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10万VS200

「報告。敵軍の騎士部隊が突撃を開始。第一防衛戦列は瞬時に壊滅、現在第二防衛戦列と戦闘が始まりましたが、すでに損害多数。敵の目標はヴリトラ様と思われます!」

「ご苦労」

 伝令の報告を聞いて、シャルルはヘルムートに顔を向ける。

「向こうはヴリトラ様に狙いを絞ったようですね」

「……終わったな」

 端的に魔王は言った。表情には自然現象を説明するような無感動さがある。

「ヴリトラを狙うというなら話は単純だ。こちらはヴリトラに向かって突っ走る敵を数で押し包んでしまえばいい。敵の騎士隊が全滅するのが先か、それともヴリトラの竜撃でセプテム城が崩壊するのが先かはわからないが、ともかくこの戦は決した」

「はい。これで今日セプテム城は落ちます」

 無謀な突撃、そうとしか思えなかった。たとえどれほど強い騎士だろうと、優れた甲冑を身に着けていようと、所詮は二〇〇名足らずの戦力に過ぎない。仮に魔王軍の戦列は突破できても、ヴリトラは倒せない。

 たとえ奇跡が起きても、不可能だ。

「こうなればあとは時間の問題だ。こちらは敵全滅の報告を待つだけ……」

 椅子に深く座り直した魔王は、憂いを帯びた表情で呟いた。

「惜しいな。稀代の名将と兵たちだったが、これもまた彼女らの運命というところか」




「敵第三戦列突破! 騎士百九十六名、全員未だ健在です!」

「っ、はあ、了解」

 エイルはひとつ息をつく。ここまで脇目もふらず駆け、戦ってきた。敵の最終防衛ラインを無傷で突破できたのはいいことだ。しかしここまでの戦闘で突撃衝力は完全に失われた。しかも本命の敵はこれからだ。

「ヴリトラ……」

 ついにエイルたちはヴリトラの下へとたどり着いた。

 足元まで来るとその大きさは際立った。まるで山を見上げるようだ。自分を守る戦列が全て突破されたというのに動じる気配もない。その瞳には眼下の光景など何も映していないかのようだった。

 リフィアが、ハイジーが、そしてメングラッドが、続いて戦列を突破し傍にやってくる。

「エイル! この周囲の敵は殲滅したわ。私がここに防御陣地を築いて敵は近寄らせないから、貴方はヴリトラを」

「うん」

 ガシャリと背中の翼を開く。一度大きくはためかせると、エイルは一息に飛び立った。

 背中のスラスターで推力を得た『サンタ・マリア』は、ぐんぐんと速度を上げて上昇していく。エイルが飛び出してもヴリトラは何の反応も示さなかった。足元から小鳥が飛んだ程度にしか感じていないのかも知れない。

 余裕の態度で三撃目の大火球を放つため、魔力充填を続けている。

『絶対に……撃たたせない!』

 胸に強い決意を掲げ、エイルは飛び続ける。100メートル……200メートル……300メートル……。ヴリトラの高さをもはるかに超え、さらに飛び続ける。

 上空1000メートルに達したところで、エイルは反転した。甲冑の軌道計算機能も合わせて方向を決めると、ヴリトラに向けて滑空を開始する。背部のスラスターを全開にし、重力加速度も得てみるみる速度を上げていく。高空を箒で飛ぶ魔女も体験したことのない、異次元の加速力。

 向かい風が突風のように吹き付けてくる。甲冑の保護機能を受けてなお、骨がきしみ関節は悲鳴を上げた。気を抜けば身体がばらばらになりそうだった。異常な耳鳴りがする。僅かな時間に何度も意識が遠のきかける。何倍もの重力を受けて血液が逆流している。

 1000メートルの距離は数秒で0となった。高空で指先のように見えたヴリトラが、またたくまに目の前へと迫る。

『――いまだっ!』

 ヴリトラの身体、その太い首が間近に迫ったとき、エイルは全力でライトサーベルを振り抜いた。手加減なしの全開出力。3メートルを越す光の刃となったライトサーベルは、抵抗を受けることなくその喉元へと迫った。

 シュリイインンン――――、という例えようのない音が響く。名刀同士刃を擦り合わせたような、鋭く大気を切り裂く金属音。本来光剣が出すはずのない音。

 加速したままヴリトラの横を抜き去り後方へと出たエイルは、両手に強いしびれを感じていた。

『かっっっったあああーーーっ!』

 ヴリトラの鱗は切り裂けなかった。まるで何事もなかったかのように悠々と佇んでいる。高空から加速し、エイルの出力で、光属性の光剣を使ってなお、傷一つつけること叶わなかった。


