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休戦

 ◆◆◆◆


パナケイア聖騎士団 セプテム城籠城戦戦果報告


戦死者:騎士32名、従士12名

負傷者:騎士164名、従士763名

討伐魔物数:約44000

戦傷魔物数:約50000


救出避難民:6734名


 ◆◆◆◆




 魔王軍から休戦の申し出があったのは、ヴリトラを倒したその夜のことだった。

 魔王側が掲示した条件は、三つだ。


・これより十日の間、魔王軍とセプテム城守兵は休戦する。

・魔王軍はその十日間で撤退準備を行い、完全に撤退する。この地に兵は残さない。

・セプテム城側は十日間、魔王軍の撤退を攻撃したり妨害しない。またその後追撃も行わない。


 エイルは、この条件を飲んだ。ただエイルを始め騎士団幹部はほとんどが満身創痍であったため、最初の休戦交渉にはラウラとニコが特使として出向いた。

 休戦の受諾が伝えられると、魔王軍は直ぐに行動を開始する。魔王はきちんと約束を守った。野営地を引き払う撤退準備の間魔王軍の魔物は一切人を襲うことはなかった。セプテム城側もそれに対し矢の一本放たなかった。

 5日後、魔王軍はすでに半数以上が撤退したころ、魔王軍から再び接触があった。

 撤退は順調に進捗しており、明後日以降には本陣も引き払う予定であるがその前に、魔王陛下がぜひセプテムの守将と言葉を交わしたいと思っている。これは休戦に一切影響を及ぼさないが、よろしければお会いしてくれないか。


 エイルは騎士団幹部と相談した後、申し出を受けることに決めた。



 ◆◆◆◆


 翌日、エイル、リフィア、ハイジー、メングラッドとそれぞれの従士一名が騎乗してセプテム城を出た。先頭はエイルで、続いて大きな騎士団旗を携えたラウラが続く。魔王軍側の出迎えはガップ将軍とシャルル、及び数名の幕僚たちだ。

 エイル以下八名は全員が正装をしている。魔法甲冑は激戦で大きく破損していたが、この日のために工房部が修理し磨き上げ新品同様の輝きを取り戻していた。さらに背中には緋色に白十字の縫い取りがされた大マントを羽織っている。全員がこれからまるで帝都でも行進するかのような、美しい騎士姿だった。

 魔王軍の将兵たちはその姿に瞠目した。半年以上戦い抜き、ついには失陥寸前まで追い詰められた籠城兵など、もっと傷つきくたびれ果て汚れきっているはずだと思っていた。それがパナケイア聖騎士団の華麗で凛然とした行進を見て、畏怖と讃嘆を覚えずにはいられなかった。魔王軍の陣営につくと、魔族の将校はおろか最下級のゴブリンさえもが自然と道を開けた。

 威風颯爽としてエイルたちは魔王の大天幕へと赴いた。


 ◆◆◆◆


「おっきい〜〜〜〜」

 

 天幕にたどり着いたエイルは素直に驚嘆した。

 魔王の大天幕は近くで見るとまさに規格外の大きさだった。いくつもの大天幕が折り重なるように設営されており、帝国軍が野営で使う大天幕の五倍ほどの大きさがある。まるで布と骨組みでできた城だった。

「さすが魔王の本陣ね」

「近くで見るとバカでけえな」

「これを毎回張ってるの? 皇帝陛下の天幕でももっと小さいよ」

 リフィア、メングラッド、ハイジーがそれぞれの感想を述べる。

 シャルルに促されて天幕内に入ったエイルたちは、さらに目を見張った。

 大天幕の中は魔王国の宮殿をそのまま移設したかのようだった。椅子やテーブルだけではない。エイルの身長の二倍の高さはある本棚。瀟洒な食器棚。もはや城のクローゼットとしか思えない衣装ケースに巨大な姿見。右脇には美しい装飾を持つ剣や盾、左脇には絵画と彫刻が景観まで配慮して陳列され(エイルの見る限り、名工の作と思われるそれはどう見ても本物だった。人間から奪ったものですらない)、奥にはピアノと竪琴まで備えられている。天井からはシャンデリアが、床には厚い絨毯が敷かれていた。

 一通り眺めたエイルは、再び取り繕わずに感嘆した。

「ひょえ〜〜〜〜!!!」

「まさか、これほどとはね」

 とはリフィア。

「なんか、ある意味拍子抜けだな。魔王の本陣だから人間の骨くらい飾ってあるかと思ってたぜ」

「実は私も、ちょっと思ってた。すっごい洗練されてるね……」

 メングラッドとハイジーがそれぞれ魔王のイメージとのギャップに戸惑う。

 内装の豪華さにもはや観光地を眺める気分で見て回る騎士と従士たち。そこに衣擦れの音がして、奥と隔てられた布を開けて背の高い男性が入ってきた。

 途端、全員が緊張で身をこわばらせる。男性は冠一つ頂いてなかったが、その雰囲気で誰もが正体を察した。

 ――これが、魔王。

 まさか、とエイルは思う。魔王が自ら出迎えるなど聞いたこともない。だが発する魔力は紛れもなく高位魔族のそれだった。

 天幕の中央部で魔王は歩みを止める。天幕の内部同様、その外見は魔王という言葉の印象を裏切るものだった。

 スラリとした長身に怜悧な美貌を持つ魔王はソラン帝国のどんな皇族貴族よりも貴公子然としていた。甲冑は身につけていない。黒を基調とした衣装は最上級の布で作られていることはわかるものの、飾りらしい飾りもなかった。それでも魔王の立ち姿に貧相さは微塵もない。天幕内のあらゆる豪華な調度品も、美しい置物も、魔王本人が発する優雅さと気品に圧倒されているようだった。

 魔王はまずエイルに、温かみのある微笑を向けて言った。

「はじめまして。こうして話すことができて嬉しく思う。パナケイア聖騎士団騎士団長、エイル殿」

 ラティアノ語だ! エイルは驚いた。魔王が話したのは魔王国の公用語である魔族語でも、人類の間で大陸共通語となっているソラン語でもなく、今や一地方方言となったラティアノ語だった。もちろんエイルがラティアノ出身者であることを知ってのことだろう。

 呆気にとられてエイルが固まっていると、魔王はまるで教師の質問に間違えた生徒のような表情になる。

「すまない。私の発音は聞き取りにくいだろうか。あるいは文法が間違っているかな? ラティアノ語は普段あまり練習していないんだ」

「あ、いえいえ完璧です。驚いてしまったもので」

「それは良かった。――あらためて、私が魔王ヘルムート・サバトローチェ・ヴァンデハイム・ドラゴニアだ。よろしく、騎士団長」

「パナケイア聖騎士団騎士団長、エイル・ディ・アグラヴィッラです。陛下」

 魔王が右手を差し出す。エイルが握ると、魔王は丁重に握手を返した。直前まで、エイルは魔王にどう呼びかけるか悩んでいたが、今はためらいなく陛下と口にできた。

気づけば2ヶ月も空いてしまってすみません! 感想やいいねなど本当に励みになっていました。ゆっくりですが更新していくのでぜひまた読んでいただければ幸いです。

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[一言] 待っていました。ありがとうございます。
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