59.ビブロス
本が浮いている。
四方を丸く囲むのは、本棚と、そこに収められた背表紙の列。
上下はどこまでつづくか果てが見えず、けれども、どこからか射し込む明かりで読書には不自由しない。
この世ならざる場所に築きあげられた図書館の主――――ビブロスは、沈思黙考の最中だった。彼の体は宙に浮き、そのまわりを何冊もの様々な色と質感と形状の本が囲んでいる。
『――――ビブロスのお勧めって、なに?』
数日前、返済が停滞中の契約相手からもらった質問が脳裏に響く。
まったく、困った返済者だった。身分上、順調に返済が進む相手でないことは予測していたが、それにしたって滞りすぎる。せっかくこちらが「日記でいい」と譲歩したのだから、もっと真面目に熱心に返済に取り組めと、会うたびに思わざるをえない。
一方で、彼女に推薦する本について考え出すと、ずっと決まらないままだ。
聖神官や聖女の一生をまとめた伝記や、最新の医学書や薬草図鑑は、最近の彼女の参考になるだろうし、聖女という将来を考えれば、弁論術も学んでおいて損はないだろう。清貧を尊ぶ神殿暮らしのせいか、食べることは好きなようなので、料理や菓子のレシピ本も喜ぶかもしれないし、いっそ本には興味ないらしい彼女のために、まずはぐっと簡単でとっつきやすい童話やおとぎ話から、という選択もある。
あの手もある、この手もある、と次々思いついては『これ』という決め手が見つからない。
「――――考えてみれば、お勧めを訊かれたのは久々かな。――――初めてかもしれない」
求められた書物を、対価に応じて提供する。
それが長い間ビブロスに課せられた役目であり、仕事だった。
自分の意思で自分が読む本を選ぶのは日常だが、他者に読ませる本を自分の意思で選ぶのは稀だ。
ビブロスは久方ぶりに感じる、浮かび上がるような感覚に身をゆだねる――――要は気分が弾んでいたのだが、ふいに星のような細かな輝きがきらきら降ってきて、顔をしかめる。
「ブルガトリオの復活? 知らないよ、ヤツの監視はそちらの管轄だろ」
輝きがさらに一筋、降る。
「神殿には案内したよ。目的は聖女像だろうな、とは思ったけれどね。ノベーラの旧神殿の前例があるから。だが『相応の対価を支払われたなら、相手の依頼は果たす』、それが、そちらが僕に課した条件だ。僕を責められても困る。僕は役目と仕事を果たしただけだ」
きらきらと星が降る。
「石を新しく作成? …………たしかに、アンブロシアがセリャド火山地下の分を回復させるのは、もう間に合わないかもしれないな。――――じゃあ、また僕が動くのか!」
ビブロスは不快を隠さず吐き捨てる。
もう一度きらきらした光が降って終わると、舌打ちして腕をふる。周囲に浮いていた本がたちまち、四方の本棚のそれぞれの場所にひとりでに収まる。
「まったく。『カミヤアイカ』の件といい、読書の時間が削られてばかりだ」
愚痴ると、ふっ、と図書館から主の姿が消えうせる。
短いので、今日は三話、投稿します。




