー!


   【二拍】


   ……兄(あに)ぃも人が良いなあ。

   わざとやってんの気づかねぇでほんとに怒ってんだからさ。

   可愛(かわい)くなっちゃうね…へへ。


   【一人芝居気味に】

   どこで売ってんの!

   角(かど)の乾物屋(かんぶつや)!

   いくら買ってくんの!

   10銭分(せんぶん)もありゃそれでいい!

   誰が行くの!

   おめえが行けぇ!

   いつ行くの!

   今すぐ行けぇ!

   何買ってくんの!


   …何買ってくんの!


   ………本当に忘れちゃったよおい…えぇぇ参ったなおい…。

   出てこないよ…。

   今さら兄(あに)ぃに聞けねえしなぁ……あ…乾物屋(かんぶつや)の前来ちゃったよおい

   …。

   親父こっち見てるし…。

   あ、あは…へへ…どうも。


乾物屋:いらっしゃいやし。

    何にしますか?


弟分:あれ買いに来たんだ、あれ…。

   ほら、いま兄(あに)ぃとやってたの聞いてたろ?


乾物屋:は? いや、聞いてませんよ。


弟分:ほら…、

   どこで売ってんの!

   角(かど)の乾物屋(かんぶつや)!

   ってのを10銭ぶん。


乾物屋:いや…何ですかそれ…。

    え? 忘れちゃったって…え?何ですか?


弟分:だからほら…よく言ってる…

   あー、ここまで出かかってんだよここ……のぞけ。


乾物屋:いや、のぞいたって分かんないですよ。

    何ですか?


弟分:ここまで……ああ…あ…ええ…うえぇ…!

   【呑(の)みこむ】

   ああぁ飲んじゃったよおい…弱ったなぁ…どうしよう。

   !あ、そうだ、棒(ぼう)を貸して。


乾物屋:はい?


弟分:棒(ぼう)を貸してくれ。


乾物屋:…棒(ぼう)を買いに来たんですか?


弟分:いやそうじゃないそうじゃない。

   棒(ぼう)で地面叩(じめんたた)くと、思い出すから。


乾物屋:変わった人ですねあなた…そうですか。

    おーい小僧や!


小僧:はーい、何かご用ですかー?


乾物屋:棒(ぼう)持ってきてくれ。


小僧:はい? なんておっしゃいました?


乾物屋:だから棒(ぼう)だよ。

    そこのお客が使うんだと。


小僧:え…何に使うんです?

   もしかして…賊(ぞく)ですか?


乾物屋:知らないよ、違うみたいだけどね。

    棒(ぼう)で地面叩(じめんたた)くと思いだすとかなんとか言ってるし。


小僧:えぇぇ…追い返した方がよくないですか?


乾物屋:来ちゃったもんはしょうがないし、逆(さか)らわない方がいいんだよ、

    こういうのには。


小僧:はぁ…。

   これでいいですか?


乾物屋:ああ、それでいいよ。

    お待たせしました、こういう棒(ぼう)でいいですかね?


弟分:ありがとうありがとう。

   じゃあ思い出すからさ、親父さんはパッと覚えてくれよ、パッと。

   あっしはパッとすぐ忘れちまうんだ。

   親父さんはパッと覚える、いいかい?


   【手拍子しながら】

   ぁそれーーっ!


乾物屋:【慌てて止める】

    ちょっとちょっと、待ってくださいあなた。

    なんですか、急に大声出して。

    驚いたなもう…うちの子供寝たばかりなんですから。


弟分:うるせえなこの野郎。

   あっしは本当に思いだそうとしてんだから止めるんじゃないよ!

   ほんとに…えぇ? 聞いてろバカ。


   【※節を知らない方は普通に読んでください】

   【手拍子(てびょうし)しながら】

   ぁそれーっ!

   お寺さんはー、駒込(こまごめ)のー、吉祥寺(きちじょうじ)っそらカッターン!


   てのを、10銭。


乾物屋:ありませんよ、そういうのは。

    そういうのはないですから…あっ。


町民1:なんだなんだ、見世物(みせもの)か?


町民2:親父さん、誰だいその人。


乾物屋:あ、この人ですか?

