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断罪されるヒロインに転生したので、退学して本物の聖女を目指します!  作者: オレンジ方解石


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68.アリシア

 青白い聖魔力の輝きが収まる。


「――――う…………ん」


 弱々しい呻きに、まぶしそうに目をつぶっていたレオポルド殿下が驚きの声をあげる。


「ティナ!?」


「う…………っ、――――レオ様…………?」


 白磁のごとくなめらかな肌の美姫が、けだるげに瞼をこすって体を起こした。燃え尽きていたはずの銀髪すら、長く豊かに復活している。


「ティナ!? ああ、ティナ!!」


「レオ様?」


 レオポルド殿下は元婚約者を涙と共に抱きしめる。ドレスが焼け焦げて半裸状態の彼女を、自身の高価な外套を脱いで包んだ。


「あの侍従は――――」


 ルイス卿の言葉に私が地面を見ると、アベル・マルケスは意識を失ったように転がっていた。


「――――死んだのでしょうか?」


「生きています。ぴんぴんしていますよ。でも、体内の魔術的作用はすべて、きれいさっぱり消えたはずです」


 実際、倒れたアベルの胸はかすかに動いて、指先もぴくぴく動いている。


「やれ、つまらん。けっきょく一人も死なせなかったのか」


 心底退屈そうに言ったのは緋髪の男、ブルガトリオだった。

 私は彼と向かい合う。


「あなたはけっきょく、何者なんですか? デラクルス嬢の夫と言いながら彼女を傷つけ、命の危険にさらして――――なにが目的なんです?」


「わからぬか。アンブロシアと言えども、魂を通じて知識の継承がなされるわけではないのか。では貴様より、あちらの娘のほうが詳しそうだな?」


 ブルガトリオが顎で示したのは、エルネスト侯子に庇われる教皇猊下だ。


「――――古の時代、神々も手を焼いた、黒き炎の竜。それが記録に残る『邪竜ブルガトリオ』」


 教皇猊下の言葉に、デラクルス嬢が「え」と驚くのが聞こえる。


「神々の王の子として誕生しながら、父にも王にも従わず、地上を炎の海に沈めた罪により、父である神々の王に神格を剥奪され、セリャド火山の底に封印された、堕天の神。それが『悪しき炎の竜ブルガトリオ』の伝説です」


「! そんな!!」


 デラクルス嬢の悲鳴が聞こえた。


「だって、だって漫画では、ブルガトリオは『聖竜』だと…………! イストリアを大皇国時代から守護してきた、聖なる存在だと説明していたのに…………!」


「これも、マンガの知識と実際の現実の齟齬の一つ、ということですよ。あまりマンガの記憶を頼りにしないほうがいいですよ」


 私は竜の男から目を離さないまま、今更ながら背後のデラクルス嬢に忠告する。


「そんな…………じゃあ、私は今までなんのために…………っ」


「ティナ」


 デラクルス嬢の語尾がすすり泣きに変化するが、かまってはいられない。レオポルド殿下に丸投げして、私は邪竜に確認する。


「要は、五つの《聖印》、いえ封印が解けたので、火山の底から出てきた、ということ?」


「正確には、百五十年前から少しずつ覚醒してはいた。噴火によって、火山麓の神殿が埋もれて封印の位置がずれた、その時から徐々にな」


「――――っ」


 私は(ほぞ)を噛んだ。国境線の件といい、どうも、あの火山の噴火があちこちで災いをふりまいているようだ。


「数ヶ月前のことだ。ノベーラの封印のもとに、魔術の気配をただよわせて、その女達が来た。そこで封印を外すよう呼びかけたら、喜んで外した。おかげでさらに覚醒が進んだ」


 ブルガトリオが指さしたのは、レオポルド殿下の腕の中に守られるデラクルス嬢。そして地面に転がったままのアベルだ。


「あの呼びかけは、神のお導きだと…………!」


「神ではある。ただし天上に昇って星となったほうではなく、地下に堕とされたほうだが。貴様がノベーラの封印を聖女の証と信じて、何度も聖魔力を解放したおかげで、封印の力は急速に弱まった。礼を言うぞ、セレスティナよ」


