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断罪されるヒロインに転生したので、退学して本物の聖女を目指します!  作者: オレンジ方解石


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47.アリシア

「いったい、どういう展開…………?」


 セレスティナ・デラクルス嬢がヒルベルト皇子と駆け落ちした。

 そう聞いた時の、私の一言だった。

 たしかにマンガでは、婚約者のレオポルド公太子とゲームヒロインであるアリシアによって断罪されそうになった悪役令嬢のセレスティナを、隣国の皇子が助けて求婚、そのまま皇国に連れ帰るのだから、表面的にはマンガ(予定)どおりかもしれない。

 だが『駆け落ち』と『婚約破棄されたのちに、新たな婚約者の国に赴く』のとでは、ずいぶん差があるように思えた。


「もともとデラクルス嬢は、折に触れてヒルベルト殿下に接触をはかっていたのよ」


 大公妃付き女官の末端であるラウラが、大神殿のソル大神殿長様の執務室で、ソル大神殿長様の執務机にかるく座り、渋い表情をするソル大神殿長様に背を向け、ソル大神殿長様への手土産である『聖なる姫君』店のクッキーの詰め合わせを摘まみながら報告する。


「さすがに、周囲にばれるような、あからさまなやり方ではなかったけれど。でも大公妃様や側仕えの何人かは気づいていて、やんわり注意されていたの。それでも、デラクルス嬢はあらためなくて。影で、ヒルベルト殿下に秋波を送りつづけていた挙句、あの婚約破棄騒動での会話になった、というわけ」


 私は、乱心した公太子に婚約破棄を宣言されたあとの、デラクルス嬢とヒルベルト皇子の息の合った会話を思い出す。

 そう。あの時たしかに、デラクルス嬢はヒルベルト皇子の求婚を受け容れていた。

 なんとなく漠然と、レオポルド殿下に振られた腹いせ、見せつけようとしているだけだ、と思い込んでいたけれど。


「このあたりは情報が錯綜していて、まだ真相がはっきりしないけれど」


 そう前置きして、ラウラはつづける。


「例の婚約破棄騒ぎのあと、デラクルス嬢は一人だけ封鎖を逃れて、帰宅して。翌日、デラクルス公爵から事態の説明をうけ、宮殿から派遣された役人が令嬢に一通りの事情聴取を行っているわ。で、そのあとはずっと『婚約破棄のショックが抜けない』『気持ちを整えたい』さらには『月の物がきた』と言って、十日間ちかく自室にこもりきり。お気に入りの侍従以外、誰も寄せつけず、レオポルド殿下から送られた手紙も、受けとりはしたけれど読んだかどうか。で、宴の六日後に、ヒルベルト殿下が予定通りイストリア皇国に帰国されて。デラクルス公爵の証言によれば、この日のあとも、デラクルス嬢は公爵邸にいたそうなのよ。姿を見た召使いも複数存在するし。だけど九日後の朝、召使いの女が令嬢を起こしに行ったら、ベッドはもぬけの殻。令嬢お気に入りの侍従のアベル・マルケスも消えていたんですって」


「それは…………ヒルベルト殿下との駆け落ちなの? 侍従と、ではなく?」


「デラクルス公爵家では最初、誘拐を疑ったみたいね。侍従が誘拐犯を手引きしたんだ、とか。侍従とひそかに恋仲で、公太子殿下から婚約破棄されたのを機に、駆け落ちしたんだ、と疑う者もいたみたい。そもそも、男の侍従が年頃の令嬢の世話をするほうが変だし、あの侍従に対する令嬢の信頼っぷりは、度が過ぎていたもの。だけど、数日前――――」


 イストリア皇国に駐在するノベーラ大使から「帰国したヒルベルト皇子から『デラクルス公爵令嬢からだ』と言われて預かった」という手紙が送られてきたのだ。

 はじめ、デラクルス公爵や大公一家は仰天するというより、不信の反応だったらしい。

 けれど手紙に記されていた署名も筆跡も、たしかにデラクルス嬢のもの。さらにはデラクルス嬢お気に入りのハンカチと、長い銀色の髪の束まで同封されていたそうだ。


『突然、姿を消してごめんなさい、お父様。ですがこれは世界の意思、運命の導きなのです』


 そのような書き出しからはじまった手紙には、自分が真実愛しているのはヒルベルト皇子であり、彼と結ばれるのは世界が求める運命であり、近い将来、聖女と認められる自分がヒルベルト皇子に嫁ぐことは、イストリア皇国とノベーラ大公国の友好に大きく貢献するだろう、といった主張が、明確に綴られていたという。


「『わたくしはいずれ、イストリア皇国に降臨した聖皇后と呼ばれるようになるでしょう』とも書かれていたそうよ。たしかにイストリア皇国の現皇太子である第一皇子は病弱だけれど、仮に亡くなられたとしてもまだ第二皇子がいるし、先走りすぎでしょう。妄想もここまでくれば芸術的…………というより、そんなことを安易に手紙に書き残して、父親の公爵やその周辺が困ると、気がまわらなかったのかしらね?」