    いや、なんだか知らないんだけど、買う物忘れちゃったらしいん

    ですよ。


町民1:いきなり地面叩(じめんたた)きながら歌いだしたけど…

    ここ、大丈夫なのかい?


乾物屋:ぁいやいや、別に頭がおかしいわけじゃないんです、ええ。

    見世物(みせもの)じゃないですから、あの、どんどん先へ行っちゃってくだ

    さい。


町民1:親父さん、ほんとに大丈夫かい?

    脅(おど)されたりとかしてない?


乾物屋:ほんと、大丈夫ですから。

    あなたがそこで止まるとみんな止まっちゃいますからね。

    はい、すいません。

    【弟分に向き直って】

    あなた、ほんと何買いに来たんですか。


弟分:【※節を知らない方は普通に読んでください】

   【無視して手拍子(てびょうし)しながら】

   ぁそれー!

   書院(しょいん)ー、造(づく)りのー、次の間(ま)でっそらカッターン!


   【若干泣きそう】

   …てのを10銭…。


乾物屋:わからないですよ、そんなこと言ったって…って、あ…。


町民1:お、なんか面白(おもしろ)いもんやってるな。


町民2:おい、もっと詰(つ)めろよ。


乾物屋:ああぁ押さないで下さい後ろの人!

    前に小さい子供いますから!危ないですから!


町民1:なんだよ見えねえぞ、前空(まえあ)けろ。


町民2:そうだそうだー!


乾物屋:見えない? あああもう!

    お子さんは地(じ)べた座って!

    真ん中の人は中腰(ちゅうごし)!

    後ろの人は…そのままで!

    見えますか? 見える。

    あぁよかったよかった。

    じゃあこのままいきましょう、はい。

    だから、あなた何買いに来たんですか。


弟分:【※節を知らない方は普通に読んでください】

   【無視して手拍子(てびょうし)しながら】

   ぁそれー!

   膝(ひざ)で待ったー、つづらついてー、目でー知ーらーすっ

   そらカッターン!


   【若干泣きそう】

   …てのを10銭…。


乾物屋:だからわからないですって!

    何を買いに来たんですか!


弟分:うるさいなおめぇこの野郎…ええ?

   こっちだって喜んでやってるわけじゃないんだよ!

   あっしがいま繰(く)り広げたものは何だ?


乾物屋:繰(く)り広げたもの…?

    ……あれでしょう? 昔あったのぞきからくり。


弟分:そうそうからくりからくり!

   …何の噺(はなし)やってたっけ?


乾物屋:噺(はなし)って……八百屋お七(しち)。


弟分:そうお七(しち)10銭!…じゃない違う。

   まだ早い。

   お七(しち)の…情夫(じょうふ)は?


乾物屋:情夫(じょうふ)?

    ……小姓(こしょう)の吉三(きちざ)。


弟分:【手を叩いて】

   胡椒(こしょう)10銭んんんんん!!!


   【二拍】


乾物屋:…はあ…胡椒(こしょう)を買いにきたの。

    胡椒(こしょう)買いに来て、のぞきからくり一段(いちだん)やるの。

    …ふうん…。

    えらい。

    えらいよ。

    今どきの人じゃない。

    うん、えらい。


弟分:へへへ褒(ほ)めるなよ~…ください!


乾物屋:【間髪入れずに】

    売り切れです。


弟分:ぐはぁぁぁ!!!

   何だよおい、売り切れるなら仕入れとけよぉおめぇ!

   あっしが買いに来るのを知ってたろ!


乾物屋:いや知らないですよそんなこと。

    何です、胡椒胡椒(こしょうこしょう)って。

    何言ってんですか。


弟分:あ…えへへ…ちょっとね、いるんですよ。


乾物屋:何に使うんですか。


弟分:その…ね、ちょっとちょっと。


乾物屋:何です?


弟分:【ささやく】

   …くしゃみさせるのに。


乾物屋:は?…くしゃみさせる?

    つまり、いたずらするために?

    …胡椒(こしょう)に謝(あやま)れ。

    ったく…、胡椒(こしょう)じゃなくても出ますよ。


弟分:えっ、何で?


乾物屋:とんがらしで十分ですよ。


弟分:とんがらし!?

   出るの!? くしゃみ!


乾物屋:ええ出ますよ。

    狐憑(きつねつ)きがおちるってくらいですから。


弟分:そうなの!?

