戦いの理由
エイルが今まで騎士団長を頑張っていたのは、その方がより被害の少ない戦い方ができると思ったからだ。
だけど今度は、全滅すること確実な戦いに皆を率いなければならない。
エイルは戦う意味がわからなくなっていた。大義を見失っていた。
騎士団のみんなを助けたい。でも誰も逃げたりはしない。避難民だって見捨てたくない。でもみんなを死なせたくない。エイルの思考は堂々巡りを続ける。
「私、なんで戦ってるんだっけ」
思考の迷宮はいつしかそんな疑問をエイルに抱かせた。
◆◆◆◆
孤独な思考に耐えられなくなったエイルは、城内を当てどなくさまよう。そこで偶然出会った人に、「なんで戦うの?」とも今更すぎる質問をぶつけた。
「私が公爵家に生まれたから。高貴なものが弱い人々のために戦うのは当然のことよ。そう教えられたし、私も正しいと信じている」
「生まれたときから冒険者ギルドに育てられたからなあ。魔物となんで戦うのかなんて考えたこともねえし、嫌だ応だも思ったことねえよ。剣を振ることも好きだたしな」
「私がまだ幼かった頃、この大陸は誠に酷い有様でした。少しでも安全な場所を作り、平和を勝ち取ること。それが私の戦う理由です。今、大陸の平和な村々を見る時、私は間違っていなかったとそう思えます。」
戦う理由はみんなそれぞれだった。リフィアは貴族の責務として、メングラッドは生まれた環境と戦い自体が好きだから、ラウラは人生の大望を叶えるため。
中でも意外な話を語ってくれたのがハイジーだった。
「うーん、私が騎士団に入った理由かぁ……」
エイルが尋ねた時、ハイジーは少し遠い目をした。
「団長は私が男爵家の生まれなことは知ってる?」
「うん、騎士団員の資料で見ただけだから、あまり詳しくは知らないけど」
「私の実家は帝国の南方にあってね。父さんは男爵って言っても本当にちっちゃな領地を治める領主で、村長って肩書のほうが似合うくらいの地方貴族だったんだ。お母さんも全然貴族って感じじゃないやさしい人で、私が尊敬するくらい働きものだった。うちは子沢山で、全部で六人の子がいたの。私が一番お姉さんで、下に弟と妹が五人ね。父さんは毎日村の人といっしょに畑で働いて、お母さんも子供もいっしょになって手伝ってた。もちろん私も。私は生まれつき体も大きいし力も強かったから、畑作業では結構活躍できたんだ」
ハイジーの語る家族の話はエイルの想像そのままだった。大家族の長女。やさしい両親。穏やかな農園。下の小さい兄弟姉妹の面倒を見ているハイジーは実にしっくり来る。むしろ騎士団に所属し戦場に身をおいている今の姿のほうが違和感があった。
「実家の領地はね、畑しか無いけどいいところだったよ。すごいお金が儲かったりはしないけど、真面目に働いていれば安心して暮らせる土地。父さんも税金をなるべく安くしようって贅沢しないで働いていたから、家もお屋敷って言うよりちょっと大きな家くらいでね。お手伝いさんはいたけど本当にお手伝いさんって感じで、メイドらしいメイドは一人もいなくて、家事は父さんも母さんも私たち子供もみんなで手伝い合っていた。領地は土が豊かで小麦も野菜もたくさん取れたし、近くの川では魚も釣れた。一年中暖かくていろんな花が咲いていて、村の人達もみんなやさしくて親切で、私が領主の娘なんて関係なしに仲良くしてくれた」
エイルは、ただ聞いていれば穏やかな家族の物語としか思えない話を、黙って聞き続ける。
「私が十五歳の時、村を魔物が襲ったの。それは今思うと活発化した魔王軍の侵攻の小さな余波に過ぎなかったんだけど、村にとっては絶望の襲来だった。ゴブリンにオーク、レッサーデーモンもいて、村の自警団や父さんの衛兵じゃ太刀打ちできない勢力だった」
その後起きたことは聞かなくてもわかる気がした。魔物に襲われる人々、焼き払われる村。家族が身を盾にしてかばい、命からがら逃げ出した少女。無惨な話だ。しかしパナケイア聖騎士団にそのような過去を持つ者は多い。
「それで、どうなったの」
残酷と思いつつ、エイルは続きを促した。だがハイジーの語ったことは、エイルの想像とは違っていた。
「うん、結果的に村に被害はなかったよ。魔物は全部撃退された。……私が倒したんだ」
「え?」
「自分の中に、あんなに怖い部分があるなんて知らなかった」
ハイジーの目は、深淵を見つめるように暗く沈んでいた。
「魔物たちは村の裏手に回って襲撃してきたんだ。そこには私の家があって、運悪く外でお花を詰んでいた三番目の妹が最初に目をつけられたんだ。ゴブリンが小さい子供相手に棍棒を振るって、妹の身体は吹き飛ばされた。私が駆け寄った時妹は息はしていたけど頭から血を流していた。私はそれを見たとき、何がなんだかわからなくなるくらい頭に血が上って――次に気づいた時、私はレッサーデーモンの頭をぐちゃぐちゃに潰していた」
エイルは絶句した。レッサーデーモンは中級でも上位に位置する魔物だ。それを何の訓練も受けていない少女が、一人で倒したというのか?
「正気に返った私が見たのは、周りに散乱しているゴブリンやオークの死骸だった。だんだん視界が戻ってきた時両手がやたら痛くって、見たら腕まで血まみれだった。何がなんだかわからなくって辺りを見渡した時、ようやく家族と目があったんだ」
――ああ。
「家族はなぜだかずっと離れたところで、遠巻きに私を見守っていた。最初にゴブリンに襲われた妹も、意識を取り戻して自分の足で立っていた。それが嬉しくって、思わず私はそっちに駆け寄ろうとして――、一歩歩いただけでものすごい怯えられた。妹の私を見る目で気づいたの。ああ、もうここにはいられないんだ、って」
エイルはなんて言葉をかけたらいいかわからなかった。ハイジーはしばらく深淵を眺める目をした後、一度瞬きする。
次の瞬間にはいつもの明るいハイジーの顔に戻っていた。
「こんなこと言っちゃいけないんだけどね、本当はパナケイア女子修道会に入ったとき、シスターになりたかったんだ。戦うんじゃなくて、癒せる人になりたかった。だけど私には治癒術の才能はなくて、代わりに雷魔法の適性がとても高いってわかった。私はね、戦うしか能がないんだよ」