貴方と手を取り合いたい
恐ろしい魔物に今にも喰われそうだった青年の目の前に、銀の鎧を身に纏った少女が現れた。
細身の体には似つかわしくない大きな大剣を振りかざし、人間よりも何倍も大きな魔物をいとも簡単に切り裂く。
少女は青年の安否を確認するかのようにこちらを振り返り、目が合うと、青年は出会ったことのないはずの少女の存在を知っていた。
艶やかな濡れ羽色の髪を二つにまとめあげ、可憐な顔立ちに存在する琥珀の瞳と黒い眼帯は、思わず夜空を想像させた。
間違いない、彼女の名は
『孤高の黒薔薇、モニク・ハルモニア』
モニク・ハルモニアは女性のみで構成されている「宝石の騎士団」に所属していた最強の女騎士だったが、数ヶ月前に騎士団を去り、今はギルドの依頼をこなしながら一人で旅をしているとのこと。
誰とも群れないその姿から、いつしか「孤高の黒薔薇」なんて呼ばれるようになっていた。
青年は、強く美しい少女に憧れの念を抱いた。何か一言、お礼を言うつもりだったが、少女は何も言わずにすぐにその場を去ってしまった。
青年は、モニク・ハルモニアの役に立ちたかった。モニクの所属するギルドを何度も訪れ、ついに再会することになったのだが―
「モニクさんとお話をする場合は、こちらを使ってくださいね」
「…なんですかこの糸電話は!?」
「ヒッ…!!」
「コラ!アーシュさん、突然大きな声を出したらモニクさんが驚いてしまうじゃないですか!」
アーシュと呼ばれる青年は、憧れの孤高の黒薔薇となぜか受付嬢を挟みながら糸電話で会話をしていた。
「アハハ!まーたモニクの通り名に騙された男がやってきたよ!」
「モニクは生粋の男嫌いな上に人見知りだからな、一緒に旅しようなんて考えはやめた方がいいぜ!」
『孤高の黒薔薇、モニク・ハルモニア』は男性恐怖症だった。
誰とも群れないのではなく、男が苦手だから避けていたのだった。
「あの…」
「え、あ、はい!?」
「……『孤高の黒薔薇』なんていう大層な通り名を持ってて本当にすみません……」
「いや別に謝る必要はないですけど…」
「アッエッ、あっ、謝らなくて良かったですか!?す、すみません、本当にすみません!!」
そう言いながら、モニクはまた謝り始めた。ギルド内の野次馬達はその様子をゲラゲラと楽しそうに見ていた。
正直彼女の性格は予想外であったが、実力は本物であることは間違いない。アーシュは彼女への憧れを捨てていなかった。
「アーシュさん」
「は、はいっ…!?」
「僕がどれほど素晴らしい魔道士か、誠心誠意込めて説明させて頂きます!!」
アーシュ・ホワイトは、氷魔法を得意とする魔道士の家系に生まれた優秀な青年である。高等な魔術の教育を受けており、19歳にしてはかなりレベルの高い魔道士だ。
アーシュは自身がいかに優秀であるかを糸電話越しで説明し始めた。
「先日は助けて頂きありがとうございました!!僕の名前はアーシュ・ホワイト、魔道士です!ホワイト家は魔道士界隈ではかなり有名な方ですがモニクさんは聞いたことあるでしょうか!?」
「あ、あの、」
「ホワイト家は氷魔法が得意で戦闘でも日常生活でもお役に立てることを約束します!特に食品の保存に関しては本当に優秀で採れたての食品も魔法の力を使って約3年は保存することが出来ますよ!!」
「その、」
「もちろん氷魔法以外もお手の物でして水、電気、草、白魔法や黒魔法も「もう、やめてください!!」
モニクの大きな声がギルド内に大きく反響した。
「わ、私、男の人とこうやって話すのだけで精一杯で…あ、あなたみたいな人の気持ちを考えられない人とは、一緒にいたくないです…」
「失礼します」とモニクはギルドを飛び出した。
ギルド内にはなんとも言えない空気が流れていた。
「…やらかしてしまいましたね」
「………」
「ま、今までモニクさんの前に現れた方々も似たような感じで追い払われたので、あまり気にしない方がいいですよ。ここまでモニクさんを追い詰めた人は初めてですが」
受付嬢の言葉にチクリと何かが刺さったような感覚に陥った。
―――――――――――――
『お前には、協調性がない』
『どうしてですか、僕がいたからあの戦いに勝てたんじゃないですか!!』
『この無駄な傷を負った仲間たちの前でもまだそんなことを言うか。出ていけ、この言葉の意味が分かるまで俺たちの前に姿を現すな…!!』
宿屋の布団に包まりながら、以前所属していたパーティのことを思い出していた。
「色んな人を傷つけてから、やっと僕は気付くのか…」
それならば、もう一人で旅を続けた方が良いのでは、実家に帰ってしまった方が良いのではと思考を巡らせるが、アーシュのプライドがそれを許さなかった。
(でも、モニク・ハルモニアは男が苦手なら、もう近づかない方が彼女のためなのでは…?)