   じゃとんがらしでいいや!

   ください!


乾物屋:あ、いいの?

    おい小僧やー!

    とんがらし10銭ぶん持ってきてくれー!


小僧:はいただいまー!


乾物屋:ああ、おまけしてやんな。


小僧:えっ、いいんですか?

   あんなに騒がれたのに。


乾物屋:…可哀想(かわいそう)だからね。

    のぞきからくり一段(いちだん)やってくれたし。

    いいんだよ。

    …はい、どうぞ。


弟分:あぁどうもありがとうって、えっこんなにくれんの!?

   嬉(うれ)しいねえ!

   じゃ、お代ここに置くよ。

   また来るから!

   じゃあねー!…ってうわ!大勢(おおぜい)人が集まって…!

   親父さん、店繁盛(みせはんじょう)してるねえ!


乾物屋:あんたが集めたんだよ、あんたが!!

    さっさと行ってくれ!

    迷惑なんだから!


弟分:あはは、それじゃさいならー!


   【二拍】


   兄(あに)ぃ、行ってきたよー!


兄ぃ:ずいぶん長(なげ)えことかかったなおい。

   どこまで行ってたんだよ。


弟分:え?角(かど)の乾物屋(かんぶつや)だよ。


兄ぃ:親父いなかったのか?


弟分:え?いたよ?


兄ぃ:はァ?

   じゃ、何やってたんだよ。


弟分:いやあ、買ってくるものをころっと忘れちまってさあ。


兄ぃ:バッカ野郎、だから言っただろうが。

   のぞきからくりで思い出せって。


弟分:あ、うん、一段(いちだん)やったよ!


兄ぃ:い、一段(いちだん)やったのか!? あそこで!?

   親父、呆(あき)れてたろ。


弟分:いやぁ?

   褒(ほ)めてたよ?


兄ぃ:褒(ほ)めてた?

   なんて言ったんだ?


弟分:えらいえらい、今どきの人じゃない、って。


兄ぃ:そりゃバカにされてんだよおめぇ。

   ったくしょうがねえな。

   で、買って来たのか?


弟分:あぁ、売り切れだった!


兄ぃ:はあぁ!?

   売り切れてたって、どうするんだよおい!


弟分:大丈夫大丈夫、終(しま)いまで聞いてくれよ。

   とんがらしでも出るんだってさ。


兄ぃ:とんがらしで?

   そりゃほんとか?


弟分:ああ、そりゃあもう!

   狐憑(きつねつ)きも落ちるんだってよ!

   10銭ぶん買ってきたからさ、行こうぜ兄(あに)ぃ。


兄ぃ:そうかい、そういうことならいいんだけどよ。

   おめえがぐずぐずしてるからもう日が落ちるじゃねえか。

   ああいう所はな、常連(じょうれん)が同じ席を占(し)めちまうんだよ。

   一番前に座んなきゃいけねえのに…ほんとによぅ。


弟分:す、すまねぇ兄(あに)ぃ。

   お、講釈場(こうしゃくば)が見えてきたね。


兄ぃ:どれ、席は…ほれ見ろ、あらかた埋(う)まってるじゃあねえか。

   前に出るぞ、ついてこい。


   へい、ちょいとごめんなさいよ!

   へい、ごめんなさいよ!

   ごめんなさいよぉ!

   …ようし、一番前まで来れたぜ。

   ほれ、早く座って火鉢(ひばち)借りろ。


弟分:えっ? 別に寒くないよ兄(あに)ぃ。


兄ぃ:いや…ほれ…だから火鉢(ひばち)借りろって。


弟分:煙草(たばこ)はあっしは吸いませんぜ?


兄ぃ:~~ッおめぇは何しに来たんだよ!

   意趣返(いしゅがえ)しをしに来たんだろが!


弟分:ああぁ意趣返(いしゅがえ)し!

   そうだそうだ忘れてた!

   胡椒(こしょう)の事で頭がいっぱいになってて今まで渦(うず)を巻いてたよ!

   そうかそうか、火鉢(ひばち)だ!

   【二回手を叩いて】

   おねえさーん!

   火鉢(ひばち)! あのね、いっぱい炭入れて!

   ぼんぼんぼんぼんおまけして!

