温泉のせいで婚約破棄された令嬢は5年後に幸せを掴んだ
「リーベ、君との婚約を解消させてほしい。君が治めるノッボ伯爵家領地には温泉が多い。おかげでどこに行っても硫黄の匂いと煙が立ち込めているし、金属製品は軒並み劣化してしまう。そんな所に一生縛り付けられるなんて、まっぴらごめんなんだ」
「ですがゴード様、我が領地の温泉は湯治や観光スポットとして人気で領地経営も安泰です。年に何度も足を運んでくださる方だっているし……」
「っうるさい! 温泉なんてくだらないものばかりの場所に住む女との結婚だなんて、絶対にごめんだ!」
そのゴード様の言葉に、私もカチンとくる。
そこから先は、言い合いという形になったものの、とんとん拍子で婚約破棄へ至った。
その5年後。
「リーベ! 君のところの温泉に入らせてくれ!」
「……ゴード様?」
久々に見たゴード様は、杖をついて歩いている。なんでも私と別れた後、ぎっくり腰を発症し毎日痛くて仕方ないから温泉に入らせてほしいとのことなのだが。
「申し訳ありませんが、さんざん温泉を馬鹿にしてきた貴方を我が領地の温泉に入らせたくありません」
「っそんな! 君は僕の元婚約者だろう? 温泉の一つや二つ入らせてくれたって……!」
のぼせているとしか思えない発言の数々に、思わず言い返そうとした頃。私たちの間に一人の騎士が割って入る。彼は湯治のため、定期的に我がノッボ領地に通ってくれるサック様だ。
「ここの温泉で身体的にも精神的にも救われた人がどれだけいると思う? それを誇り、温泉の価値を誰よりも理解するリーベに君のような男はふさわしくない。とっとと帰りたまえ!」
騎士として普段から鍛え、堂々とした振る舞いをしているサック様の一括にゴード様はあっさりその場から退散してしまう。
「あの、サック様。ありがとうございます。私だけでなく、温泉の大切さも語ってくれて……私、本当に嬉しかったです」
「……いや、僕が大切だと思っているのは温泉だけではない」
そう言うと、サック様は真っ直ぐと私に向き直る。
「リーベ様。あなたを愛しております。よろしければ僕の妻になってくださいませんか?」
唐突な告白に、私の頬がぽっと赤くなる。
いつも温泉が大好きで、優しく他のお客様にも優しい彼に私も心惹かれていた。だけど、まさか両思いだなんて……信じられないけど、ものすごく幸せなことだ。
「……私で良ければ、喜んで」
――真っ赤になった顔を温泉の煙で隠しながら、私はそれでも幸せを噛みしめた。