総攻撃
セプテム城への竜撃及び投石攻撃は、九日間に渡って行われた。九日目、ついに全竜のうち二割が魔力枯渇に陥る。ヘルムートはここが限界だと判断。攻撃前竜撃を打ち切った。すなわち総攻撃へ踏み切る決断をしたのである。
10月18日払暁。魔王第二軍の本陣から、一際大きい轟吼が響き渡った。それは次々と連鎖し、やがて魔王軍全体から轟く大合唱となる。
魔王軍が総攻撃に移る合図だった。
魔王第二軍本陣天幕、軍幕僚部はかつてない喧騒に満ちていた。
「伝令! 翼竜部隊全頭飛翔。これより敵城への上空竜撃を開始します」
「陸上戦隊第一陣魔蟲部隊、地中移動快調。現在敵城壁前100メートル、攻撃開始線に到達しました」
「陸上戦隊第二陣魔獣部隊、敵城壁前500メートルにて待機。どの獣も戦意旺盛です」
「陸上戦隊第三陣重歩兵部隊、オーガ、トロール及びエント、甲冑装備完了。いつでも出撃できます」
「地下坑道部隊掘削進行中。すでに敵堀下100メートルの距離です」
それは暗黒大陸にある魔王軍の長い歴史上でも類を見ない、空前の規模の攻城戦だった。空中、陸上、地下、三方からの同時攻撃である。
各部署の報告を聞き、シャルルが魔王へと目線を向ける。
「陛下」
ヘルムートはうなずき、第二軍へ下令した。
「第二軍全兵、攻撃開始」
「攻撃開始!」
魔王軍がセプテム城を攻囲して以来、最大の戦闘が開始された。
開戦の狼煙を上げたのは翼竜部隊だった。上空から翼を折りたたんで急降下すると、火球を放ちすぐさま旋回、上昇する。お手本のようなヒットアンドアウェイ。セプテム城第一城壁及び本城郭直上に、火球が次々と着弾した。騎士団側も反撃するが、すでに上空へと逃れている翼竜の被害はわずかだ。
ただセプテム城の城壁及び保護結界は、翼竜の火球で破れるほどやわな構造はしていない。そのことは魔王軍もわかっており、数ある擾乱攻撃の一つに過ぎなかった。
続いて土中から吹き出すが如く、魔蟲部隊が姿を表した。鉄兵蟻、鎧クワガタ、鋼百足、砂長虫といった巨大昆虫たちが地中から現れると、城へと直線的な突進を開始した。
セプテム城からの反撃はなかった。魔蟲たちはたやすく堀内へと侵入し、崩れた外壁を乗り越え、第一城壁下へと達する。
第二陣魔獣部隊もそれに続いた。ブラッドベア、ワーウルフ、キラーバイソン、といった魔獣が次々と堀内へ飛び込んでいく。殿を務めるのは小山のような大きさを誇る四ツ牙象だ。
鉄兵蟻が顎を打ち鳴らし、鋼百足が大蛇のごとくのたくって進む。鋭く尖った牙と爪を持つ魔獣部隊がそれに続き、今日こそ人間どもの城を落とさんと跳躍する。
セプテム城がその凶暴性を発揮したのはその時だった。
城壁に配置された弩砲が、軽弩が、連弩が、 一斉に矢を放つ。九日間の竜撃を免れた投石機が胸壁から次々と石弾を打ち出した。矢と石弾の奔流は戦場に加わったばかりの魔獣部隊へと殺到する。
城壁下までやってきた魔蟲たちは矢と魔法攻撃の洗礼が浴びせられた。城壁に築かれた稜堡は半六角形型で壁から張り出しており、互いが互いの死角をカバーするようになっている。隣り合う稜堡同士の射線で横から挟み撃ちにされた魔蟲は成すすべなく粉砕されていく。
パナケイア聖騎士団はよく恐怖を抑えていた。
普通、迫りくる多数の敵を見たら、指令がどうであれ勢いで反撃したくなってしまうものだ。それをギリギリまで引き寄せてから攻撃開始した。『寄せ付けて、撃つ』が籠城戦の基本とはいえよく我慢していたと言える。