「そんな…………!」


 デラクルス嬢が声をふるわす。

 私も教皇猊下に確認した。


「じゃあやっぱり、デラクルス嬢が大公陛下やその他の人達を癒すことができたのは、星銀の聖魔力の持ち主だったからではなく、あの《聖印》のおかげなんですね?」


「ええ。封印に宿る聖魔力を解放して患者へ与え、結果として傷や病が癒えたのです。本物の星銀の聖魔力には、その程度の力はありますから」


 ブルガトリオが笑う。


「欲を言えば、もっと積極的に癒して回ってくれれば、もっと早く覚醒できたのだがな。だがまあ、イストリア皇国内の二つの封印まで外したのは、功績だ。おかげで記憶もとり戻し、こうして分身を顕現できる程度には力が復活した。夫になった()()くらい、どうということはない」


()()…………?」


 デラクルス嬢が信じられない、という風に呻く。


「我と共に天に歯向かい、地上すべての人間から憎まれる度胸があれば、真の妻にする気も起きようものだが。天にも人にも、すべてから選ばれ愛されたいだけとは、つまらぬ女よ」


「そんな…………そんな…………」


 私は訊ねる。


「それで? 最後にここの、クエント侯国の封印を外しに来て、五つ集まった封印をすべて壊すため、先ほどデラクルス嬢を攻撃した、ということですか?」


「そうだ」


「――――そもそも封印を壊すのに何故、デラクルス嬢ごと壊す必要があったんです? 自分の解放を手伝ってくれた人でしょう、むしろ『他の人を殺しても彼女だけは』くらいの特典はなかったんですか?」


「あいにく見えぬのでな」


「?」


「我が封印は、神々の王直々に施したもの。そして我は、その神々の王から天を追放された、堕天の身。堕天の存在(もの)は、封印を見ることも触れることも叶わぬのだ。気配すら感じとれぬ。故に、我に代わって目と手の役を務め、封印を探し出す人間が必要だった。封印を聖なる証と勘違いしていたその女は、渡りに船だった、というわけだな」


 わっ、と女の泣き声が聞こえた。レオポルド殿下が懸命に慰める。


「…………それで? 復活を果たした以上、あなたの目的は? たんに今の地上を観光したいだけなら、案内役くらい手配しますけれど?」


「悪くないな。だが、まずはこちらが先だ」


 言うなり、炎の竜は手をあげる。

 私は反射的に自分の両手を突き出し、聖魔力を放っていた。

 正解だった。

 堕天の竜は私にむけて、先ほどデラクルス嬢に放った以上に緋く黒く激しい炎をぶつけてきたのだ。

 私は全力で聖魔力を放ったが、それでも顔に熱風が吹きつけ、髪が激しくなぶられる。

 緋い黒い炎は、青白い水のような聖魔力の盾にさえぎられ、はじかれた炎が中庭の草や花や土や、回廊の床や柱を焼いていく。


「後ろに!!」


 誰からともなく、恐ろしい炎を避けて私の背後に集まり、身をちぢめる。


「アンブロシアは、天の(神々)に代わって星銀の聖魔力を補充できる、地上唯一の星。生きておられると色々面倒なのでな」


 それが天を堕とされた炎の竜の言い分だった。

 ブルガトリオの手から次々炎が放たれる。強く熱く、巨大な蛇の口が迫るかのように。


「…………っ!!」


「アリシア様!!」


 私は聖魔力を放ちつづけるが、全力を出しても、盾が蒸発しないよう維持するのでせいいっぱいだった。あっという間に聖魔力の底が見えてくる。


(自分で言うのもなんだけど…………三十人癒しても、ぴんぴんしていられたのよ!?)