 ラウラは呆れたようにクッキーを摘まむ。ソル大神殿長様は一枚も食べていない。

 現在、息子が大恥をかかされた大公妃は怒髪天をつき、セレスティナ嬢を気に入っていた大公は「不忠である」と怒りつつも「なにが不満だったのか」と苦悩。

 デラクルス嬢の母親である公爵夫人には、体調を気遣って情報が伏せられているそうだが、父親の公爵は大公と公太子に平謝りするかたわら、問題の女性が滞在しているというヒルベルト皇子所有の別荘へ、直々に確認に赴く支度を整えているらしい。

 公太子レオポルドだけが「デラクルス嬢はヒルベルト皇子と通じて駆け落ちした」という仮説を完全に否定し、


「ティナは皇子にさらわれた」

「皇子が美しいティナに一方的に魅了され、力ずくで彼女を連れ帰ったんだ」

「かわいそうなティナ。あれほど愛を誓っていながら、どうして私は彼女を守れなかったのか」

「今頃ティナは絶望に嘆き悲しんでいるはず、どうにかして助け出してやらねば」


 と、あくまで「ティナは被害者」という立場と信念を崩さぬそうだ。

 現実逃避かもしれないが、そこまで一人の女性を信じぬく公太子の態度には少し感心した。

 どうやらレオポルド殿下は、悪役令嬢マンガ定番の「浮気して悪役令嬢を断罪する愚かな王子」というより、もう一つの定番「破滅の未来を回避するために奔走する悪役令嬢の心配と苦労をよそに、何故かがんがん婚約者を溺愛してくる有能な王子」タイプらしい。

 その時点で、マンガとは異なる展開になるのは必然だったかもしれないが、だとしても今回のデラクルス嬢の行動は浅はかすぎるように思えた。

 たしかに、デラクルス嬢からすれば、今日までの道程は不安と疑惑に満ちたものだったかもしれない。

 自分を陥れようとする元凶、ゲームヒロイン()が早々と学院を去ったのもつかの間、大神殿とセルバ地方での癒しで、(アリシア)の評価はマンガとは裏腹にどんどん高まりつづけている。

 たしかマンガでのゲームヒロインは、学院に入学して以降は公太子やとり巻きの子息達との恋愛(攻略)に夢中になり、聖女としての勉強や聖魔力の訓練は後回し。ろくに他人を癒す場面もないまま、公太子共々断罪されて娼館に送られた…………ような気がするから、デラクルス嬢にしてみれば「漫画以上にひどい断罪になるかも」と恐怖にかられたのかもしれない。

 だからこそ、ノベーラ以上に強力な皇国の皇子と結ばれることで、ゲームヒロイン()の魔手から守ってもらおう、と考えたのかもしれないが。


(だとしても、そこまでする必要ある?)


 レオポルド殿下は悪役令嬢であるはずの彼女を溺愛して、ゲームヒロイン()には見向きもしないうえ、私は早々に学院を退学して、地方に追いやられまでした。

 デラクルス嬢自身もすでに聖魔力を発現させており、しかも聖女の証である白銀色の聖魔力なのだ。デラクルス嬢こそ真の聖女と、いずれ世間が認める下地は整っている。

 それともデラクルス嬢にとっては、あくまで「マンガに沿う」ことが重要だったのだろうか。

 たしかにマンガでは、ヒルベルト皇子こそが悪役令嬢(デラクルス嬢)と結ばれる真のヒーローで、レオポルド公太子は本来ゲームヒロイン()に心変わりして婚約破棄する当て馬だ。

 しかし実際のレオポルド殿下は品行方正、文武両道で、なによりデラクルス嬢を心から愛している。彼女が望めば、いくらでもヒドイン()から守っただろう。その彼を捨ててまで、ヒルベルト皇子を選ぶ必要はあったのか。皇子のほうが好ましかったのか。

 仮に、自分が生き延びるため、確実に私に対抗する力を求めて、より強力な男性を選んだのだとしても、いまだ婚約者を信じつづけている公太子の気持ちを考えると、一抹の同情を禁じ得なかった。


「一応、まだ正式にデラクルス嬢と確定したわけではないけれど。でも事実とすれば、決着がついたも同然よね」


「なにが?」


「お馬鹿。聖女認定の件よ」


 ラウラは手を伸ばして、私の額を長い人差し指ではじいた。


「デラクルス嬢失踪の件は、大公陛下が箝口令をしいたけれど。こういう事は、いずれ必ず、どこからか漏れるものよ。もともと民衆の間ではデラクルス嬢の評判は良くないし、格好の醜聞(ゴシップ)だもの。教皇庁が噂をつかむのも、時間の問題。いくら白銀色の聖魔力を発現させたといっても、公太子の婚約者でありながら他国の皇子と逃げた令嬢なんて、聖女とは認められないし、大公家だって反対するわ。つまり、アリシアがなにもしなくても、デラクルス嬢のほうから勝手に脱落してくれた、ということ。貴女の勝ちね」