   後からとんがらし入れるからーー


兄ぃ:【↑の語尾に喰い気味に】

   バカ野郎ッ余計(よけい)なこと言うんじゃねえよ!

   ああぁ気にしねえでくれ、ここ、ここ置いてくれ。


弟分:わあぁ…燃えてるね…ぼっぼっぼっぼっ燃えてるねこらぁ…。

   これにねぇ……とんがらし入れると煙が出るってんだけどな…。

   ほんとに出るんかな…?

   ぱらぱらぱら~~っ……

   おぉ…出た…よし、もうちょい。

   ぱらぱらぱら~~っ……

   おぉぉ~~…出たぁ…。

   これになぁ…風を送るとなぁ…くしゃみが出るってんだけど、

   ほんとに出んのかなぁ…?

   【扇ぐ】

   ぱたぱたぱた~っ……。


兄ぃ:おい…何やってんだよ。

   まだ講釈師(こうしゃくし)が出てきてねえだろ。

   はえぇんだよ。

   しかもなんでこっち向かって扇(あお)ぐんだよ。

   こっちむかっ………へっ…


   へーーーーーーーーーっくしょい!!!!!


弟分:おお…ほんとに出た。


兄ぃ:俺で試すんじゃねえ!

   ……っと、おい、出てきたぞ。


講釈師:【※()内は、手を叩いてるのとその回数です】

    ごほん。

    …毎晩のお運(はこ)びをいただきまして、誠にありがたく御礼(おんれい)を申し上

    げます。

    本日申し上げます題(だい)といたしましては、義士銘銘伝(ぎしめいめいでん)のお噂(うわさ)、

    並びに前席(ぜんせき)といたしましては、お人寄(ひとよ)せに難波戦記(なんばせんき)の一席(いっせき)でござ

    います。

    (ぱんっ)

    頃(ころ)は慶長(けいちょう)19年、改元(かいげん)あって元和元年(げんながんねん)5月の7日。

    大阪城中千畳敷(おおさかじょうちゅうせんじょうじき)におきましては、御(おん)ご上段(じょうだん)には内大臣秀頼公(ないだいじんひでよりこう)、

    御左座(おんひんだりざ)にはご母堂淀君(ぼどうよどぎみ)。

    (ぱんぱんぱぱん)

    介添(かいぞ)えとしては大野道犬(おおのどうけん)主馬修理亮数馬(しゅめしゅりのすけかずま)、

    軍師には真田左衛門尉(さなださえもんのじょう)海野幸村(うんのゆきむら)、同名(どうみょう)大助幸綱(だいすけゆきつな)(ぱんぱん)

    四天王の面々には木村長門守重成(きむらながとのかみしげなり)、長宗我部宮内少輔秦元親(ちょうそかべくないしょうゆうはたもとちか)、

    後藤又兵衛基次(ごとうまたびょうえもとつぐ)(ぱんぱん)

    七手組(しちてぐみ)番頭(ばんがしら)には速水甲斐守(はやみかいのかみ)、

    いずれも持ち口(ぐち)持ち口(ぐち)を間配(まくば)ったりしが、

    今や遅(おそ)しと相待(あいま)ったる所 (ぱん)、

    関東方(かんとうがた)五万三千の騎(き)、辰(たつ)の一点(いってん)城中目がけて押し寄せたり

    (ぱんぱんぱんぱぱん)


兄ぃ:【以下、声を落として↓】

   おい…おい…何をじーっと聞いてんだよ。


弟分:いやぁ…これからどうなんのかな、って…。


兄ぃ:知らねぇよそんなこたぁ!

   おめぇ意趣返(いしゅがえ)しをしに来たんだろが!


弟分:あぁそうだ、そうだよ!

   すっかりもう頭がいっぱいになっちゃってた。

   …そう、この野郎だよ、顔覚えてるよ。

   犬糞(けんふん)の恨み思い知れってんだ…!

   そらどんどん入れろ、どんどん入れろ、どんどん入れろぉへへへ…

   【ぱたぱた扇ぎながら】

   どんどん上がれ、どんどん上がれ、どんどん上がれぇ…!


