落語声劇「くしゃみ講釈」
落語声劇「くしゃみ講釈」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約30分
必要演者数:3名
(0:0:3)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって、性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
●登場人物
兄ぃ:弟分の兄貴分。
弟分:主人公。35歳にしてやっと彼女ができるが…。
講釈師:作中にちょっとだけ名前が登場する。
一龍斎貞能(低能と掛けている)
乾物屋:乾物屋の店主。
弟分が店に胡椒を買いに来たせいで迷惑をこうむる。
小僧:乾物屋で働く小僧さん。
町民1:お江戸の町民その一。
町民2:お江戸の町民その二。
●配役例
兄ぃ・乾物屋:
弟分・町民2:
講釈師・町民1・小僧:
弟分:兄ぃ、兄ぃいるかい!? ちわー!
兄ぃ:おぅおめえか、久方ぶりだな、どうした?
弟分:いやあ、ちょいと仕事でもって地方へ行ってたんだよ。
で、こないだ帰ってきたらね、驚いちゃった。
この町内にも寄席ができたんだね。
兄ぃ:寄席?
あぁ、あの角のとこだろ。
あれぁ寄席じゃなくて講釈場だ。
弟分:へえ、講釈場かい。
ふーん…今どんなのが出てんだい?
兄ぃ:どんなのって言ったってな…おめえに分かるかどうか知れねえけど
よ。
たしか一龍斎貞山の弟子でもってな、一龍斎貞能ってのがいま出て
る。
弟分:一龍斎貞能…兄ぃ、事に言うとな、
その野郎こんな顔じゃねえかい?
眼はどんぐり眼で、鼻があぐらかいてて、口がワニ口でさ、
頭はこうツルっと禿げあがってる、
そういう野郎じゃねえ?
兄ぃ:おぉ確かにそういう顔だ。
なんだ、知り合いか?
弟分:知り合いじゃねえ。
あんの野郎…そんなとこにいやがったのか!
兄ぃ:なんだよ、急にでけえ声出すんじゃねえ。
そいつとなんかあったのか?
弟分:なんかあったのかどころじゃねえんだ兄ぃ、聞いてくれ。
こんなバカな話はねえんだからよ、ほんとに。
兄ぃの前だけどね、あっしぁ今年35だよ。
兄ぃ:いや知っとるわ。
俺の二つ下だからな。35だろ。
弟分:それでさ、この年になって初めて女ができたんだよ。
兄ぃ:ああ? なんだ色噺か?
そう言う事はな、あまり他所で言わねえほうがいいぞ。
バカにされるからよ。
弟分:今んとこ知ってんのは兄ぃだけだよ!
それで、誰だと思う?
兄ぃ:知るわけねえだろ…誰だよ。
弟分:小間物屋のみいちゃんだよ!
兄ぃ:みいちゃん!?
小間物屋のみいちゃんってぇと、あの丸ぽちゃの可愛い?
へえぇ、そうかあ…うん、あれぁいい娘だよ。
弟分:こないだ二人でさ、どっかでぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃお喋りしよ
うよってみいちゃんに言ったんだ。
うちの町内はそういうぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃおしゃべりできる
とこは中々ねえだろ?
兄ぃ:まぁなぁ…大体誰かいるから、おちおちゆっくり話も出来ねえ。
弟分:で、ようやく探したのが、お湯屋の裏の路地だよ。
あそこは昼間から薄っ暗ぇし誰も来ねえから、あそこがいいだろう
と思って二人でぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃお喋りしてたら、
そこにやってきたのがあの講釈師だよ。
なんだか知らねえけど鷹揚なものの言いようをしやがるんだ。
講釈師:うん? 何やらシクシクと腹痛がして参った。
どこぞで厠なぞ拝借したいものであるな。
弟分:なんてこと言いやがんだよ。
やだなぁと思って二人でしーって言ってたらさ、
あの野郎が路地へ入って来やがんだ。
しかも入口んとこで急に立ち止まったんだよ。
兄ぃ:なんだ、急に腹の具合でも限界に来たのか?
