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喪ったもの

 パナケイア聖騎士団では死亡した騎士団員の名を記録に残さない。ただ、何月何日、何名の騎士が女神の身元に召された、とのみ記す。俗人と違い、神にその身を捧げた騎士団員には名を残すことも不敬とする考えからだった。

 その原則に従えば、この日の騎士団の記録は次のようになる。

 10月21日、二名の騎士と二名の従士が、女神パナケイアの身元に召された、と。


 戦場から収容された遺体は、修道女達の手によって清められ、それぞれの制服を身につけられ、セプテム城内の礼拝堂に安置された。葬儀のミサは聖女ヒュギエイアが執り行う。ミサには、索敵担当などどうしても外せない者以外すべての騎士団員が集まった。四名の棺は中央に並べられ、それを囲むように騎士団員たちは参列した。

 団員たちは、手に女神パナケイアの象徴である白百合の花を持っている。一人ひとり棺に近づき、遺体へと献花した。エイルは遺体を囲む円列の中央に立ち、その様子を見つめている。その瞳には何の光も宿していない。

 ふと、エイルの視線が動いた。副団長のリフィアが献花の列に並んだのだ。

「セレーヌ」

 その棺の前に来たときリフィアはささやくように名を呼んだ。25年間、片時も離れず共に過ごした従者が今、永遠の沈黙の下横たわっている。

 数秒、リフィアはその棺の前で佇んだ。涙は流さない。貴族として強固な自己抑制の下育てられてきたリフィアが唯一示した感情の発露は、ただ名前を呼ぶことだけだった。エイルはそれをじっと見つめている。周囲の声がひどく遠い。 エイルは、切り揃えられた後ろ髪にそっと指で触れた。

 ヒュギエイアの祈りの言葉が、ただの音として耳に入ってくる。


「――パナケイア聖騎士団、聖唱(サンクト)


『我らの剣は、すべての貧しき人々のために』

『我らの盾は、すべての悲しき人々のために』

『我らの祈りは、すべての病める人々のために』

『我らの命は、すべての弱き人々のために』


「女神パナケイアよ、あなたの身元へ召された人々に、永遠の癒やしと安らぎを。マスハール」

『マスハール』





 敵が追加攻撃をしなかった理由はその夜に知れた。セプテム城本城郭へ、魔王軍から矢文が打ち込まれたのだ。魔王の印章で封印が施されたそれには、騎士団の降伏を勧める内容が書かれていた。

 降伏条件は、もはや圧倒的優勢となった魔王軍の立場を示すようなものだった。

『騎士団は直ちに降伏し城を明け渡すべし。その場合騎士団員は捕虜として扱い命は助ける。また降伏の際城内の住民も全て魔王軍側に引き渡すこと。降伏を拒否する場合、今度こそヴリトラの炎が全てを焼き尽くすであろう。

 返事は一晩だけ待つ』

 降伏か、死か。たった一頭の竜の出現によって、セプテム城は落城寸前まで追い詰められてしまった。


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