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断罪されるヒロインに転生したので、退学して本物の聖女を目指します!  作者: オレンジ方解石


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43.セレスティナ

 クエント侯国との戦争終結後。長年の懸念が片付いたことで、ノベーラの宮殿では一気に、わたくしとレオ様の結婚式の準備が進んでいます。

 公都中から腕利きの仕立て屋やお針子が集められ、わたくし自身もウェディングドレスや祝宴用のドレスや靴の採寸、仮縫い、試着や、宝石類の選定に追われます。

 縫われていくドレスや靴は、いずれも公太子妃にふさわしい豪華な品ばかりで、見るたびに心がはずむのを抑えられませんでした。

 そんなある日のこと。

 宮殿での仮縫いを終え、馬車に乗って公爵邸への帰路につき、公都中央にある大広場にさしかかった時のことです。

 大広場は役所や大神殿に面しており、その大神殿の前に大勢の人々が集まっていました。


「アリシア様、万歳!!」


「やっと、本物の聖女様が戻ってきてくださった!!」


「お待ちしておりました、アリシア様! 我々の聖女はアリシア様一人です!!」


 歓喜に沸く人々の声。

 目を凝らせば、大神殿の正面玄関の前には、紫の長衣(ローブ)に白い神官服を重ねたストロベリーブロンドの人物が立ち、彼女にむかって人々は手を伸ばし、花を投げています。

 まるで前世で見た、アイドルに対するファンのような熱狂ぶり。

 アリシア・ソルのそばには、水色にちかい金髪の少年――――イサーク・グラシアン聖神官の姿もありましたが、民衆はれっきとした貴族で優秀な聖神官である彼ではなく、わたくしの聖魔力を横取りしつづけている下賤な平民の悪女の名を呼びつづけています。

 そしてイサークや他の神官達も、それを疑問に思う様子はなく、それどころか民衆に囲まれるアリシア・ソルをほほ笑ましそうに見守ってすらいるのです。

 わたくしは目の前の光景と歓声の迫力に愕然としました。

 いつの間に、あの悪女はこれほどの人気を得ていたのでしょう。

 特に、わたくしを愛していたはずのイサークがアリシア・ソルと親しそうに話す姿は、わたくしに大きな衝撃を与えました。


(あんなに苦労して、あらかじめ攻略しておいたのに。しょせんは漫画、やはり筋書きどおりに進むというの?)


「わたくしが悪役令嬢だから…………なにをしてもイサーク達は離れていく、アリシア・ソルに篭絡されるということなの?」


 わたくしの目尻に涙がにじみました。


(ニコラスやロドルフォも、ちかい将来イサークのように…………そしてレオ様も――――)


「セレスティナお嬢様」


 馬車の外からアベルが呼びかけてきます。


「人が多すぎて、大広場は馬車が通れません。遠回りになりますが、別の道を行きましょう」


 わたくしが許すと、御者が手綱を操り、馬車はゆっくり方向転換します。

 その脇を、頭巾とエプロンを身に着けた女達が数人、すり抜けていきます。


「アリシア様が公都に帰られて、一安心だわ。やっと義父を癒してもらえたもの」


「うちの子もよ。あれ以上、熱がつづいていたら危なかったし、お隣の旦那も怪我して以来、仕事に行けなくなってて。アリシア様が戻って来たおかげで、助かった人はたくさんいるわ」


 どこにでもいる平凡な主婦と思しき女達は、馬車の扉に描かれた紋章をちらりと見ます。


「宮殿じゃ、どこぞのお姫様こそ真の聖女だ、なんて言ってるらしいけど。ろくに癒しも行わないお姫様の、どこが聖女だか。大神殿の聖神官様達だって、毎日仕事してるってのにさ」


「噂じゃ、そのお姫様は毎日、贅沢なパーティーとお茶会ざんまいだそうだよ。高価なドレスや宝石を買いまくって、仕立て屋や宝石商が大儲けらしい」


「この不作時に、新しい菓子店なんて作ってくれたおかげで、小麦が減って、アタシ達は毎日のパンにも困ってるってのに。これで癒しもしないんじゃあ、なんのための聖魔力だい。毎日、大勢の患者を癒してくださるアリシア様は、本当にありがたい御方だよ。みんな、どれほどあの方の帰りを待ち焦がれたことか」


 わざとらしいがさつな大声で話し合いながら、下品な女達は通り過ぎていきます。

 わたくしは悔しさと情けなさに婦人用手提げ袋(レティキュール)をにぎり、唇を噛んでいました。


「セレスティナお嬢様」


「アベル…………ねぇ、アベル。民があんなにもアリシア・ソルに味方するのは、何故? わたくしが嫌われるのは、何故かしら? わたくしは公爵令嬢として次期聖女として、こんなにも努力しているのに…………悪役令嬢だから。ただそれだけで、わたくしはここまで嫌われ、傷つけられなければならないの?」