弟分:そうじゃねえんだ。
犬の糞踏んだんだよ。
講釈師:うん? 何やら雪駄の裏ににんやりとしたものが。
土にしては少々湿り気を帯びている。
ううむ、犬糞でなければよいが。
弟分:…あんの野郎、犬の糞の事を犬糞なんて言いやがんだよ。
しかも雪駄脱いで鼻先でくんくんくんくん匂い嗅いでさ。
講釈師:ああぁぁこれは犬糞、まさに犬糞。
かようなものを紙で拭くのも異なものだ。
えぇどこぞの壁になすりつけてしまえ。
兄ぃ:おいおい、自分の腹の中に腹痛で糞溜め込んでんのに、
さらに犬糞を踏んだのか。
“踏ん”だり蹴ったりだな。
弟分:いや、真似して犬糞なんて言わなくたっていいし、
“ふん”も掛けなくていいって…。
それであの野郎、雪駄持ってこっちにずかずか来るんだよ。
やだなぁと思ってさ、蝙蝠みたいに壁にぺたーってひっついてたん
だ。
そしたらよぅ!
講釈師:あぁここらの壁で良かろう。
弟分:っつって、あっしの鼻の頭にその雪駄をむにむにむにむにーって…
!
兄ぃ:いやいや、目でも患ってんのか?
ふつう壁と人の見分けくらいつくだろ…。
弟分:あっしは思わず、ぎゃあああ臭いぃぃぃって叫んじまったんだ。
気がついたらみいちゃんはどっか逃げちまうだろ。
あの野郎もぴゅーってどっか行っちまっただろ。
残されたのはあっしと犬糞の二人連れだよ。
兄ぃ:おめえも犬糞言ってるじゃねえか。
やな二人連れだなぁ…俺でも逃げちまうよ。
弟分:そうだろ?
で、お湯屋行って顔をうわーっと洗ってさ、
その後またみいちゃんとこ行ったんだ。
さっきはああいう邪魔が入ったけども、今度またあそこで二人で
ぺちゃぺちゃお喋りしようぜっつったら、
みいちゃんが言うにはよ、
「うちのおとっつぁんもおっかさんもああいう人だから、
言えば家を出してくれないこともないだろうけど、
鼻の頭に犬糞なすりつけられるような人と一緒にいても
先行き見込みは無いだろうし、
貴方の顔見てると未だに匂いが漂って来る気がする。
私あなたみたいな犬糞男は嫌いよ」
俺は…犬糞とあの野郎のおかげで女に振られたんだぁぁぁ!!
兄ぃ:そらあ…なんとも気の毒な話だな。
弟分:ちくしょう、あの講釈場にいんのかよ!
これから行って張り倒してくる!
兄ぃ:おぉいちょっと待て待て、待てってんだ。
弟分:兄ぃ止めねえでくれ、張っ倒してくる!
兄ぃ:だからちょっと待てってんだよ!
ええ? そんなことしたって面白かねえだろうよ。
弟分:面白くねえことねえんだよ!
あっしの腹がすーっとすんだから!
兄ぃ:まずいいからちょっと座れってんだよ!
…俺が手伝ってやろうか?
弟分:手伝う? 手伝ってくれるのかい?
じゃ、兄ぃがこうやって後ろで抑えつけててくれよ。
あっしがパカーンって張り倒すから。
兄ぃ:そうじゃねえ! 俺に考えがあんだよ。
今晩よ、俺とおめぇであの講釈場に行くんだ。
でな、一番前に座るんだ。
それから火鉢借りてよ、こう炭がぽっぽっぽっぽっ燃えてるのを
前に置く。
そん中によ、胡椒の粉をぱらぱらぱらーってかけるんだ。
煙がすーっと上がっていくだろ。
そこでぱたぱたっと煽げばあの野郎の鼻にまっしぐらよ。
入ったら最後、クシャンクシャンくしゃみは止まらねえし、
目に入ったらボロボロ涙は止まらねえだろうな。
野郎、講釈どころじゃなくなる。
そこでもっておめぇが言ってやんだよ。
「やいやい講釈師、おらぁおめぇのくしゃみ聞きに来たんじゃねえ
ぞ。講釈聞きに来たんだ! 講釈出来ねえんなら、木戸銭返しやが
れぃ!」
って言やあよ、ええ? 野郎どうだよ。
満員御礼で赤っ恥だろ。
弟分:満員御礼で赤っ恥…素敵な響きだね…へへへ…。
今すぐ行こうよ兄ぃ!
兄ぃ:慌てるんじゃねえ。
あそこやってんのは夜だけだからな。
何より、肝心なもんがねえだろ。
弟分:肝心なものってなんだい?