 ラウラはお祝いのウィンクと、クッキーを一枚、私の口に突っ込んだ。

 私はぱりぱりクッキーを食べながら、複雑だ。


「まあ、そういうことになるんでしょうけど…………」


「なによ、張り合いないわね。不本意なの?」


「不本意というか。なんか安心できないの。まだ、一転も二転も待っている気がして」


「心配症ね」


 ころころ笑ったものの、ラウラもすぐ表情をあらためる。


「…………とはいえ、一国の公太子が婚約者を奪われたんだもの。立派な外交問題だわ。イストリアはノベーラより大国とはいえ、黙っていれば舐められるだけだし、殿下はデラクルス嬢を溺愛されていたもの。このまま穏便には済まない、というのは、私も同感だわ」


「…………っ」


 押し黙った私の沈黙にかぶせるように「そこまで」と、ソル大神殿長様が手を叩く。


「さしあたり、デラクルス嬢については我々の出る幕はない。報告、ご苦労だった、ラウラ。宮殿に戻るといい」


「クッキーは褒美として与えておく」と嫌味を付け加えて、ソル大神殿長様はラウラを帰す。

 そして私にも念押しした。


「この件に関して、そなたができることはない。そなたはそなたで、やることがある。そちらに集中せよ」


 例の、新しい大学や薬草園の件だった。

 私やグラシアン聖神官から相談を持ちかけられたソル大神殿長様やグラシアン枢機卿、バルベルデ卿から話を聞いたバルベルデ宰相は前向きな反応を見せ、「いっそ大神殿と大公家の共同事業に」という話になったのだ。

「聖女候補のソル聖神官や、他の聖神官達がいるのに何故?」という消極派もいたが、「聖魔力はいつまで発現するか、聖神官達はいつまで生きるか、わからないから」と訴え、押しきった。

 宮殿からは、宰相付き補佐官の一人である若手文官ニコラス・バルベルデ卿他数名が派遣され、大神殿側からも高位神官が選出され、医科大学と薬草園には大公陛下と私の名がつけられることが決定する。

 私も看板役に抜擢され、大神殿で癒しをつづけるかたわら、癒しを通して知り合った商人や富豪達に片端から声をかけて手紙を書き、国内外から様々な薬や薬草の苗、医学書などをとりよせ、それらを新設する大学や薬草園に寄付、寄贈してもらえるよう、お願いして回っている。

 たしかに、デラクルス嬢の駆け落ちばかりかまう余裕は皆無だったし、時折、顔を合わせるバルベルデ卿やグラシアン聖神官も、デラクルス嬢の失踪後、表情が晴れないながらも、自分達の仕事に穴をあけるような真似はしない。

 私一人が上の空、というわけにはいかなかった。


(これも、ビブロスが喜ぶ日記のネタかな…………)


 私は周囲の展開に気を払いながら、こまめに日記をつけつつ、思案する。

 ちなみに最近はビブロスも忙しいようで、交換日記の返信はあるものの「顔を見たい」と言っても「緊急でなければあとで」と断られてしまう(いつものことかもしれないけれど)。寂しい。

 悪役令嬢(デラクルス嬢)は本来のヒーローであるヒルベルト皇子と結ばれた。

 マンガ本来の展開に沿う、大きな転換点だ。これが『強制力』というものか。

 言い換えれば、私も本来の断罪、処刑だか娼館行きだかが近づいた可能性が高い。


(もっと気を引き締めないと。いっそ、また公都を出たほうが――――外国にでも逃げたほうがいいのかもしれない)


 そう思案していた矢先のこと。






******






 ノベーラ大公国の豪華な宮殿で、ノベーラ公太子レオポルドが宣言する。


「イストリア皇国はかつての君主国とはいえ、現在は対等な国交を結ぶ、友好国。にもかかわらず、ヒルベルト皇子は罪のない公太子妃を奪った! 我々のもてなしに、後ろ足で砂をかけたのだ! これを黙認すれば、イストリア皇国はさらに我が国を見下し、増長するだろう。これ以上、イストリア皇子と皇国の横暴を許してはならぬ! イストリアに我が国の力と怒りを見せつけるため、ノベーラ大公国の威信を示すため、ノベーラは最後の一兵まで戦い抜き、セレスティナ・デラクルス嬢をとり戻すのだ!!」


 居並ぶ家臣を前に宣言したレオポルド公太子は、天上の青年神もかくやの威厳と凛々しさだったという。

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― 新着の感想 ―
そりゃ、こうなるよ…… 100%あっちが悪い。 アリシアにしたことは許さんが流石に同情するよ。 ただやり方もっとあるだろぉ!?
愚かな公太子だったかあ
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