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断罪されるヒロインに転生したので、退学して本物の聖女を目指します!  作者: オレンジ方解石


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19.アリシア

 今更だけど、この世界というか、私が今生きているノベーラ大公国とその周辺の成り立ちについて少し。

 千年近く前。この大陸は『イストリア』という大皇国が半分近くを支配していた。

 ノベーラはもともとこのイストリア大皇国の東方の一地方で、イストリア皇家の血を引くノベーラ大公が領主として治めていた。

 歴史の必然。イストリアはやがて斜陽の時代を迎え、『大』皇国は『皇国』へと衰退する。

 中央の目と支配力が及ばなくなるにつれ、辺境の領主達は一人、また一人と独立を宣言して『大公領だった大公国』『侯爵領だった侯国』その他が次々興り、ノベーラも約二百八十年前に『イストリア大皇国ノベーラ地方』もしくは『ノベーラ大公領』から、ノベーラ大公『国』へと独立を果たす。

 ちなみに、当時のノベーラ大公を支えて建国に貢献した重臣の一人が、デラクルス卿。この功績を認められて公爵の地位を賜った。現在のデラクルス公爵と、その令嬢のご先祖様だ。

 問題はこのあと。

 小国が乱立した東方地域は『東方小国群』と呼ばれるようになり、群雄割拠の時代を迎え、ノベーラ大公国も周辺諸国といくつかの火種を抱えるようになる。

 その一つが今回の派遣先、セルバ地方だった。






 岩だらけの丘陵地帯をぞろぞろ進む兵士の列。


「すごい…………」


 一人用の小さな馬車の窓から頭を出して、私は思わず感嘆していた。

 広い空、その下の黒々とした岩の山。山のふもとには家が密集して街を作り、山肌にも点々と小さな家が建っている。

 南隣のクエント侯国とノベーラ大公国に挟まれた国境地帯、セルバ地方。

 そこのノベーラ側の街の一つ、ブルカンだった。


「アリシア様は、山を見るのは初めてですか?」


 窓の外から、騎乗した凛々しい女騎士が声をかけてくる。

 ヴィヴィアナ・ルイス卿。

 栗色の三つ編みと菫色の瞳が印象的な、三歳年上の女性だ。

 代々優秀な武官を輩出してきたルイス将軍家の令嬢で、ノベーラでは数少ない、正式に騎士位を授かっている女性騎士だ。

 今回の戦場行きにあたり、神殿側が用意してくれた私専属の護衛兼世話係だった。

 私はうなずく。


「ずっと街育ちでしたから。こんなに高い山を見るのは初めてです」


「あれがセリャド火山、その下に広がるのがブルカンの街です。セルバ地方はたいした広さではないので、街と呼べる規模を有しているのは、あのブルカンくらいですね」


 女騎士の手甲をはめた指が、山と街を交互に指さした。

 私は山の頂を見上げる。


「大きいですね…………それに静か。ぱっと見には、火山だなんてわかりません」


「ええ。静かなものです。けれどあの火山こそが、百五十年に渡るクエント侯国との因縁を生み出したのです」


 ルイス卿は菫色の厳しい視線を火山へ向ける。


「セルバは北をノベーラ、南をクエントに挟まれた国境地域で、百五十年間、両国はこの土地の国境線をめぐって何度も争ってきました」


 歴史ではよくある話である。


「ただ、セルバもはじめから境界が曖昧だったわけではありません。百五十年前までは、両国の境を証明する大皇国時代からの塚などがいくつも残り、ノベーラもクエントもその塚に沿って国境線を定めて、そのうえで商人や旅人達が行き来して、ブルカンは国境の街として栄えていた、と伝わっております。それが百五十年前に…………」


「セリャド火山が噴火してしまったんですよね?」


「ええ。記録では、かなりの規模だったようです。当時のブルカンの街の七割が、一日で溶岩に呑まれたとか。ただ、当時ブルカンを治めていた城伯の奮闘により、住民の避難には成功して、死者はごく少数。財産の一部も持って逃げることができたため、噴火が収まったあとは、比較的速やかに街を立て直すことができた、と伝わっています」


「街が吞まれるのに一日かかった、ということは、噴火口からあふれた溶岩の速度はあまり早くなかった、ということでしょうか? それで住民達も避難が間に合ったし、荷物を持って逃げる余裕もあった、とか?」


「おそらく、実態はそんなところでしょう。地元では『ブルカンの奇跡』と伝わっています」


 ルイス卿はそこで一つ、ため息をつく。


「人的被害が最小で済んだのは幸運でした。が、噴火による大量の溶岩の流出と火山灰の堆積に、地形の変化も加わり、国境線を定めていた塚の大半が埋まり、あるいは地面から抜けて元の場所から移動して、本来の国境線を証明するものがなくなってしまいました。以来、この地域では、戦がくりかえされているのです」


 本来の国境線がわからなくなったのを口実に、ノベーラとクエント双方が「ここは自分の土地だ」と争いつづけているのである。


「この辺りは、土地そのものは肥沃なのですよね?」


 ブルカンの街とその周辺を見渡せば、街の外には緑の畑が広がっている。

 季節は秋の盛り。どこの畑も農民が一生懸命、収穫に精を出している。

 ルイス卿も「ええ」と肯定した。


「火山灰の堆積により、麦の耕作には不向きですが。芋や根菜類はよく育ちますし、果樹も育ちます。それと国境を往来する商人や旅人相手の、宿泊業や飲食業で成り立っているのです」