兄ぃ:胡椒の粉だよ。
弟分:胡椒の粉!
あ、そうかそうか!
じゃあいま買ってくるよ!
ああいうのってどこで売ってるんだい?
兄ぃ:まあ、角の乾物屋行きや売ってんじゃねえか?
弟分:角の乾物屋ね、うん、買ってくるよ!
どれくらい買ってくればいいかい?
兄ぃ:そんなにたんとはいらねえだろ。
10銭ぶんもありゃいいんじゃねえか?
弟分:10銭ぶんね。
それで、誰が行くんだい?
兄ぃ:いやおめぇの事だろ。
おめぇが行けよ。
弟分:ああ、俺が行きやいいんだ、うん。
いつ行こうか?
兄ぃ:今やることねえんだろ?
すぐ行け、今すぐ。
弟分:あぁ今すぐ行ってくる!
……で、何買ってくんの?
兄ぃ:…今言ったろ。
胡椒の粉!
弟分:【↑の語尾に喰い気味に】
あぁあぁ胡椒の粉! うんうん!
…どこで売ってんの?
兄ぃ:角の乾物屋!
弟分:【↑の語尾に喰い気味に】
あぁあぁ角の乾物屋!
…どれぐらい買ってくんの?
兄ぃ:10銭もありゃそれでい――
弟分:【↑の語尾に喰い気味に】
あぁ10銭もありゃそれでいい!
…誰が行くの?
兄ぃ:…だからおめえが行け――
弟分:【↑の語尾に喰い気味に】
あぁぁ俺が行くのね!
…いつ行くの?
兄ぃ:~~ッやることねえんだからすぐ行け――
弟分:【↑の語尾に喰い気味に】
あぁぁそうそうそうだよね!
…何買って来るんだっけ?
兄ぃ:この野郎……いいかげん覚えろよ!
弟分:ダメなんだよ、忘れっぽくってさ。
この前医者にも言われたんだよ。
あなたは少々望遠鏡の気がありますね、って。
兄ぃ:そらぁ健忘症ってんだおめえ。
弟分:あぁぁそうそう、健忘症健忘症。
いや、ダメなんだよホント。
兄ぃ:むう…。
なら指に糸かなんか結びつけてよ、
それ見たら思い出すようにするってのは?
弟分:あぁだめだめ。
なんで結び付けたかを忘れちゃうんだよ。
兄ぃ:…厄介な野郎だなおい。
じゃあこれならどうだ。
おめぇ、酔っぱらうとよくあれやるじゃねえか。
むかし流行ってて、縁日なんかに出てたのぞきからくりの真似、
あれやるだろ。
弟分:うんやるやる! 好きなんだ。
よく知ってるね兄ぃ。
酔っぱらうとさ、やりたくなるんだよあれ。
ガキの時分に行った縁日でね、
ちっちゃな穴のぞくと絵がパタンパタンと変わってさ、
脇にいるおじさんが…、こんな感じの棒で地面叩きながら歌うんだ
。
あれが面白いんだよ。
【※節を知らない方は普通に読んでください】
【手拍子しながら】
ぁそれー!
お寺さんはー、駒込のー、吉祥寺っそらカッターン!
て言うとさ、絵がパタンパタンってひっくり返って面白いんだよ、
あれ。
兄ぃ:そうそう。
で、今やった噺の名は八百屋お七だろ。
八百屋お七には小姓の吉三って奴が出てくるだろ。
小姓の吉三で胡椒、と覚えりゃいいだろ。
弟分:なるほど!
あぁ小姓の吉三で胡椒ね!あぁ小姓の吉三で胡椒!小姓の吉三!
なあるほど、兄ぃ頭がいいなあ。
それなら思い出すよ!
…で、どこで売ってんの?
兄ぃ:この野郎~~!
角の乾物屋で10銭もありゃよくておめぇの事なんだからおめぇが
今すぐ行けぇ!!!
弟分:あああ行ってくるよぉぉーー!
【二拍】
……兄ぃも人が良いなあ。
わざとやってんの気づかねぇでほんとに怒ってんだからさ。
可愛くなっちゃうね…へへ。
【一人芝居気味に】
どこで売ってんの!
角の乾物屋!
いくら買ってくんの!
