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バローネ

 ハイジーたちの話を聞いてから、エイルはなぜ自分が戦うのかますますわからなくなった。

 エイルがパナケイア聖騎士団に入ったのは、ただ流れに身を任せたすぎない。魔物に襲われ家族も住む家も失ったエイルを、騎士団が救ってくれた。そのままパナケイア女子修道会に身を寄せ、魔力の多いことから請われるままに騎士学校に入った。魔物を倒したいとか、家族の仇を取りたいとか考えていたわけではない。

 入ってみると騎士団は居心地が良かった。魔力の高い自分の特性を活かせたし、一緒に戦う仲間はみんなやさしかった。自分を救ってくれた、大好きな人達を守りたい、騎士学校に入ったときからエイルはそう思った。

 エイルが戦術戦略の勉強にのめり込んだのも騎士学校からだ。エイルの目から見て騎士団の人々はあまりにも自分の身を大事にしなさすぎた。誰も彼もが弱い人を守るため平気でその身を犠牲にする。そんな騎士団を少しでも変えたいと勉強し始めたのがきっかけだ。

 エイルの頑張りは、他ならぬブリジッド前団長が認めてくれた。騎士学校時代から作戦に秀でたエイルへ目をつけていたブリジッドは、エイルを飛び級で卒業させるとすぐ自分の秘書官に付けた。自分にはない戦略家としての才能をエイルに見出したブリジッドは、ゆくゆくは騎士団長としてエイルを育てることを決意していたのだった。その夢は予想もしない形で叶えられることとなったが。

 エイルは今まで、騎士団員のために戦ってきた。パナケイア聖騎士団を守るために作戦を考えてきた。

 そんな自分が、全滅しかない戦いの指揮をしなければいけない。

 もうどうしたらいいのかわからなかった。



  ◆◆◆◆



 エイルが最後に訪ねたのは、なぜだか錬金術師ニコラス・フラメルの下だった。

「戦う理由? 愚問だね。そんなの私がおもしろいと思ったからさ!」

 ニコは普段とまったく変わらない態度でそう言った。エイルは苦笑するしかない。ニコにとってはセプテム城の陥落など彼女の将来に何の影響も及ぼさないようだ。普段とまるで変わらないニコのあっけらかんとした笑顔に、エイルはなぜだかホッと落ち着くものを感じていた。いつの間にかニコはしっかりパナケイア聖騎士団の日常に腰を下ろしていたらしい。

「それで、君の戦う理由は見つけられたかい?」

「……全然、です。みんな立派な決意があるのに、私なんてあやふやで。騎士団に入ったのもただ進められたからで。騎士団長になったのは、みんなを生かしたかったからなんですけど、もうそれもできなくて」

「戦友を守りたいのだって立派な理由さ。恥じるようなことじゃない」

「ええ。でも今度の戦いはみんな死ぬかも知れない。私だけじゃない、他の大勢が死ぬかも知れない戦いを私が指揮したり、決断していいのかわからなくなったんです。それより、せめて少しでもみんなを逃してあげるほうが正しいんじゃないかって」

「騎士団に逃げたいっていう子がいたのかな?」

「……いいえ」

「ならいいじゃないか。ま、もし逃げたいという子がいれば黙って逃してあげて、戦いたいと残った子を指揮すればいいだけだと思うけどね」

「うん、でも……」

「しかし不思議だね」

「はい?」

「君はさっきみんなが死ぬかもしれないと言ったけど、極端な話降伏さえすれば、少なくとも生き延びることはできるんじゃないかな」

「ああ」

 エイルはひび割れた笑顔をした。

「魔王軍の捕虜に、奴隷になることは、生きているとは言えませんから」

「ふうん? まるで奴隷になった経験があるような口ぶりだね」

「はい、実は……」

 そういえば、自分の生い立ちをニコにはまだ話していなかった。エイルは自身が騎士団に入るまでのことを簡単に話す。ニコは特段驚く様子もなく聞いていた。同情も憐憫もない、あるがままの現象として。

 ただ意外なことに、父の最後の言葉については興味を示した。 

「バローネ、と御父君は言ったんだね」

「はい。ニコさんなにか知っているんですか?」

「大したことじゃない」

 ニコはそう最初に前置きしたが、続いてふわりと笑った。

「しかし、君の戦う理由に得心がいったような気もしてね」

「? どういうことです?」

「バローネは今でこそラティアノ語の男爵という意味だが、あくまでそれは貴族の称号として使われるようになってからだ。大本はね、『自由な人』という意味だったんだよ」

「自由――」

 エイルは目を見開く。

「――な、人」

 急に何かが腑に落ちたような気がした。

 自由、それこそエイルがあの奴隷時代ずっと求め続けてやまないものだった。生きたいと思ったのも、強くなりたいと望んだのも、ただ、自由になりたかったから。


『エイルよく聞きなさい。私達はね、バローネなのだよ』


「本当のところは定かじゃないが、私が想像するに御父君は自由のために戦ったんじゃないかな。貴族の義務というだけでなく、領民を守るためだけじゃなく、支配に屈しないために。ただ自由であり続けるために。人が人であり続けるために。――私にはよくわからないけど」

 僅かな憧憬を込めてニコが言う。その瞳は失った何かを探し求めるように揺れていた。

 数瞬、父の最後に遺した言葉を噛み締めていたエイルは、急に立ち上がった。

「ニコさん、私、決めました」

「そうか」

 降伏でも、全滅でも、逃亡でもない。

 第四の道を、エイルは見つけた。


「私、戦います。戦って――勝ちます」


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