合理的なアーシュにとって、人の気持ちを尊重するというのは簡単ではなかった。
『あ、あなたみたいな人の気持ちを考えられない人とは、一緒にいたくないです…』
(彼女の気持ちを汲み取るのならば、僕はどうすれば良いのだろう)
ぐるぐると、更に思考を巡らせてみる。
人の気持ちを考えることは、こんなにも難しいのか、いや、今まで考えてこなかったからこそ難しく感じるのだろうか。
そもそも男がダメなのなら、女だったら話はスムーズに進んだのだろうか。
「あれ」
「男だから、ダメなのか!」
―――――――――――――
「はぁ…」
孤高の黒薔薇は、悩ましげにため息をついていた。
「いつも断ってるんだから、そんなに気にする必要はないんじゃない?」
「…今回は、かなりキツく言っちゃったので…」
「本当のことを言っただけなんだから悩むことないと思うんだけどなぁ」
「うぅ、本当はもっとやんわりと断れるようになりたいんですよ…!!」
モニクはパーティへの誘いを断る度に落ち込み、仲の良い受付嬢に話を聞いてもらっていた。
「そういえば、今日もモニクちゃんに話があるって人が来るらしいよ」
「…また、パーティへのお誘いですかね」
「お誘いだったら、今回も断る予定なの?」
「…や、優しそうな男の人だったら、可能性は…あるかも…?」
モニクは、男性恐怖症である自分を克服したいと思い、女性しかいない宝石の騎士団を脱退した。そのため、女性が存在するパーティの勧誘はなるべく断る様にしていた。
しかし、自分から誘う勇気も、相手からの誘いに乗る勇気も出ずに、結局一人のままギルドの依頼をこなし続けていた。
(…自分は何もしていないのに、人の気持ちを考えろだなんて、ホント私って自分勝手…)
自己嫌悪に陥るモニクだったが、その思考は周囲の声によってすぐに振り払われる。
ギルド内の人間達がざわざわと騒ぎ始めていた。
何事かと思い皆が注目している方に目線をやると、浅葱色のロングヘアをなびかせた美しい女性がモニクの方に向かって歩いていた。
女性はモニクから約十歩程離れた距離で歩みを止めた。
「わ、私に用があるのって、貴方ですか…?」
自分に用がある人間がまさか美しい女性とは思わず、人見知りであることを抜きにしても動揺してしまう。
「モニクさん、先日は怖い思いをさせてしまい本当に申し訳ございませんでした」
「…え?」
いくら思考を巡らせても、この女性のことがどうしても思い出せない。
彼女の言う、先日モニクに怖い思いをさせた人物と言えばただ1人、頭の中に思い浮かんでいた。
「…もしかして、アーシュさん…?」
「はい、アーシュ・ホワイトです!!」
美女の口からでた肯定の言葉に、モニクも野次馬達もただただ驚くしかなかった。
「えっえぇ!?なんで女の子に…!?」
「貴方とちゃんとお話をするために、魔法で姿形を変えてみました」
「わ、私のために…?」
「それでも中身は男なので、また怖いと思ったらいつでも言ってくださいね」
アーシュなりに、モニクの気持ちを考えた結果だった。
姿形は女性と言えどもしっかりと距離をとり、丁寧にモニクとコミュニケーションをとっている。
「これが、僕…私なりのモニクさんへの誠意です。貴方が男性が苦手なのは分かっていますが、その上でもう一度貴方にお願いがあります」
「どうか、私を貴方と共に旅をするパートナーにしてくれませんか…!?」
人に頭を下げ、お願いをすることが初めてだったアーシュの心拍数は最高潮に達していた。
「ぷっ…」
そんなアーシュの鼓動を落ち着かせたのは、モニクの笑い声だった。
「あははは!」
あの孤高の黒薔薇が、満面の笑みを浮かべていた。
そんな彼女の姿は、『孤高の黒薔薇』なんていう大層な肩書きを背負っているとは思えないくらい、普通の女の子で、とにかく素敵な笑顔だった。
「今まで、私とパーティを組みたいと言った人の中で、女の子に変身してきた人は貴方が初めてです」
モニクは、初めてアーシュと目を合わせ、穏やかな笑顔を浮かべながら返事をした。
「私で良ければ、喜んで」
「や、やった!!ありがとうございます!!」
アーシュは嬉しさを隠しきれず、モニクに握手を促す様に両手を差し出した、が、モニクは目にも留まらぬ速さでアーシュから離れた。
「あ、握手は、まだ、その、ちょっと…」
「そ、そうですよね!すみません…!!」
気まずい空気が一瞬だけ流れるが、モニクがすぐにその空気を変えた。
「わ、私、頑張って男の人に慣れるように、頑張るので、よろしくお願いします…!!」
モニクも、アーシュと同様変わろうとしている。
まだ、手と手は取り合うことはできないけれど、心の距離は、ちょっとだけ縮まったかもしれない。
「モニクもアーシュもおめでとさーん!!」
「あのモニクちゃんが男の人とパーティを組むなんて…私嬉しい!!」
モニクとアーシュの初々しい雰囲気を打ち破るかの様にギルドの野次馬たちが茶々を入れ始める。
「「そ、そういうノリは恥ずかしいからやめてください!!」」
まだまだ未熟な2人の大きな声が、平和なギルドに響き渡った。