10銭分もありゃそれでいい!
誰が行くの!
おめえが行けぇ!
いつ行くの!
今すぐ行けぇ!
何買ってくんの!
…何買ってくんの!
………本当に忘れちゃったよおい…えぇぇ参ったなおい…。
出てこないよ…。
今さら兄ぃに聞けねえしなぁ……あ…乾物屋の前来ちゃったよおい
…。
親父こっち見てるし…。
あ、あは…へへ…どうも。
乾物屋:いらっしゃいやし。
何にしますか?
弟分:あれ買いに来たんだ、あれ…。
ほら、いま兄ぃとやってたの聞いてたろ?
乾物屋:は? いや、聞いてませんよ。
弟分:ほら…、
どこで売ってんの!
角の乾物屋!
ってのを10銭ぶん。
乾物屋:いや…何ですかそれ…。
え? 忘れちゃったって…え?何ですか?
弟分:だからほら…よく言ってる…
あー、ここまで出かかってんだよここ……のぞけ。
乾物屋:いや、のぞいたって分かんないですよ。
何ですか?
弟分:ここまで……ああ…あ…ええ…うえぇ…!
【呑みこむ】
ああぁ飲んじゃったよおい…弱ったなぁ…どうしよう。
!あ、そうだ、棒を貸して。
乾物屋:はい?
弟分:棒を貸してくれ。
乾物屋:…棒を買いに来たんですか?
弟分:いやそうじゃないそうじゃない。
棒で地面叩くと、思い出すから。
乾物屋:変わった人ですねあなた…そうですか。
おーい小僧や!
小僧:はーい、何かご用ですかー?
乾物屋:棒持ってきてくれ。
小僧:はい? なんておっしゃいました?
乾物屋:だから棒だよ。
そこのお客が使うんだと。
小僧:え…何に使うんです?
もしかして…賊ですか?
乾物屋:知らないよ、違うみたいだけどね。
棒で地面叩くと思いだすとかなんとか言ってるし。
小僧:えぇぇ…追い返した方がよくないですか?
乾物屋:来ちゃったもんはしょうがないし、逆らわない方がいいんだよ、
こういうのには。
小僧:はぁ…。
これでいいですか?
乾物屋:ああ、それでいいよ。
お待たせしました、こういう棒でいいですかね?
弟分:ありがとうありがとう。
じゃあ思い出すからさ、親父さんはパッと覚えてくれよ、パッと。
あっしはパッとすぐ忘れちまうんだ。
親父さんはパッと覚える、いいかい?
【手拍子しながら】
ぁそれーーっ!
乾物屋:【慌てて止める】
ちょっとちょっと、待ってくださいあなた。
なんですか、急に大声出して。
驚いたなもう…うちの子供寝たばかりなんですから。
弟分:うるせえなこの野郎。
あっしは本当に思いだそうとしてんだから止めるんじゃないよ!
ほんとに…えぇ? 聞いてろバカ。
【※節を知らない方は普通に読んでください】
【手拍子しながら】
ぁそれーっ!
お寺さんはー、駒込のー、吉祥寺っそらカッターン!
てのを、10銭。
乾物屋:ありませんよ、そういうのは。
そういうのはないですから…あっ。
町民1:なんだなんだ、見世物か?
町民2:親父さん、誰だいその人。
乾物屋:あ、この人ですか?
いや、なんだか知らないんだけど、買う物忘れちゃったらしいん
ですよ。
町民1:いきなり地面叩きながら歌いだしたけど…
ここ、大丈夫なのかい?
乾物屋:ぁいやいや、別に頭がおかしいわけじゃないんです、ええ。
見世物じゃないですから、あの、どんどん先へ行っちゃってくだ
さい。
町民1:親父さん、ほんとに大丈夫かい?
脅されたりとかしてない?
乾物屋:ほんと、大丈夫ですから。
あなたがそこで止まるとみんな止まっちゃいますからね。
はい、すいません。
【弟分に向き直って】
あなた、ほんと何買いに来たんですか。
弟分:【※節を知らない方は普通に読んでください】
【無視して手拍子しながら】
ぁそれー!
書院ー、造りのー、次の間でっそらカッターン!
【若干泣きそう】
…てのを10銭…。
乾物屋:わからないですよ、そんなこと言ったって…って、あ…。
町民1:お、なんか面白いもんやってるな。
町民2:おい、もっと詰めろよ。
乾物屋:ああぁ押さないで下さい後ろの人!