 つまり都市としては、大きく発展する余地がある。

 故にノベーラ大公国もクエント侯国も、セルバ地方を手に入れたがっているのである。


「土壌が豊かなら、分け合えばいいのに…………」


 十六歳の元ニホン人としては、まずそんな感想が出てくる。

 実際にはもっと複雑な事情がからみあっているのかもしれないが、ノベーラでは女子に政治的な問題解決能力は求められず、その手の知識も与えられない。まして、外界から隔絶気味に育った身。この程度の感想がせいいっぱいである。

 けれどルイス卿も苦い笑みで「本当に」と、うなずいたところを見ると、彼女もセルバ地方の現状は憂えているのだろう。

 ルイス卿の表情がひきしまる。


「ブルカンの街自体は城壁で囲まれていますし、ブルカンの街もノベーラ領内で、アリシア様が派遣されたのも街の神殿です。けれど報告によれば、クエント軍はかなり近くまで迫っており、散発的な小競り合いも日常的に起きているとのこと。むろん、私ができる限りお守りしますが、アリシア様も用心して、けして街を囲む城壁の外にはお出にならぬよう、心よりお願い申し上げます」


 私も真剣に彼女の言葉を聞き入れ、うなずいた。

 アリシア・ソル()はヒロインだけれど、無謀や危険を冒して物語を展開させるタイプのヒロインは希望していない。


「ところでルイス卿。そのアリシア『様』というのは、やめていただけませんか? 『アリシア聖神官』か『ソル聖神官』でお願いします」


 そう。従軍にあたり、私は急遽、聖神官に昇格していた。

 本来なら、聖神官として認定されるにはまだ修行期間が足りないのだが、ソル大神殿長様いわく「そなたは破格の数の実績があるのでな。協議の結果、特別処置として例外を認めることとなった」そうである。

 聖神官に格上げしておけば、大神殿側は「貴重な聖神官を危険にさらそうなんて、神殿に喧嘩を売っているのか」と大公家側に文句を言いやすくなる、という意図もあるようだ。

 おかげで今まで薄紫だった長衣(ローブ)と帯が、今は晴れて紫色だ。


「ルイス卿は騎士位を授かっているのですから、れっきとした貴族。ルイス卿の父君のルイス将軍閣下も、同じく貴族のお家柄です。対する私は平民、『様』などと呼ばれる身分ではありません。どうぞ、ただ『アリシア』と」


 これは私のほうが正論だと思う。が。


「とんでもありません」


 ルイス卿は清々しいほどさわやかな笑顔で反論してきた。


「アリシア様には、私の親族や友人達が、何度も救われました。ましてや、数え切れぬ人々を癒した聖女様です。『アリシア様』とお呼びすることに、なんの不思議がありましょうか」


 きらきらした瞳で見返され、私は「まだ、候補ですけど…………」と小さく返した。

 見れば、列となって進む兵士達のまなざしと表情も、彼女と似たり寄ったりだ。

 彼らは数日前まで公都におり、職務柄、大神殿で癒しを行う私の『常連』だった。私自身、彼らの何人かにはぼんやり見覚えがある。

 私は気恥ずかしくなって馬車の中に引っ込み、同時に、ブルカンの街に到着したら戦場に出なければならない彼らにとって、私こそが最後の命綱であり、あの憧憬の視線はその裏返しなのだと、身をもって実感する。

 それから三、四時間ほど行軍をつづけて、ブルカンの街に到着した。

 兵士は国境のノベーラ軍に合流するため、見送り兼護衛はここまでとなる。

 私は馬車にゆられながらルイス卿に先導され、街にたった一つの神殿へとたどり着いた。

 ちなみに道中、小さなトキにせかされてつけていた日記は「どこからどこまで」という移動の記録に周辺の景色の説明を一、二行記しただけなので、債権者(魔王)に渡したら、また文句を言われるだろう。

 目的の神殿はまさに『田舎の』とか『地方の小さな』という形容がぴったりの規模で、正直、公都の壮麗な大神殿で暮らしてきた身には、物足りないどころではない。

 だが状況が状況だ。雨露をしのげて、敵軍に攻められた時に防壁や隠れ場所になってくれればいい、と割り切ろう。

 古びた石造りの建物から、藍色の長衣に白の神官服を重ねた、初老の男性が出てくる。


「ようこそ、ブルカンへ。公都で評判の聖女様をお迎えできて、大変光栄にございます。神殿長を務めるモンテスと申します」


 私とルイス卿はそれぞれ名乗って挨拶し、預かっていたソル大神殿長その他の方々からの手紙をモンテス神殿長に渡す。

 神殿長を名乗ってはいるが、私の外套のフードに入った、魔王から預かったトキは見えていないようだ。おかげで「ペット禁止」を告げられることもない。

 それより、地味に気の進まない再会が待ち受けていた。


「こちらはグラシアン聖神官。先日まで公都にいらした方同士、話も合うでしょう」


 モンテス神殿長は一片の悪意のない表情で、無邪気に紹介してくれる。

 イサーク・グラシアン。

 白の神官服に紫の長衣と帯を身に着けた、若き聖神官。

 例の学院の入学式の日にデラクルス公爵令嬢と共にいて、


『なにゆえ、神はこのような低俗な人間に聖魔力を与えたもうたのか…………学院は婚活の場ではありません。貴女も神から祝福されたなら、下劣な野心は捨て、精進することです。セレス嬢の聡明さと清廉さを見習いなさい』


 と忠告してきた、水色っぽい金髪の少女のように繊細な顔立ちの美少年だった。

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― 新着の感想 ―
監視役かな?
待ってました! 旧版はここから元攻略対象たちの更正が始まったけど、どうなるかな?
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