   【声を落とすのここまで】


講釈師:【とんがらしの煙がだんだん目と鼻に入ってきて、

    ところどころ言葉にならなくなるのをうまく表現してください】


    (ぱんぱんぱぱん)

    先手(さきで)の大将その日の出(い)で立(た)ちいかにと見てやれば(ぱんっ)

    金(きん)こざねに萌黄(もえぎ)おどしの大鎧(おおよろい)、白檀磨(びゃくだんみが)きの小手脛当(こてすねあて)、

    草摺長(くさずりなが)に着っちゃくなしおんなし毛糸五枚綴(けいとごまいじころ)の兜(かぶと)をいただき、

    駒(こま)には名にし負(お)う、嵐鹿毛(あらしかげ)と名付けたるる名馬には、(ぱんっ)

    金覆輪(きんぷくりん)の………

    きんぷくっ………きんぷっ……たっ…はっ…はっ……

    はいよぉーーはいよぉーーーたぁたぁたぁ……

    へ、へっ、へーーーーっくしょーーん!と攻め入ったりぃーー!

    !(ぱんぱん)


弟分:何が攻め入ったりだこの野郎。

   【ぱたぱた扇ぎながら】

   そらどんどん上がれ、どんどん上がれ、どんどん上がれぇぇ…!


講釈師:【とんがらしのせいで言葉にならない】

    (ぱんぱんぱぱん)

    あたかも城中(じょうちゅう)目掛(めが)けたふちゃはちゃぁはぁ…

    へーーーっくしょん!!

    へーーーっくしょん!!!

    あたかもへーーくしょん!! へーーっっくしょん!!!

    はぁはぁ…いやいやいやこれは失礼を仕(つかまつ)りました。

    やつがれもうたた寝のせいか、風邪(かぜ)をひいたようでございます。

    今どきの風邪(かぜ)はしつこうございますゆえ、

    皆様もお風邪(かぜ)など召(め)す事のございませんようお気を付け下さいま

    せ。


弟分:【ぱたぱた扇ぎながら】

   風邪じゃないよぉ~~この野郎、

   どんどん上がれどんどん上がれぇぇ…!!


講釈師:【とんがらしのせいで言葉にならない】

    (ぱんぱんぱぱん)

    あたかも城中(じょうちゅう)目掛(めが)けふちゃはちゃぁはぁ……

    へーーっくしょん! へーーっくしょん!!

    やぁやぁ我こそはさんねんさんさん……

    へーーっくしょん!! へーーっくしょん!!

    本多平八(ほんだへいはち)ろへーーーっくしょん!! へーーーっくしょん!!!

    へーーーっくしょん!! へーーーっくしょん!!!

    へーーーっくしょん!! へーーーっくしょん!!!

    へーーーっくしょん!! へーーーっくしょん!!!

    【涙とくしゃみ交じりに】

    なぜ今日はかようにくしゃみが出るのでございましょう。

    これでは、講釈師(こうしゃくし)もかたなしでございます。

    本日はこれにて、お引き取りいただきとう存じまする。


兄ぃ:ほらほらほら、言ってやれ言ってやれ!


弟分:あぁあぁそうか、ここだ…!

   【一拍】

   大丈夫ですかぁーーー!?


兄ぃ:おめえがやったんだろうが!!

   ここで講釈師(こうしゃくし)の奴に毒(どく)づくって決めてたろ!


弟分:ああぁそうだ、毒(どく)づく! 野郎に毒(どく)づくんだった!!

   やいやいッ、講釈師(こうしゃくし)解釈師(かいしゃくし)おたまじゃくし———っ!!

   あっしはおめぇの講釈(こうしゃくし)聞きに来たんじゃねえぞ!

   ——くしゃみ聞きに来た!


兄ぃ:馬鹿、あべこべだそりゃ!


弟分:ああぁあべこべだ! あべこべぇぇ…!! 

   やいやいッ、講釈(こうしゃく)できねえんなら、木戸銭(きどせん)返(けえ)せぇぇぇ!!!


講釈師:【涙とくしゃみ交じりに】

    まあ、何でございますか、前のお二方(ふたかた)。

    他のお客様は気の毒がって下さいますのに、

    なぜそうお二方とも故障を入れますか。


弟分:あぁ、胡椒(こしょう)がねえから、とんがらし入れた。



終劇




参考にした落語口演の噺家演者様(敬称略)


春風亭一之輔




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