前に小さい子供いますから!危ないですから!
町民1:なんだよ見えねえぞ、前空けろ。
町民2:そうだそうだー!
乾物屋:見えない? あああもう!
お子さんは地べた座って!
真ん中の人は中腰!
後ろの人は…そのままで!
見えますか? 見える。
あぁよかったよかった。
じゃあこのままいきましょう、はい。
だから、あなた何買いに来たんですか。
弟分:【※節を知らない方は普通に読んでください】
【無視して手拍子しながら】
ぁそれー!
膝で待ったー、つづらついてー、目でー知ーらーすっ
そらカッターン!
【若干泣きそう】
…てのを10銭…。
乾物屋:だからわからないですって!
何を買いに来たんですか!
弟分:うるさいなおめぇこの野郎…ええ?
こっちだって喜んでやってるわけじゃないんだよ!
あっしがいま繰り広げたものは何だ?
乾物屋:繰り広げたもの…?
……あれでしょう? 昔あったのぞきからくり。
弟分:そうそうからくりからくり!
…何の噺やってたっけ?
乾物屋:噺って……八百屋お七。
弟分:そうお七10銭!…じゃない違う。
まだ早い。
お七の…情夫は?
乾物屋:情夫?
……小姓の吉三。
弟分:【手を叩いて】
胡椒10銭んんんんん!!!
【二拍】
乾物屋:…はあ…胡椒を買いにきたの。
胡椒買いに来て、のぞきからくり一段やるの。
…ふうん…。
えらい。
えらいよ。
今どきの人じゃない。
うん、えらい。
弟分:へへへ褒めるなよ~…ください!
乾物屋:【間髪入れずに】
売り切れです。
弟分:ぐはぁぁぁ!!!
何だよおい、売り切れるなら仕入れとけよぉおめぇ!
あっしが買いに来るのを知ってたろ!
乾物屋:いや知らないですよそんなこと。
何です、胡椒胡椒って。
何言ってんですか。
弟分:あ…えへへ…ちょっとね、いるんですよ。
乾物屋:何に使うんですか。
弟分:その…ね、ちょっとちょっと。
乾物屋:何です?
弟分:【ささやく】
…くしゃみさせるのに。
乾物屋:は?…くしゃみさせる?
つまり、いたずらするために?
…胡椒に謝れ。
ったく…、胡椒じゃなくても出ますよ。
弟分:えっ、何で?
乾物屋:とんがらしで十分ですよ。
弟分:とんがらし!?
出るの!? くしゃみ!
乾物屋:ええ出ますよ。
狐憑きがおちるってくらいですから。
弟分:そうなの!?
じゃとんがらしでいいや!
ください!
乾物屋:あ、いいの?
おい小僧やー!
とんがらし10銭ぶん持ってきてくれー!
小僧:はいただいまー!
乾物屋:ああ、おまけしてやんな。
小僧:えっ、いいんですか?
あんなに騒がれたのに。
乾物屋:…可哀想だからね。
のぞきからくり一段やってくれたし。
いいんだよ。
…はい、どうぞ。
弟分:あぁどうもありがとうって、えっこんなにくれんの!?
嬉しいねえ!
じゃ、お代ここに置くよ。
また来るから!
じゃあねー!…ってうわ!大勢人が集まって…!
親父さん、店繁盛してるねえ!
乾物屋:あんたが集めたんだよ、あんたが!!
さっさと行ってくれ!
迷惑なんだから!
弟分:あはは、それじゃさいならー!
【二拍】
兄ぃ、行ってきたよー!
兄ぃ:ずいぶん長えことかかったなおい。
どこまで行ってたんだよ。
弟分:え?角の乾物屋だよ。
兄ぃ:親父いなかったのか?
弟分:え?いたよ?
兄ぃ:はァ?
じゃ、何やってたんだよ。
弟分:いやあ、買ってくるものをころっと忘れちまってさあ。
兄ぃ:バッカ野郎、だから言っただろうが。
のぞきからくりで思い出せって。
弟分:あ、うん、一段やったよ!
兄ぃ:い、一段やったのか!? あそこで!?
親父、呆れてたろ。
弟分:いやぁ?
褒めてたよ?
兄ぃ:褒めてた?
