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断罪されるヒロインに転生したので、退学して本物の聖女を目指します!  作者: オレンジ方解石


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56.アリシア

「じゃあ、デラクルス嬢とレオポルド殿下は破談、ということになるんでしょうか?」


 私はソル大神殿長様に確認した。

 マンガではゲームヒロイン()が原因であり、ゲームヒロイン()の破滅の原因にもなる展開だが。


「破談というより、デラクルス嬢が一方的に破棄した形だな。レオポルド殿下の婚約破棄宣言は魔術によるものと判明しており、大公陛下も婚約の解消を認めておられなかった。であれば、デラクルス嬢が殿下からの婚約破棄を承知したところで、公には無効だ。お二人の婚約関係は継続中だった。ましてや」


「ましてや?」


「その後、公爵や役人から真相を聞かされたにも関わらず、他の男と駆け落ち。手紙には『ヒルベルト皇子の妃になった』と明記されていたというから、明らかにデラクルス嬢の失態だ」


「つまり、婚約破棄は破棄でも…………レオポルド殿下のほうが捨てられた、という形になるんでしょうか。…………一国の公太子なのに」


「公太子と周辺はすでに荒れている。あの階級は体面や体裁をことのほか重視するからな。最悪なのは、例の宣誓書をヒルベルト皇子に渡してしまった、ということだ」


 そしてヒルベルト皇子は宣誓書を父親のイストリア皇帝に渡し、皇帝は宣誓書を根拠に、ノベーラとクエントへ事実上の宣戦布告をした。


「反逆、売国に等しい行為だ」


 ソル大神殿長様の言い様に、私も考え込んでしまった。

 前世のニホンのマンガでは、婚約者に裏切られた悪役令嬢が婚約者に報復(ざまぁ)する、というのは定番の展開だったと思う。

 デラクルス嬢も、マンガどおりの展開なら、レオポルド殿下に捨てられてからヒルベルト皇子とイストリアに移っていたろうから、そのあとで宣誓書をヒルベルト皇子に渡しても、それはヒルベルト皇子(恋人)に対する愛情表現、裏切り者(レオポルド殿下)への報復(ざまぁ)にすぎず、非難される筋ではなかったのかもしれない。

 しかし現実には、レオポルド殿下の婚約破棄宣言は偽りと証明され、デラクルス嬢もそれを知っているはず、という状況が作り上げられてしまった。

 マンガどおりに宣誓書を渡しても『ざまぁ』にはならない状況になってしまっていたのだ。


(ゲームヒロイン)の聖魔力が原因だけど…………これがゲームヒロインの断罪回避行動としたら、悪役令嬢であるデラクルス嬢は…………)


 私の思案にかまわず「さらに」とソル大神殿長様がつづける。


「イストリア皇帝は、セルバ地方の現在の領主であるセルバ辺境伯を退け、デラクルス嬢を辺境伯の地位に就けようと目論んでいるふしがある」


「え、なぜ? あ、デラクルス嬢がセルバ地方の領主になれば、そのデラクルス嬢の夫? 主人? であるヒルベルト皇子が、セルバ地方の実質的な領主になると、そういう意味ですか?」


「おそらく」


「え、でも可能ですか? いくら有力公爵家の令嬢とはいえ、他所の爵位を継ぐなんて」


「デラクルス公爵家とセルバ辺境伯家は、遠戚だ。それを口実に押しきるつもりだろう」


 そういえばそうだ。


「デラクルス公爵への手紙には、ヒルベルト皇子への愛のほか、『遠く離れても、自分がデラクルス公爵の娘であることに変わりはない』『自分は今も昔も、変わらずデラクルス公爵令嬢であり、デラクルス公爵を父と呼ぶ権利と、この名に付随する諸々の権利を有している』。そんな主張が明記されていたそうだ」


 ソル大神殿長様はため息をついた。


「宮殿は今、大騒ぎだ。デラクルス公爵と周辺は逮捕されて取り調べ中。大公陛下は文字通り、怒髪天を突く勢い。卒中でも起こされてはかなわんので、聖神官を補充してきた。今、陛下になにかあれば、レオポルド殿下が喜んでイストリアへ出兵なさるだろうからな」