 まさに化け物。

 まさに超越者。

 まさに伝説の魔竜。


 勇者ですら討伐を諦めたモンスターは千年を経てなお規格外の存在だった。

『エイル、大丈夫?』

 リフィアから魔法通信が入る。再び高度を取りながら、エイルは答える。

「ダメだ。私のライトサーベルでも傷一つついてない。ヴリトラの鱗は斬れないよ」

『そんな……それじゃあ、どうするの?』

 希望を打ち砕かれた声で尋ねるリフィア。しかしエイルは諦めていなかった。

「こうなったら直接内部へ攻撃するしかない。次の大火球を放つ時、口内に向かって斬り込む」

『そんなの、あなたが無事で済むの!?』

「方法がそれしか思いつかないもん。やるしかない」

『〜〜〜〜っ。……わかった、気をつけて』

「ありがとう、リフィア」

 おそらくは、言いたいであろう様々な言葉を飲み込んで、ただ了解をくれた副団長に感謝する。

 エイルが再び高空へと飛び立つ。みるみる高度を増し、あっという間に1000メートルの高空へとたどり着く。

 魔法甲冑の望遠機能を使い、視覚情報をヴリトラの頭部へ集中する。すでにヴリトラは3撃目の発射準備を完了していた。角が赤熱し、火の魔素が口腔周囲へと集まって赤い雲のようだ。

 やがて魔力が十分に溜まったことを示すように、暴竜の角が真っ赤に輝きだす。ヴリトラは身体を大きくのけぞらせた。ここだ、とエイルは翼の水力を全開にした。1000の高空からヴリトラに向かって急速に、斜めの角度で落下していく。火球発射時のヴリトラ頭部の位置は魔法甲冑の補助も使って計算した。翼を微妙に動かし、その予測位置へ角度を調整する。

 ため(・・)のあと、ヴリトラは大火球を発射した。獄炎の熱球が三度セプテム城へと向かう。エイルはその先を見ないようにした。狭窄した視野の中で、ただ竜口のみを目指し飛ぶ。あっという間にヴリトラの頭部が近づいてくる。

 タイミングは数秒もない。ヴリトラが火球を発射してから口を閉じるまでのその一瞬。そこにすべてをかける。

 すでにヴリトラの頭部は視界いっぱいに見えるほどまで近づいていた。口元に並ぶ牙がまるで剣山のようだ。

 ヴリトラの口はすでに閉じ始めていた。間に合え、間に合え。祈りとともにエイルは叫んだ。

「タアアアッッーーーーー!!!」

 一瞬の交錯だった。ヴリトラが口を閉じる寸前、エイルの光剣が間に合った。確かな手応えとともにすれ違ったエイルは、地面へ墜落する前に再び上昇する。

 ヴリトラの口から、大地を揺るがすような絶叫がほとばしった。

「グルルルウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 この千年、傷らしい傷を受けることなどなかったのだろう。エイルの感触としては舌先三寸斬った程度に過ぎないのだが、ヴリトラの動揺はそれ以上だった。天に向かって吠え、地団駄を踏み、身悶えする。ただの足踏みが地震のように大地を揺るがす。

「やった……」

 窮鼠猫を噛むにも程遠いほんのささやかな逆襲。それでも伝説の邪竜に傷をつけられた喜びは大きい。

 絶対無敵の存在ではない。斬ることができる、倒すことができる。そんな僅かな希望がエイルの胸に生じる。


 そのかすかな僥倖が意識の隙をうんだ。

 鞭のような尾の一振りが、空中のエイルを襲った。横殴りの一撃をまともにくらってしまい、なんの抵抗もできず『サンタ・マリア』ごと吹き飛ぶ。矢のようにまっすぐ1000メートル近い距離をすっ飛び、エイルはセプテム城の外壁跡に激突した。オリハルコンとミスリルの合金で作られたサンタ・マリアは外壁の残骸も破壊し瓦礫に突き刺さるようにしてようやく止まる。

 兜内で警告音が鳴り響いているがエイルは目を覚まさない。ヴリトラの尾の一撃は、地竜の突進すら耐えきる魔法甲冑でもショックを吸収できなかった。額から激しく出血し真っ赤に染まる兜の中で、エイルの意識は昏倒した。


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