なんて言ったんだ?
弟分:えらいえらい、今どきの人じゃない、って。
兄ぃ:そりゃバカにされてんだよおめぇ。
ったくしょうがねえな。
で、買って来たのか?
弟分:あぁ、売り切れだった!
兄ぃ:はあぁ!?
売り切れてたって、どうするんだよおい!
弟分:大丈夫大丈夫、終いまで聞いてくれよ。
とんがらしでも出るんだってさ。
兄ぃ:とんがらしで?
そりゃほんとか?
弟分:ああ、そりゃあもう!
狐憑きも落ちるんだってよ!
10銭ぶん買ってきたからさ、行こうぜ兄ぃ。
兄ぃ:そうかい、そういうことならいいんだけどよ。
おめえがぐずぐずしてるからもう日が落ちるじゃねえか。
ああいう所はな、常連が同じ席を占めちまうんだよ。
一番前に座んなきゃいけねえのに…ほんとによぅ。
弟分:す、すまねぇ兄ぃ。
お、講釈場が見えてきたね。
兄ぃ:どれ、席は…ほれ見ろ、あらかた埋まってるじゃあねえか。
前に出るぞ、ついてこい。
へい、ちょいとごめんなさいよ!
へい、ごめんなさいよ!
ごめんなさいよぉ!
…ようし、一番前まで来れたぜ。
ほれ、早く座って火鉢借りろ。
弟分:えっ? 別に寒くないよ兄ぃ。
兄ぃ:いや…ほれ…だから火鉢借りろって。
弟分:煙草はあっしは吸いませんぜ?
兄ぃ:~~ッおめぇは何しに来たんだよ!
意趣返しをしに来たんだろが!
弟分:ああぁ意趣返し!
そうだそうだ忘れてた!
胡椒の事で頭がいっぱいになってて今まで渦を巻いてたよ!
そうかそうか、火鉢だ!
【二回手を叩いて】
おねえさーん!
火鉢! あのね、いっぱい炭入れて!
ぼんぼんぼんぼんおまけして!
後からとんがらし入れるからーー
兄ぃ:【↑の語尾に喰い気味に】
バカ野郎ッ余計なこと言うんじゃねえよ!
ああぁ気にしねえでくれ、ここ、ここ置いてくれ。
弟分:わあぁ…燃えてるね…ぼっぼっぼっぼっ燃えてるねこらぁ…。
これにねぇ……とんがらし入れると煙が出るってんだけどな…。
ほんとに出るんかな…?
ぱらぱらぱら~~っ……
おぉ…出た…よし、もうちょい。
ぱらぱらぱら~~っ……
おぉぉ~~…出たぁ…。
これになぁ…風を送るとなぁ…くしゃみが出るってんだけど、
ほんとに出んのかなぁ…?
【扇ぐ】
ぱたぱたぱた~っ……。
兄ぃ:おい…何やってんだよ。
まだ講釈師が出てきてねえだろ。
はえぇんだよ。
しかもなんでこっち向かって扇ぐんだよ。
こっちむかっ………へっ…
へーーーーーーーーーっくしょい!!!!!
弟分:おお…ほんとに出た。
兄ぃ:俺で試すんじゃねえ!
……っと、おい、出てきたぞ。
講釈師:【※()内は、手を叩いてるのとその回数です】
ごほん。
…毎晩のお運びをいただきまして、誠にありがたく御礼を申し上
げます。
本日申し上げます題といたしましては、義士銘銘伝のお噂、
並びに前席といたしましては、お人寄せに難波戦記の一席でござ
います。
(ぱんっ)
頃は慶長19年、改元あって元和元年5月の7日。
大阪城中千畳敷におきましては、御ご上段には内大臣秀頼公、
御左座にはご母堂淀君。
(ぱんぱんぱぱん)
介添えとしては大野道犬主馬修理亮数馬、
軍師には真田左衛門尉海野幸村、同名大助幸綱(ぱんぱん)
四天王の面々には木村長門守重成、長宗我部宮内少輔秦元親、
後藤又兵衛基次(ぱんぱん)
七手組番頭には速水甲斐守、
いずれも持ち口持ち口を間配ったりしが、
今や遅しと相待ったる所 (ぱん)、
関東方五万三千の騎、辰の一点城中目がけて押し寄せたり
(ぱんぱんぱんぱぱん)
兄ぃ:【以下、声を落として↓】
おい…おい…何をじーっと聞いてんだよ。
弟分:いやぁ…これからどうなんのかな、って…。
兄ぃ:知らねぇよそんなこたぁ!