 デラクルス嬢が聖魔力を発現させて以降「癒しならデラクルス嬢がいる」と、宮殿に常駐する聖神官を五人から三人に減らされていたが、今回デラクルス嬢が自分から失踪してくれたおかげで、また大公家へ恩を売ることができる、というわけである。

 状況が状況なだけに、ソル大神殿長様も嬉しくはなさそうだが。


「…………公太子殿下は、相変わらずデラクルス嬢を信じておられるのですか? 『無理強いされた』と。だからイストリアへの出兵を唱えているのですか?」


「ああ。相変わらずだ。『ヒルベルト皇子の妃になった』『皇子を愛している』という手紙を読まれても『脅されて書かされただけだ』と断言して『次期公太子妃を奪われて黙っているわけにはいかない』と憤慨しておられる。一理はある。未来の妃を奪われたのに沈黙していれば、国の威信にかかわる。もともとヒルベルト皇子の態度には、ノベーラを下に見るふしがあったと聞くし、黙っていれば、イストリアはさらにノベーラを見くびるだろう。ただし」


「ただし?」


「仮に無理強いが事実としても、今後、デラクルス嬢がノベーラ公太子妃になる日は永遠に訪れない。駆け落ちにせよ誘拐にせよ、若い令嬢が男にさらわれて()()だった、とは誰も信じぬからな」


「…………そういう偏見は、被害女性の傷に塩を塗るだけだと思いますけれど」


「駆け落ちだった場合は『被害』ですらない。仮に落ち度のない被害であっても、そのようなことを言い出す輩は存在する。そして存在する以上、『そのような疑いと噂のある女を公太子妃に迎えるのは、ノベーラの恥だ』と、大公陛下も大臣達も、宮殿中が主張するだろう。ヒルベルト殿下とレオポルド殿下、どちらの殿下を選ぶにせよ、デラクルス嬢には愛人の道しか残っておらぬのだ」


 私はむっとしたが、反論はできなかった。

 世間は、この世界ではたしかに、そういう傾向が存在する。

 ソル大神殿長様は、少しすっきりした様子で口調を変えた。


「なにはともあれ、これでデラクルス嬢の聖女認定の可能性はなくなった。そう見ていい。聖女認定には、人柄の評価も含まれる。公太子の婚約者でありながら、他国の皇子について行って愛人に成り下がった令嬢など、聖なる乙女には不適切だ」


「今は、そういうことを言っている場合ではない、と思いますけれど。戦争がはじまりそうなんですよね? ――――また、私も呼び出されるのですか?」


 前回のセルバ行きを思い出す。

 はっきり言って、従軍なんて二度とごめんだ。あれきりにしたい。

 でもふたたび戦端が開かれ、大勢の犠牲者が出るなら、無視するのは難しかった。


「その件は、まだ考えなくていい。そなたには先に行くべきところがある。なんと、教皇猊下直々の呼び出しだ。神聖レイエンダ帝国に来て『聖女(アンブロシア)審査を受けよ』とのお達しである」


「は!?」


 私は聞き間違えたかと思った。

 でもソル大神殿長様の満面に笑みがひろがり、重々しい口調の中にも高揚感がのぞいている。

 要約すると「公都や国境で大勢の患者を癒し、セルバ地方の戦争も終結に導いた噂が帝国まで届いて、教皇庁から『審査したい』という知らせが大神殿に届いた」というのである。


「国境線の記録については、私の手柄ではないですよ。記録を見つけた時は、デレオン将軍やクエント侯子やルイス卿や…………けっこう人がいましたし、だいいち戦争終結を決定したのは、ノベーラ大公やクエント侯じゃないですか。けっきょく、上の人間が決めるんですよね」