「気に病んではなりません、セレスティナお嬢様」


 アベルは力強く、わたくしを励ましました。


「お嬢様は誰より高貴で尊い、真の聖女。時機が来れば、あの女達も思い知るでしょう」


「でも…………っ」


「平民とは、そのようなものです。セレスティナお嬢様も、お聞きになられたでしょう。あの者達は癒しを与えられるから、アリシア・ソルを慕っている。自分達に都合のよい利益が得られるなら、お嬢様でなくとも誰でもいいのです。目先の欲に目がくらんだ、真実を見極める眼力や知性をもたぬ、浅ましい者達です。セレスティナお嬢様がお心を乱す価値はありません」


 アベルはさらに説明します。


「小麦の件も、セレスティナお嬢様が案ずる事柄ではありません。『聖なる乙女』店で使用される小麦は、最高品質。下町の人間の手に届く品ではありません。『聖なる姫君』店がどれほど繁盛しようと、最高の品質を守っている限り、あの者達が日常的に食す、低品質の小麦の量に影響することはありません。なによりセレスティナお嬢様はジャガイモを、悪魔の芋を発見されました。春になれば即量産できるよう、旦那(デラクルス公爵)様が準備を整えておられます。来年の今頃にはあの芋の有益さが知れ渡り、お告げをうけたお嬢様の名も、民の間に浸透しているでしょう。あの者達は自分の無知を棚にあげて、セレスティナお嬢様に八つ当たりしているだけです。それだけお嬢様がまぶしい、選ばれた存在というだけです」


「アベル…………っ」


「贅がふさわしい高貴な方々は、往々にして無知で下等な貧者の妬みの的となるもの。あの者達は本質を見抜く力がないゆえに、セレスティナお嬢様の抱える偉大な使命が理解できず、ドレスや宝石といった、理解しやすい表面だけを見て『贅沢をしている』と妬んでいるのです。――――おわかりいただけましたか?」


「アベル。ええ、そうね。そういうことよね、わかったわ」


 わたくしは何度もうなずいていました。胸の黒雲が晴れ、輝く自信があらわれます。


「忘れていたわ。わたくしのような高貴な選ばれた存在は、そうでない者達から嫉妬される。それはどうしようもない宿命なのよ。よく思い出させてくれたわ、ありがとう、アベル」


「もったいないお言葉です」


 アベルは恭しく一礼して、御者に馬車を出すよう言いつけます。

 馬車の揺れに身を任せながら、わたくしはすとんと腑に落ちていました。

 そう、高貴な者、選ばれた特別な存在は、時として大勢の妬み嫉みの的となる。高貴な者には高貴な使命があり、天や神からそれにふさわしい扱いをうける。

 けれど高貴でない者、選ばれなかった者達は往々にして、それが理解できない。理解できないことに気づいてもいない。

 それは前世から何度も思い知っていたことです。前世のわたくしが、まさにそうだったのですから。

 どこにでもいる、名もなき平凡な主婦達。

 彼女らは前世のあの女――――わたくしに言いがかりをつけてきた『アリサ』の同類でした。

 ならば、わたくしは負けるわけにはいかない。


(わたくしはセレスティナ・デラクルス。この世界(漫画)悪役令嬢(主人公)にして真の選ばれし聖女なのだから――――!!)


 一方で、別の不安要素も生じます。


「下層の民に、あれほどアリシア・ソルの存在が浸透していたなんて…………危険な戦場から平然と戻ってくるほどですもの。やはり魔女は侮れないわ」


「魔女のことは私にお任せください。セレスティナお嬢様こそ真の聖女と、近い未来、必ずや人々の間で明らかになるでしょう」


 馬車に寄り添って歩くアベルが、窓の外からわたくしに語りかけます。多少の話し声は、馬車の金属音や馬蹄の音にかき消されるでしょう。


「そうね、アベルの言う通りだわ。でも…………やはり安心はできない。油断できないわ」


 わたくしの胸に一つの面影がよぎります。

 艶やかな黒髪、獣を思わす琥珀色の瞳、野性味と色香が同居した端正な顔立ち。


(ヒルベルト様…………)


「アベル。わたくし、決めたわ」


 アベルがわたくしを見あげます。


「わたくしは運命にしたがって(漫画どおり)、イストリア皇国次代皇帝であり、セレスティナ(わたくし)の真の運命の恋人である、ヒルベルト殿下と結ばれます――――!!」

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尻軽女!
ストレートに馬鹿だろコイツ
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