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最終攻撃開始

 10月22日、早朝。

 払暁とともにパナケイア聖騎士団は行動を開始した。


 リフィアがエイルの手を握った。元気づけるように軽く微笑んでいる。エイルはそれに応えてうなずき返した。

「始めよう」

 魔法通信のボリュームを上げてエイルは命令を発した。

回回砲(トレビュシェット)起動準備。弾種焼夷弾、全機装填。目標、魔王軍後方ヴリトラ守備部隊!」

『トレビュシェット攻撃準備完了!』

「発射!」

 エイルの号令によって、セプテム城から弾が一斉に発射された。魔王軍先方部隊の頭上をはるか飛び越え、暴竜ヴリトラを守る後方部隊へと命中する。

 油壷に火の魔石、サラマンダーの火炎袋を加えた焼夷弾は、着弾と同時に火炎を撒き散らして爆ぜた。炎はたちまち周囲へと燃え広がり魔物たちを攻め立てる。

『初弾命中、魔王軍に混乱が広がっています』

「よし、そのまま攻撃を続けて」

『了解』

 回回砲(トレビュシェット)。エイルとニコが協同で開発した最後の秘密兵器。トレビュシェットもまた投石機の一つだが、ねじりバネを利用したカタパルトと違い錘を使ったテコの原理で石を飛ばす。カタパルトより巨大になるが弾速が早く、飛距離も伸びる。

 エイルの用意したカタパルトは最大でも四〇〇メートル飛ばすのが限界だったが、トレビュシェットは風魔法と組み合わせることで六〇〇メートル先まで弾を飛ばすことができた。ただ資材と建設時間の関係から数を作ることができず、エイルは第一城壁には設置しなかったのだ。

 攻撃を受けた魔王軍もまた反撃を開始する。魔王軍先方部隊が本城郭へ向け進撃を開始し、後方部隊もまたヴリトラの防御を固めつつ魔法や投石攻撃を開始した。ここからはなりふり構わぬ投射攻撃の撃ち合いだ。

 だが、戦闘はすぐに一方的な様相を呈し始めた。セプテム城からの攻撃は次々と魔王軍後方部隊へ着弾する一方、その後方部隊の攻撃は射程が足りずセプテム城まで届かない。また前に先方部隊がいるため、誤射を恐れて大規模な攻撃を行えないでいた。こうして魔王軍後方部隊はセプテム城から一方的な射撃を浴びることになる。

 火力の信奉者という点でエイルとヘルムートはよく似ている。ただそのアプローチの仕方にやや違いがあった。

 竜撃にせよ投石にせよ魔法にせよ、ヘルムートは射程を有する攻撃をどこかで歩兵の支援と考えているところがあった。遠隔攻撃はたしかに強力だが、それで戦を決せられるわけではない。どんな戦争も白兵戦からは逃れられない。敵陣地の制圧、支配には必ず魔物兵――歩兵が要る。だからこそ味方の後衛は敵の前衛を粉砕し、味方の前衛を支援するために存在する……。ある意味ヘルムートでさえも、それまでの戦争の常識を引きずっていたのだ。

 その点でエイルは、ヘルムートよりさらに一歩進んだ発想をする。



 ◆◆◆◆



「後衛で、後衛を叩く」

 前夜の作戦会議上でエイルが新たな指針を示した時、リフィアたち騎士団幹部は戸惑った。エイルの言葉の意味を掴めなかったからだ。

「わりぃ、いったいどういうことか教えてくれねえか?」

 メングラッドが率直に疑問を口にする。

「つまりね。今までの私達は投石や魔法攻撃で突撃してくる敵の前衛を倒してきた。でも今度は敵の龍や投石兵を攻撃目標にするってこと」

「?? それだと何が変わるんだ?」

「わかったわ。先に敵の後衛を潰すってことね」

 得心したようにリフィアが言う。

 エイルの発想はごく単純にも関わらず意外に誰も思いつかなかったものだった。前衛と後衛の概念を変えるものだったからだ。

 ダンジョン攻略の(パーティ)編成から大軍同士の会戦に至るまで、前衛は後衛を守りつつ敵の前衛と戦い、後衛はそれを支援するというのが戦場の常識になっていた。

 こちらの火力で、敵の火力を叩く。エイルの発想はシンプルだ。射程の長い攻撃で、敵の深い位置を攻撃する。こうして敵の後衛を潰せば前衛は後衛からの支援を受けられない。投射攻撃こそが勝敗を決すると考えているエイルならではの発想だった。



 ◆◆◆◆



「やはり降伏はなかったか」

 いくらか残念そうに、ヘルムートが言う。シャルルが常と変わらぬ冷静な態度で訊ねた。

「敵は我らの戦列深くを狙って射撃しているようです。いかがされますか?」

「後衛で後衛を叩くか。私にはできなかった発想だ。まったく敵ながら、最後まで驚かされる――当然、反撃だ。ヴリトラに命令を下せ。火力こそ魔王軍の本領であると奴らに思い知らせよう。」



 ◆◆◆◆

 


