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最後の戦いへ

 一時間後。

 エイルは指揮室に騎士団幹部を集めた。リフィア、ハイジー、メングラッド、ニコにラウラ、そしてヒュギエイア。一同が揃ったところで新たな作戦の説明をする。

 聞き終えた6人は唖然として言葉もなかった。

 しばらくして最初に口を開いたのはメングラッドだ。

「……つまり」

 いつものように不敵に笑おうとして、失敗し冷や汗をかいている。

「オレたちは、敵のど真ん中に、突っ込むってことか?」

「そう」

 メングラッドは苦笑ともため息ともつかない声を漏らした。

「この数ヶ月付き合ってだいぶお前のイカれっぷりにも慣れてきたと思ったけど、オレもまだまだだな」

「エイル、」

 横からリフィアがそっと声をかける。

「仮にこの作戦が全部うまくいったとして、倒せるのはヴリトラだけよ。その後はどうするの?」

「今は考えない」

 あっさりとエイルは言う。軍指揮者としての思考に切り替えたエイルはそこに付随する様々な感情を切り捨てていた。

「ヴリトラを倒さなきゃ私達は確実に全滅する。だから倒す。すべてのリソースをそこに投入する。ヴリトラを倒すことだけを最優先目標にする」

「まあ、今のままだと倒せるかも怪しいしな。敵をシンプルにするのはいいと思うぜ」

 フォローともつかない気楽な調子でメングラッドが同意する。続いてハイジーが、いつになく真面目な表情でうなずいた。

「私もこの作戦にかけてみたい。ヴリトラを倒せば、後の被害は大きく抑えられる。あんなとんでもないドラゴンがいたら、帝国民が何万人犠牲になるかわからないよ」

「そう、ね。私もあの暴竜だけは絶対に倒したい」

 リフィアも首肯する。他の面々もうなずいて、今後の作戦行動が決まる。

 悲壮も、気負いもなくエイルが言う。

「よし、それじゃあ全員作戦準備開始。この城で最後の戦いを始めよう」



 ◆◆◆◆



 作戦会議が終わったあと、エイルはヒュギエイアだけを団長室に呼んだ。彼女に頼みたいことがあったからだ。

 エイルがその依頼をした瞬間、ヒュギエイアは今までになく表情をこわばらせる。

「は?」

「お願い、ヒュギエイアさん」

「絶対に嫌です」

「ごめんヒュギエイアさん。あなたしか頼める人がいなくて」

「嫌、イヤ、いやですっ!」

「お願い」

「嫌って言ってるでしょう!」

 ヒュギエイアはもう泣き出しそうだった。聖杖を強く握りしめたまま、頭を振って拒絶する。

「ヒュギエイアさん……」

「エイルさんはどうしていつもそうなんですか。いっつもいっつも無茶ばっかり。私がどんな気持ちで帰りを待っているかわかってるんですか」

「ごめん、なさい」

「ちがう。謝ってほしいんじゃなくて、そうじゃなくて。私は、私は……うう……」

 ついに聖女は足元から崩れ落ちてしまった。掻きむしるように聖衣の裾を掴む。胸の奥に生じる鈍い痛みを抑え込んだまま、そっとエイルは聖女のそばに寄った。

「……お願い」

 吐息とも嗚咽ともつかない声を漏らした後、ヒュギエイアは顔を上げる。まるで敵を睨むような顔つきだった。

「絶対に生きて帰ってこなきゃ、許しませんから」

「うん、約束する」

 こんな言葉になんの意味もないことを、エイルも、きっとヒュギエイアもわかっている。

 それでも。

「……服を脱いで、寝台へ横になってください」

「ありがとう、ヒュギエイアさん」

 自己嫌悪で窒息しそうになりながら、エイルは氷花のような微笑を浮かべた。



 ◆◆◆◆



 深夜0時、エイルはパナケイア聖騎士団全員を大広間に集めた。

 語りだす前に、エイルは騎士団全員の顔を見つめる。三ヶ月に及ぶ籠城戦を反映して疲労は濃い。誰もがどこか怪我をし、やつれている。

 みんなよくついてきてくれたな、とエイルは改めて思う。

「今後の作戦を説明する前に、ちょっといいかな。みんなありがとう、こんな私についてきてくれて。みんなのお陰でここまで戦い抜くことができました。私に従ってくれたこと、勇敢に戦い抜いてくれたこと、心から御礼を言いたいです。ありがとう」

 そう言ってエイルは頭を下げる。騎士団員たちはざわついた。エイルが頭を下げたことにではない。そういう指揮官だということは、この数ヶ月でよくわかっている。混乱を生じたのはエイルがまるで戦いを終えるような口ぶりだったからだ。

 まさか、降伏? そんな疑いが騎士団員たちの頭をよぎる。顔を上げたエイルはその疑いを強めるような言葉を続けた。

「私は、この騎士団が大好きです。パナケイア聖騎士団のみんなが世界で一番好き。ここが私の居場所だって心から思える。だからみんなにはなんとしてでも生き残って欲しい」

 ざわめきがさらに大きくなる。

 降伏? 本気で? そんなつぶやきすら聞こえる。エイルは大きく息を吸った。

「でも魔王軍の捕虜になること、奴隷になることは、生きることじゃない。それを私はよく知っている。人は自由だから、生きてるって言える。ただ命をつなぐことが、生きることだとは思わない。負けても、逃げても、降参しても、自由は得られない」

 エイルは大広間に集う騎士団全員を見渡し、告げる。

「私は戦いたい、戦って、勝ちたい。みんなを自由なまま、騎士団のままでこれからするのは玉砕じゃない。たとえ勝てる可能性が0.001%でも、勝つために戦う。たとえ生き残れるとわかっていても私はーー」

 それは、魂からの言葉だ。

「私は、二度と、奴隷にならない」

 集った騎士団員の表情が変わる。中のひとりが進み出て、訊ねる。

「それじゃあ団長、私達は」

「戦います」

 毅然としてエイルは答えた。降伏でも、玉砕でも、逃亡でもない。エイルは――、


「勝とう、みんな」


 どれほど不利でも、まともな勝算などなくても。

 諦めない、あがき続ける。倒すべき敵と守りたいものがある限り。

 パナケイア聖騎士団がずっと続けてきた戦いだ。

 魔王軍と戦う。騎士団長の決断に、反対の声は上がらなかった。

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