坑道戦
地上で無数の魔物がセプテム城へと突撃し屍山血河を築いている時、地下でもまた数百の魔物が城下方を目指して蠢いていた。
シャルルが編成した『坑道戦術部隊』である。
坑道とは攻城戦において攻略側がとる戦術の一つだ。敵城の地下までトンネルを掘り進め、城壁の真下に来たらそこに巨大な穴を開けて崩したり、大規模魔術で下から爆破したり、あるいは城壁を突き抜けて敵城内へと掘り進み兵を侵入させたりといった攻撃を仕掛けるものだ。
キラーモール、大ミミズ、剣山モグラ、サンドワームなど地中系の魔物を中心に編成された『坑道戦術部隊』はセプテム城の城壁へ向けて地中を掘り進んでいた。なお、この坑道部隊には魔族も数名付き従っている。坑道の方角と位置を精確に把握するためだった。地中系の魔物は掘削は得意でも決められた方向に一直線のトンネルを掘ることには慣れていない。
まして今回の坑道戦ではセプテム城の城壁際からでも1キロという遠くから掘り進めている。方角が少しでもずれると最終的に大きな誤差を生むため、監督役が必要なのだった。これほど遠くから掘り進める理由は、なるべく城からはなれたほうが察知されにくくなるためと、セプテム城の堀が深さ10メートルという異常な深度であるため坑道側もそれに合わせて長い距離を掘ってトンネルを深くしなければならないためだった。あまり急角度をつけると今度は兵を侵入させるときに問題が生じてしまう。
坑道部隊の進捗は順調だった。総攻撃前の竜撃時に少しずつ掘り進めていたのもあって、すでに城壁まであと100メートルの距離に達している。度重なる魔王軍の攻撃を防ぎ続けた大城壁も、地下からの攻撃には耐えられないはずだった。
監督役の魔族指揮官は作戦の成功を確信しほくそ笑む。
「忌々しい城壁もこれで終わりだな。人類共が唖然とする顔が目に浮かぶわ」
掘削部隊を一層奮起させるべく、彼が叱咤激励しようとしたときだ。かすかな振動と地響きが聞こえた。掘削している土中の向こう側から。
「? なんだ?」
異常を感じて魔族指揮官は掘削部隊の行動を停止させた。全魔物が掘るのを止めた後も、微細な振動と音は続いている。しかも段々と大きくなっているようだ。
地下深くを掘り進める関係上、これまでも突発的な地下水の漏れや土崩れはあった。だがこの振動は、そのどれとも違うような……。そう例えるなら、誰かが向こう側から掘り進んでくるようだ。
『っ、まさか!?』
魔族指揮官がハッと気づいたときにはもう遅かった。もはや振動と音は誰もがはっきりわかるほど大きくなり、直後掘り進めていた前面の壁が崩れた。
壁の向こうにいたのは金属製の巨大なゴーレムだった。しかも2基。モグラによく似た形で、腕には穴を掘るのに適した回転する掘削機がついている。
『まずいっ、こちらの位置がバレていた!』
焦りながらも魔族指揮官はすぐ掘削部隊の前へと飛び出した。こうした時掘削部隊を守る役目も彼の仕事だ。少しでも掘削部隊を逃がすべく、防御魔法を唱え始めたところで、
「いよーお、ご苦労さん。そんでさよならだ」
ゴーレムの後ろから甲冑姿のメングラッドが表れた。手には珍しく魔法剣を握っている。その剣で自分の肩をトントンと叩きながら気楽な足取りで前へと出た。
メングラッドの後ろからさらに続々とパナケイア聖騎士団の騎士も表れる。
魔族指揮官の顔が蒼白になる。呪文を中止してすぐ後ろに命じた。
「全隊反転! 直ちに逃げ――」
「逃さねえよ。炎炎烈火!」
メングラッドがすでに準備していた大魔術を発動する。続けて他の騎士たちも一斉に火系の魔術を発動させた。
最前面にいた魔族指揮官がまっさきに灼熱の奔流を浴びた。坑道という逃げ場のない場所で魔物たちはあっという間に炎に包まれる。
敵部隊が全滅したことを確認したメングラッドは魔法甲冑の通信を入れた。
「もしもし、エイルか? 南西の地面掘ってきた奴らは倒したぜ」
『ありがとう。次は東南東の敵をお願い』
「任された」
メングラッドたちは掘削ゴーレムを伴って次の敵へと向かう。
結論から言えば、シャルルの坑道戦術は最初から失敗していた。
瘴気と魔力の両方で魔物を探知できるパナケイア聖騎士団にとって土中の敵は最初から存在がわかっていた。位置さえわかれば坑道戦術への対処は簡単だ。こちらも逆側から穴を掘って迎撃すればいい。土を掘るには人手がいるが、それは城内の避難民とニコ特性の掘削ゴーレムが役立ってくれた。逆側から掘り進める際の図面もニコが引いてくれる。戦闘に直接参加こそしないものの、ニコもまたセプテム城防衛の要的存在となっていた。
この日、メングラッド率いる対坑道部隊は四つの坑道を潰し敵部隊を殲滅することに成功した。