『ヴリトラに高魔力反応! 大火球、来ます!』

「くっ、もう回復していたの」

「万全な状態でなくても撃てるんでしょう。マグマの中を泳いだっていうのに恐ろしい生命力ね」

「本城郭防御結界全開! 城郭総員衝撃に備えて!」

 セプテム城の防御結界が光り輝く。一方ヴリトラは昨日よりも明らかにゆっくりと魔力をチャージしていた。

 十分なため(・・)をもったヴリトラが大きく口を開く。

『5、4、3、2、ーー大火球、来ます!』

 巨大な火球が暴竜の口から放たれた。大火球は1000の距離をものともせず飛び、セプテム城の正面へと着弾、大爆発を巻き起こす。

 大気を焦がすほどの熱気、轟音、衝撃波。あらゆる破壊の暴風がセプテム城の防御結界を襲う。

 結界と城郭に阻まれてなお襲ってくる振動と轟音。城内にいるものは皆手近な物陰に隠れて身をすくませる。

 ややして、ラウラからの魔法通信がエイルの元へ届いた。

『――は、まさ、か』

「みんな無事? どうしたの!?」

『ぼ、防御結界が破砕、消失しました』

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。エイルは慌てて問い直す。

「そんな、二撃は耐えられるはずでしょう」

『大火球の威力が桁違いです。昨日ですら全力じゃなかったなんて……。まずいです。今本城郭はむき出しの状態です!』

「防御結界再構築急いで!」

『は、はい。ですが魔力残量が……っ、そんなっ』

「今度は何」

『ヴ、ヴリトラの角が赤色化、二撃目がもう来ます』

 自分の想定の甘さをエイルは呪った。ヴリトラが魔力チャージに時間をかけていたのは、威力を高めるためだけでなく連射するためだったのだ。

 破滅を告げる二撃目が、ヴリトラの口から放たれる。大火球はまっすぐセプテム城を目指し、ふたたび爆発を巻き起こした。



 それは戦場に突然火山が出現したようだった。目の眩むような閃光、凄まじい爆発、爆炎、爆風。

 展開している魔王軍のさらに奥に置かれた本陣にまで音と爆風が届く。本陣天幕が風ではためき、衝撃波で骨組みが揺れた。

 天幕前で戦況を見ていたヘルムートは吹き寄せる爆風と砂埃にも顔を覆いはしなかった。魔族と竜種のハーフであるヘルムートは火球の爆発に慣れている。

 一方普通の魔族であるシャルルは小さい体をさらに縮こまらせて爆風に耐えていた。

「……なんとも凄まじい威力ですね。さすがはヴリトラ様」

「うむ。無理して二連撃をやってもらってよかった。これでセプテム城の本城郭は破壊される。あとは兵を突撃させるだけだ」

「終わってみればあっけないものですね。この数カ月間我が軍は散々あれに苦しめられたというのに」

「ま、戦とはそんなものさ、シャルル。常に予想外の事態が起こって……おや?」

 セプテム城を包んでいた爆煙が晴れていく。それを見たヘルムートがいぶかしげに眉を上げた。

「……どういうことだ。最初の一撃で防御結界は破壊したはず」

「あ、ありえません。ヴリトラ様の火球を受けて、本城郭が無傷であるはずが」

 爆煙が晴れて姿を表したのは、火球攻撃前と変わらぬセプテム城の姿だった。いや、その前にはわずかな輝きがある。

「新たな防御結界だと? 馬鹿な。こんなに早く再構築できるわけがない。それにどこから魔力を用意したんだ?」

「っ、は、はい……! 陛下、ヴリトラ様より念話通信が来ました。大火球の二連撃の反動で、次には20分近くの休息とチャージが必要だそうです」

「くっ、しかたない。ヴリトラ周辺の防御を再確認。次の火球発射まで絶対に邪魔させるな!」



 セプテム城本城郭指揮室では、ニコが高笑いしていた。

「ハーーハッハッハッハッハッハ、見たか魔王軍! 私の心臓、『賢者の石』を魔力炉心にした第二防御結界だ! 大いに肝をつぶしたまえ!」

 かんらかんらと大笑いするニコを、ラウラが感極まった目で見つめる。

「フラメル様よくぞ、……よくぞ間に合わせてくださいました」

「とーーぜんだろ、私は天才だからね!」

 指揮室に詰める従士たちもまた、口々に褒め称える。

「さすがですニコさん! 助かりました!」

「正直もう終わったと思いました! ありがとうございます!」

「天才錬金術師! セプテムの守護神!」

「ハッハッハッハ、もっと崇め奉ってくれ! ……さて、と」

 真面目な表情になったニコは魔力通信を入れる。

「エイル、良い知らせと悪い知らせがある」

『ニコさん! 無事だったんですね』

「ああ、第二防御結界は問題なく起動した。展開を急いでおいてよかったよ。敵が火球を二撃連発するなんて想定外だったがお陰で耐えられた。こっちの魔力測定器で見る限り、次の火球発射にはしばらく時間がかかるはずだ。私は20分と見るね」

『ありがとうございます。それで、悪い知らせの方は?』

「火球の威力が予想以上だ。私の第二結界なら5発は耐えてみせると事前に豪語したが……すまない、あと2発が限界だろう」

『十分です。その間に絶対にヴリトラを倒してみせます。ニコさんはセプテム城の守りをお願いします』

「うむ。……敵も、我々が二連撃を耐えることは予想外だったはずだ。この20分間は千載一遇のチャンスだ。絶望的な状況だが、気張りたまえよ」

『はい、ニコさんもどうか気をつけて』

 通信が切れる。指揮室からヴリトラの巨大な姿を見つめ、ニコは冷や汗混じりに呟いた。

「ヴリトラめ、信じられない攻撃力だ。こっちは賢者の石(・・・・)だぞ。それが3発しか保たないなんて……まったくでたらめな威力だよ」

 パン、と両頬をはって気合を入れ直す。指揮室の従士たちへ声をかけた。

「君たち、いよいよ最終局面だ。エイルたちが必ずヴリトラを倒してくれる。それまでなんとしても耐えるぞ」

「マスハール!」

「はは、私はパナケイア入信者じゃないんだが。ま、こんな時くらいいいか。……神のご加護を(マスハール)


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