幼女、厨房から攻略する
(腹が減っては戦ができぬ、だよね)
ミリアはお腹がすいていた。これからの事が決まっても、腹は膨れない。早急にお腹を満たす必要があった。
(よし、淑女としてどうかとは思うけど、厨房に行こう。今はもう昼になる時間。料理長あたりにでも事情を話せばなにか恵んでくれるよね?管轄が違うから侍女長の嫌がらせに加担していないはずだし)
メイドが朝食とも言えないものを下げ、部屋から出ていったタイミングでミリアは席を立った。廊下へ見つからないように出て、物音を立てずに移動する。
大きな厨房は、がやがやとした喧騒に満ちている。今は昼食を準備しているだろう。厨房は戦場のはずだ。
(ごはんのいい匂い!飯だ飯だ飯だ〜〜!)
作戦は簡単。入口から厨房に突入して、幼女のキュートさでごはんをもらうだけである。ポイントはキュートを全面に押し出すことだ。4歳の幼女なんてどう考えてもかわいいからいける。前世からかわいいは正義だった。
厨房で働いていた若い料理人に声をかける。
「ごはん、くれませんか?」
このセリフからの上目遣い。圧倒的勝利だ。勝利以外ありえない。
「お嬢様!?」
驚いたような若い料理人の言葉に、厨房にいた料理人たちが一斉にこちらを向いた。その中でも指示を出していた一番偉そうな人が駆け寄ってくる。
(ふむ、これは総料理長だな…?)
「お嬢様、私、料理長のドリトンと申します。おひとりでどうなさいましたか?」
料理長が不安そうに尋ねてくる。
「ごはんが、ないんです。おしゃかなのほねと、しわしわになっちゃったおやさいしかでてこないんです」
(くそう、喋りたいのに上手く喋ることが出来ない。これが4歳児か)
私の言葉に、料理長たちが驚いた顔をした。
「たしかにお嬢様のお食事はご用意しておりますが、なにか不具合があったのやも知れません。執事長や侍女長に確認してまいります」
「あのね、えいみーにはいわないでほしいんです。えいみー、わたしのこと、たたいたり、ちゅねったりすりゅんです。だから、これをわたしがどりとんしゃんにいったってえいみーがしったら、またなにかしてくりゅかもしれません」
再び驚いた顔をした一同。あまりに同じ顔をするものだから、少し可笑しい。そして4歳児はなぜこんなに噛むのか。たどたどしい4歳児のお喋りをうんうん頷いて聞いてくれた料理長たちに感謝だ。
「かしこまりました。執事長にだけ確認してまいります」
そう言って料理長は足早に厨房を出て言った。厨房は私の相手をする人と、調理を引き続き行う人に別れたようだ。
「今回お嬢様のお食事を担当させていただきます、料理人のポールと申します。初めから大変恐れ多いのですが、毎日先程仰っていたようなものをお召し上がりになっていたのでしょうか?でしたら、パン粥などの消化に良いものの方からお食事を始めた方がよろしいかと」
若い料理人は、私の胃の事情を考慮して提案してくれた。でも、どうしても、食べたいものがあった。
「ぽおるしゃん、私はまだとろとろのおむれちゅは食べられませんか?とろとろのおむれちゅが食べたいんです!」
お腹がくっつきそうなほど空いているせいで、力が籠る。しかたがない。なぜならオムレツは、前世から大好物だから。
(空腹は人の判断力をも奪うのです…)
若干悟りかけているミリア。ポールはミリアの返事を聞くと、申し訳そうな顔をした。
「まだ、厳しいかと……お嬢様、私のことはポールと呼んでくださってよろしいのですよ」
「わかりました、ぽおるの言う通りにします……」
ポールは私の返事を聞くと、手早く調理を始めた。私は近くにあった椅子をこちらに引き寄せ座ることにした。足が短いせいで、ぶらぶら揺れる。少し経って、ポールがパン粥の入った木の皿を私の目の前に置いた。
「このような粗末なもので申し訳ありません。もう少しお時間をいただければこちらより豪華なものをお作りできたのですが…」
「ぽおる、じゅうぶんです。ありがとうございます」
「どういたしまして。ごゆっくりお召し上がりくださいね」
湯気のたつパン粥を、ふうふう冷ましながら食べる。ひとくちが染み渡っていくようで、体が温まる、優しい味がした。ポールは厨房の机に座ってご飯を食べている私を立って見ている。その表情はデレデレとまではいかないもののあたたかで、微笑ましそうだ。
(しめしめ。ポールは陥落したな。これが幼女パワーである)
得意げなミリア。すべてを食べ終えたら、少し眠たくなってきた。
「ごちそうさまでした。おいしかったです。ぽおる、ありがとうございます」
「どういたしまして。お嬢様、恐れ入りますが、お部屋までお運びしましょうか。少し眠そうでいらっしゃいます」
ポールはそう言って、付けていたエプロンをはずした。
「おことばに、あまえて」
眠過ぎて、思わず本音が漏れる。この体になってから、欲望に抗うのが難しくなってきた。体の年齢に精神が引っ張られているのかもしれない。そう思いながら、ポールにだっこを求め手を伸ばす。
意外と力のあるポールは、私を難なく抱き上げ部屋に運んでくれた。
(きっとこういうの、本当は侍女がやるはずなんだろうなぁ)
眠気のせいでうとうとしながら思った。そもそも、子供とはいえ男性であるポールと自室に二人きりの状況は、普通の貴族令嬢ならありえないはずである。
「おやすみなさい、お嬢様」
ポールの声を最後に、深い眠りに落ちた。結局その日は、朝ごはんしか食べずに眠ってしまったのだった。