 さすがは堕天の神、というべきか。

 突き出した指先がふるえる。

 炎の熱ゆえではなく、体力が限界を迎えかけている反応として、額が汗まみれになる。


「アリシア様!!」


「っ、う…………っ」


 ふらり、体がゆれる。


(いけない)


 思った時には遅かった。

 私は足から力が抜けて膝が折れ、聖魔力も枯渇して腕がさがる。


「アリシア様!!」


「ソル聖神官!!」


 ルイス卿の、教皇猊下やエルネスト侯子の声が聞こえるが、踏ん張ることができない。意識が遠のき、ゆっくり、視界が落ちていく。


「アンブロシアと言えど、覚醒前はこの程度か。手応えがなさ過ぎて拍子抜けだが…………余計な手間に煩わされずに済んだ、と思うべきか」


 竜はいったん炎を収めて笑い、そしてもう一度、あらためて炎を放ってきた。

 緋く黒く燃える、蛇の口が迫る。

 薄れゆく意識の中、かつての光景が目の前の光景に重なる。


『お父さん、お母さん、トマス、セリア――――――――!!』


 お願い、みんなを助けて、殺さないで―――――


 二度と死なせるものか――――!!


 プツン、と頭の奥で何かが切れるような感覚が生じた。

 体の奥底から怒りに似た高熱が爆発して、洪水のようにあふれ出す。


「何――――!?」


 炎がかき消され、白銀の滝が竜を襲った。


「くっ…………!!」


 竜は炎を放って、己が身を守る。

 私は汗だくだった。額も頬も、髪の中も服の中も全部びっしょり濡れて、浅い呼吸を何度もくりかえす。

 私にまつわりつくのは、星のようにきらきら輝く白銀の光。


「アリシア様、それは――――!」


「星銀の聖魔力――――ソル聖神官、やはり貴女が――――!」


 ルイス卿と教皇猊下が叫ぶが、私はそれどころではない。


(二度と殺させない)


 そう、今の私は子供の時とは違う。

 強い力を手に入れ、多くの人を癒せる力を手に入れた。あの時とは異なる。


 今度こそ、誰も死なせず、守ってみせる――――!!


「今度…………こそ…………っ」


「腐ってもアンブロシアか。最初から叩き潰しておくべきだったか」


 竜の口元から舌打ちの音が響く。

 これまでで一番巨大で凶暴な炎の蛇が襲いかかってきた。

 誰かの悲鳴があがる。

 私は聖魔力を放った。星のような白銀のきらめきを放つ光の盾は、どんどん大きくなって、ぐんぐん竜に迫る。


「ぐっ…………!!」


 竜が眉間にしわをよせ、歯ぎしりするのがわかった。


「おのれ…………!」


 竜の炎が白銀の光の盾にかき消され、盾そのものが竜の全身にぶつかって、竜が苦痛の呻きをもらす。


「…………っ!」


 私も顔をしかめた。竜ほどではないが、衝突の衝撃はこちらにも返ってきた。

 でも、この程度なら耐えるのは難しくない。


「おのれ…………小娘が…………!!」


 竜は汗まみれになり、今にも膝をつきそうに荒々しい呼吸でこちらをにらみつけてくる。

 ひょっとして、かなりの痛手を与えていたのかもしれない。


(このまま…………っ!)


 腐っても神。人間の神殺しは、どの程度の罪になるのだろう。

 見当もつかないが、今は向こうから攻撃してくるうえ、こちらにも大勢の人間がいる。

 抵抗するしかない。

 竜がふたたび緋く黒い炎の蛇を生み出し、こちらへ放つ――――かに思われた、その時。


「うぐっ!!」


 竜が苦痛の声をあげる。


「よくも…………セレスティナお嬢様を!!」


 竜に勝るとも劣らぬ怒りと憎しみの声と共に、黒髪を乱して青年がぶつかってきた。青年の手には透き通る水晶のような短剣が一本、にぎられている。


「貴様…………アベルとやら…………!」


「アベル!!」


 デラクルス嬢が声をあげ、レオポルド殿下や私達も息をとめて見守る。

 竜は姿が薄れたかと思うと、緋と黒の炎に変化し、水晶の刃に吸い込まれるように消えた。髪一本も残らない。

 刃がすうっ、と竜の炎の色に染まり、あとには短剣をかまえたアベル一人が残される。

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― 新着の感想 ―
レオポルド殿下、揺らがなくてすごいなあ! セレスティナのためにしたことがセレスティナを見捨てられる原因になるかもしれないとか、癒しの力で苦しめる応用とか、めちゃくちゃ好き! 邪竜さん、ナイフに閉じ込め…
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