二本目 レッドスチルや女店主の武器屋
ーーーチリン、チリン♪
「ライクさん、いらっしゃいますか!」
ライクは2つのグラスを持って店の奥から出てくる。
グラスには井戸から引き上げた、シュロの湧水が入っている
「レイ君か、いらっしゃい。今日はどんな武器をお求めでしょうか?」
「それ毎回言うんですか?今日は物じゃなくて、冒険者業の休養日なんで、雑談でもしようかと思って」
レイは目の前に置かれたグラスを口へ持っていった。
実のところ冒険者に決まった休養日は無い、レイ自身が自分のために設けている休みなのだという。
彼らの話すカウンターはある程度面積があり、飲み物や雑談を楽しむ分には十分な広さがある。
だか、ライクとレイが武器について語る際には、お互いにそのカウンターを狭く感じるという。レイの初来店から一週間、レイはすっかり常連になり二人の仲は深いものになりつつあった。
「また、この間も若い冒険者の子が来たけど、レイ君が紹介してくれたのか?」
「いやぁ、僕はギルドのオッサンたちにライクさんのお店のことをちょっと話しただけですよ」
酔っ払いの伝達力恐るべし……
とこんな感じでレイは陰ながらもコークス武装工房を応援しているようだ。
雇えることなら雇いたい……しかし彼はまだ17歳、人を正式に雇うことができるのは18歳からである。
だが、冒険者は基本的に自己責任であるためこの限りではないのだ。(なお冒険者登録は16歳から)
レイ君のお陰で店の売り上げや自分のモチベーションは最近、安定しつつある。
話題が一瞬尽きかけたため、ふと現れた疑問をレイにふった。
「そういや、話してませんでしたね。僕がライクさんの店にまで来る経緯……確かあの日は……」
レイはその目を左上に泳がせつつ話しはじめた……
ーーー
ーー
レイ・スタンス 彼の夢は冒険者だった。
彼の父は地元では名の通った冒険者だった、夕方になると片手の袋に報酬金をいっぱい詰めて帰って来る。
たまに、その袋が軽い日があったが大抵そんな日は、レイに新しく買った武器を自慢していた。
そんな父に憧れたレイは
父とは稽古を、
母には説得を、
その末……
今日、シュロの冒険者ギルドに冒険者登録をするのだった。
父いわくシュロは酒臭い街だが、そのほとんどの人や店がギルドへの登録を行っていることから、治安は良く、冒険者へのサポートはピカイチな街だという。
冒険者を初めるならここしかないと、父は旅費を持たせ、レイを旅に出した。
冒険者登録を終えたレイは冒険者になる夢は叶ったものの、父のような冒険者になるのに、これはまだ始まりに過ぎないと、自覚していた。
「なんか安心したら腹が減ったな、メシでも食うか……」
ギルドでは飲食ができるスペースがあり、酒屋や食堂のようになっている。そこはよく、若手冒険者やベテランの酔っ払いたちの情報交換の場になっている。
登録も腹ごしらえも済んだレイは、武器を買うべく武器屋へ向かおうとしていた。
ギルドから紹介された武器屋は3つ
1つは、品揃えの幅が広く、国の騎士団で採用されていることから高い信頼を得ている
レッドスチル武器販売
また1つは、女性向けの武器や装備を中心に販売する
マテリア軽量武具
そして、地味で質素だが、耐久性とコスパに優れている
コークス武装工房
レイはギルドの受付嬢がしきりに薦めてきたレッドスチルへ向かうことにした。買い物の狙いは、父もよく使っていた両手剣だったのだが……
「足りない……」
値札とどれだけ睨めっこしても、自身の持ち金以上の数字がそこに刻まれている。
剣の値は7000モル
レイの持ち金は今、6760モルだ。
(補足 : 1モル=10円程度)
ギルドで少し食べ過ぎたのかもしれない。
冒険者になれば、金については依頼さえこなせれば困ることはないと思っていた。しかし、それも武器が無ければ意味がない。
ナイフや短剣ならかなり良い物が買えるようだが、小型モンスターならまだしも、中型モンスターを相手にするには、かなり不安だ。煌びやかに装飾されたそれらに、笑われている気がする。
結局、レイはレッドスチルに背を向け歩き始めた……
ーーー
ーー
「そこでたどり着いたのがこのコークス武装工房って訳か」
「いや、ライクさんの店の前に"マテリア軽量武具"に寄ってみたんですよ」
「で、そこはどうだった?軽い武具って書くくらいなんだから、少しは安かったんじゃないのか?」
「それが入るなりいきなり『うちの店では男の人相手に何も売らないよ!』とか言われて追い出されましたよ……ギルドはこのこと把握して紹介してるんですかね?」
マテリア軽量武具
最近、右肩上がりの成長を見せる、割と新規の武器屋だ。
その特徴は、女性をメインターゲットにした武器や装備の販売。
店主の名を "マテリア・メイキット" と言う。
本人自身が女性であるため、きっと女性冒険者に寄り添った武器作りができるということなのだろう。
ライバル店になることを視野に下調べをしていたつもりだか、男性お断りの女性オンリーの店だというのは初めて聞いた……
「この辺の武器屋でまともな店といったら、やっぱりライクさんのこの店くらいですよ!」
「まぁ、確かにうちの武器は入手しやすくて、扱いやすい、そう作ってるからな……
だか、レッドスチルやマテリア軽量武具があたかも、まともじゃないというような言い方は違うな。」
若いせいなのか、調子の良いことを言うレイに軽くツッコミを入れる。
と言うものの、まさにこのレイ君のような
"レッドスチルの商品は少し高い"というような
金銭面的に余裕のない冒険者や
冒険者業をこれから初めてみたいと考えている、いうような客層を狙っての、このコークス武装工房のオープンだった。
マテリア軽量武具が客を選ぶ店だったことは嬉しい誤算だった。
事実、この自分も下積み時代に冒険者業で貯金を貯めていた頃、武器の購入には頭を悩ませていた……
当時はまだマテリア軽量武具は無く、レッドスチルのみだった。
「ところでレイ君!君のその剣の型のグリップの新作を"カスタムグリップ"として試作してみたんだ!
これなんだけど、一見、歪に見えるだろ?この形はこう握ったとき、この指がな…………
ライクは武器屋の商売戦略として器用に立ち回ったつもりのようだが、特別これが店の急成長に繋がる、という訳でもなく……
お客さんにとってその要素は"ちょっと覗きに行ってみる"程度の気持ちしか生まなかった。
まぁ、お陰でボチボチ利益は出ているという状態にある。
この失敗では無いが、大成功!という訳でも無い、この微妙な感じが
ライク・コークスという男の小器用具合なのだ。
つまり、彼の武器屋が広く認められる様になるのにはまだまだ時間がかかるという訳だ。
2話目を読んで頂きありがとうございます。
現時点でアクティブな登場人物は今のところまだ2人だけですが、3話以降もっと賑やかになる予定です。
誤字脱字などがありましたら遠慮なく報告して頂けるとありがたいです。