 どんな功績を上げようと、最終的に決めるのは王様とか大公陛下などの最高責任者。

 セルバ地方ではそれを実感させられた。

 だがソル大神殿長様の言い分は違った。


「デレオン将軍もクエント侯子も、そなたが文書の発見者の一人であること、認めておられる。どんと、かまえておれ」


 ほくほくした口調と表情に、私は複雑な気分になった。

 普段ちょっと頼りない風でありながら、実はソル大神殿長様が神官達を総動員して、セルバ地方で私が戦争終結のきっかけを作った、と積極的に噂を広めまくっていることを、ラウラから聞いて知っている。

 むろん、神殿側から次代聖女を輩出するための宣伝工作で、強力な競争相手(ライバル)だったデラクルス嬢が勝手に脱落してくれた今、笑いが止まらないに違いない。

 私はラウラの言葉を思い出す。


『でも別に、神殿の宣伝のためだけ、というわけじゃないと思うわ。もちろん、それも大きいけれど、大神殿長様のあのお顔を見るに、後見しているあなた(アリシア)が手柄を立てたことが単純に嬉しくて、自慢してまわりたいのよ。あなたのこと、養女(むすめ)みたいに思っているのね。大神殿長様はこれまで何人かの後見をしてきたけれど、あなたほど実力があって、危なっかしい問題児はいなかったから』


 ラウラの最後の言い分には納得できなかったが、それはさておいて、ソル大神殿長様は声をひそめる。


「それにな。帝国行きは別の目的もある」


「はあ」


 私はあまり信用せず、話半分に訊ねた。


「エルネスト殿下だ。クエント第四侯子に会い、クエント侯にノベーラ大公の親書を届けよ。イストリアのセルバ侵攻に備えて、ノベーラはクエントと手を結ぶ。そう、大公陛下は決断された」


「――――っ!」


 前言撤回、真面目に耳をかたむける。


「ノベーラ一国では、イストリア皇国には勝てん。それはクエントも同じ。協力してことにあたる他ない、と陛下は判断されたのだ。その使者として、そなたが選ばれた」


「待ってください、重要任務すぎます」


「むろん、正式な使者は宮殿から相応の身分と地位の者が選ばれる。が、クエントとは、つい先日まで戦っていた相手。クエント侯も簡単にはノベーラを信用しないだろう。そこで、そなたが使者に同行し、クエント侯国に寄って、使者と共にクエント侯に謁見して説得にあたる、という流れだ」


「本当に一大事すぎます、どうして私が」


「他に適任がおらぬ」


 ソル大神殿長様の表情も厳しかった。


「くりかえすが、クエントはノベーラを信用しておらぬ。ノベーラがクエントを信用しておらぬようにな。だが、そなたは違う。そなたがセルバの砦で、ノベーラ将官の反対を押しきってクエント兵捕虜を癒したこと、国境を越えて助けを求めてきたクエント人を癒しつづけたこと、第四侯子を通してクエント侯の耳に入っているはず。それでなくとも、第四侯子はそなたに好印象を持っていた様子だ。使者がクエント侯を説得できなくとも、そなたならできるやもしれん。そう、大公陛下はお考えなのだ」


「安直すぎます」


「どのみちノベーラからレイエンダ帝国に赴くには、地理上、クエント侯国を通過せねばならん。イストリア皇国には『聖女審査会のために帝国に行く』と見せかけ、実はクエントと同盟を結ぶ、そういう手筈だ」


「そんな、勝手に…………」


「やるしかあるまい。イストリアがノベーラ経由でセルバ地方に侵攻するか、クエント経由で侵攻するかは不明だが、どちらにせよ、道中通過する町や村も攻め落とされるのは確実。つまり、セルバ地方だけでなく、まとまった領域がイストリア皇国に占領される。そうなればノベーラもクエントも、ふたたび皇国の属領に堕とされるのは時間の問題だ。現イストリア皇帝は良い噂を聞かぬ。支配下に置かれれば、ろくなことにはなるまい」


「…………っ」


 私は反論の術を失った。

 可及的速やかに、クエント侯国に行くことが決定する。

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