おめぇ意趣返しをしに来たんだろが!
弟分:あぁそうだ、そうだよ!
すっかりもう頭がいっぱいになっちゃってた。
…そう、この野郎だよ、顔覚えてるよ。
犬糞の恨み思い知れってんだ…!
そらどんどん入れろ、どんどん入れろ、どんどん入れろぉへへへ…
【ぱたぱた扇ぎながら】
どんどん上がれ、どんどん上がれ、どんどん上がれぇ…!
【声を落とすのここまで】
講釈師:【とんがらしの煙がだんだん目と鼻に入ってきて、
ところどころ言葉にならなくなるのをうまく表現してください】
(ぱんぱんぱぱん)
先手の大将その日の出で立ちいかにと見てやれば(ぱんっ)
金こざねに萌黄おどしの大鎧、白檀磨きの小手脛当、
草摺長に着っちゃくなしおんなし毛糸五枚綴の兜をいただき、
駒には名にし負う、嵐鹿毛と名付けたるる名馬には、(ぱんっ)
金覆輪の………
きんぷくっ………きんぷっ……たっ…はっ…はっ……
はいよぉーーはいよぉーーーたぁたぁたぁ……
へ、へっ、へーーーーっくしょーーん!と攻め入ったりぃーー!
!(ぱんぱん)
弟分:何が攻め入ったりだこの野郎。
【ぱたぱた扇ぎながら】
そらどんどん上がれ、どんどん上がれ、どんどん上がれぇぇ…!
講釈師:【とんがらしのせいで言葉にならない】
(ぱんぱんぱぱん)
あたかも城中目掛けたふちゃはちゃぁはぁ…
へーーーっくしょん!!
へーーーっくしょん!!!
あたかもへーーくしょん!! へーーっっくしょん!!!
はぁはぁ…いやいやいやこれは失礼を仕りました。
やつがれもうたた寝のせいか、風邪をひいたようでございます。
今どきの風邪はしつこうございますゆえ、
皆様もお風邪など召す事のございませんようお気を付け下さいま
せ。
弟分:【ぱたぱた扇ぎながら】
風邪じゃないよぉ~~この野郎、
どんどん上がれどんどん上がれぇぇ…!!
講釈師:【とんがらしのせいで言葉にならない】
(ぱんぱんぱぱん)
あたかも城中目掛けふちゃはちゃぁはぁ……
へーーっくしょん! へーーっくしょん!!
やぁやぁ我こそはさんねんさんさん……
へーーっくしょん!! へーーっくしょん!!
本多平八ろへーーーっくしょん!! へーーーっくしょん!!!
へーーーっくしょん!! へーーーっくしょん!!!
へーーーっくしょん!! へーーーっくしょん!!!
へーーーっくしょん!! へーーーっくしょん!!!
【涙とくしゃみ交じりに】
なぜ今日はかようにくしゃみが出るのでございましょう。
これでは、講釈師もかたなしでございます。
本日はこれにて、お引き取りいただきとう存じまする。
兄ぃ:ほらほらほら、言ってやれ言ってやれ!
弟分:あぁあぁそうか、ここだ…!
【一拍】
大丈夫ですかぁーーー!?
兄ぃ:おめえがやったんだろうが!!
ここで講釈師の奴に毒づくって決めてたろ!
弟分:ああぁそうだ、毒づく! 野郎に毒づくんだった!!
やいやいッ、講釈師解釈師おたまじゃくし———っ!!
あっしはおめぇの講釈聞きに来たんじゃねえぞ!
——くしゃみ聞きに来た!
兄ぃ:馬鹿、あべこべだそりゃ!
弟分:ああぁあべこべだ! あべこべぇぇ…!!
やいやいッ、講釈できねえんなら、木戸銭返せぇぇぇ!!!
講釈師:【涙とくしゃみ交じりに】
まあ、何でございますか、前のお二方。
他のお客様は気の毒がって下さいますのに、
なぜそうお二方とも故障を入れますか。
弟分:あぁ、胡椒がねえから、とんがらし入れた。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様(敬称略)
春風亭一之輔