弩砲以外の騎士団員は射眼から魔法剣を突き出して魔法を放った。騎士団員が呪文を唱えるたび放たれる火炎や雷光によって魔蟲は次々と城壁から撃ち落とされていく。騎士団員が魔法に精通しているというだけでなく、戦闘経験が豊富だからこそ近寄る敵に落ち着いて対処していた。できる限り引き付けているため撃ち損じもほとんど無い。第一城壁は矢と魔法を撒き散らす凶器の砦と化した。
だがそれでも、魔王軍の勢いを止めることはできない。
堀際ギリギリまで伏されていた魔蟲部隊8000、その後を追って投入された魔獣部隊5000。どちらの進撃も迅速で苛烈だった。
外壁を失い、投石機のほとんどを破壊された騎士団側は遠距離攻撃力を大きく失っていた。以前のガップ将軍による突撃ならば堀際に近寄らせることもなく撃退できたのが、今は胸壁まで登らせないようにするのが精一杯だ。
そう、敵の魔蟲・魔獣部隊がより厄介なのは、魔物歩兵部隊と違い壁を楽々登れるということだった。梯子も攻城等も必要とせず城壁へ直接攻め上ることができる。走破性の高さも問題だった。堀も悪路も難なく踏破するために立ち止まるということがないため、障害に突き当たって停止したところを大威力の攻撃で殲滅する、ということができないのだった。
第一城壁にこもるパナケイア聖騎士団は敵の総攻撃に全力で対処していた。もはや予備兵力など無い。騎士団総員1千名、全員が配置についての総力戦だ。
城壁内の指揮所では、あらゆる報告、伝令、指示、命令が目まぐるしく駆け回る。
『第3投石機被弾! 破壊されました。東部カタパルトは残り8台です!』
『西南防御正面、突破されました!』
『第五稜堡よりマイルズ班負傷者多数! 後退します。支援はミリア班、アイリス班が努めます』
『第十七堡塁沈黙。攻撃ゴーレム一〇体は全滅しました!』
もたらされる膨大な戦況報告をエイルは指揮所ではなく魔法甲冑の通信越しで聞いた。なぜならエイルもまた、最前線で戦っている真っ最中だったからだ。
『第六稜堡にはサニー班、リーシャ班を増援に。第五稜堡には私が直接行きます』
上がってきた鉄兵蟻を光剣で両断し蹴落としながら、エイルは指示を出し続けた。エイルの魔法甲冑内には現実の情景だけでなく戦場の様子や細かい情報も映し出されており、それを横目で確認しながら戦闘を続ける。誰にでもできることではない。戦況の把握と適切な命令を同時にこなす、規格外の対処能力を発揮していた。
周囲の敵兵の掃討を終えたエイルは、すぐさま班員とともに第五稜堡へと向かう。エイルだけは飛行能力があるのでまっさきに飛んで行くと、第五稜堡に取り付いている魔蟲部隊へ向けて魔法を放つ。
『聖光槍!』
城壁に取り付いていた大王蠍や鋼ムカデが硬い甲殻を貫かれ地面へと落ちていく。そのままエイルは第五稜堡の城壁上へと降り立った。
「救援に来ました! 状況は?」
「南翼側からの攻勢が凄まじいです。魔獣が加わって増強されたせいで倒しても倒してもキリがありません」
「よーし、上級魔法で一度大打撃を与えよう。命令だけで戦う魔蟲はともかく、魔獣は大攻撃を浴びたら攻めが慎重になるはずだから」
「鼻面を殴りつけるわけですね。わかりました」
戦術を組み立てている間にエイルの班員も追いついてきた。第一城壁は分厚いおかげで城壁上の通路幅も広く、このような時容易に移動できた。
従士に時間を稼いでもらっている間に、エイルたち騎士は上級魔法の詠唱を行う。
「タイミングを合わせていくよ。……三、二、一!」
城壁に取り付こうとしていた魔獣たちの中ほどで大きな爆発が起こった。強力な火炎と雷電を受けて一度に四〇体以上の魔獣がまとめて吹き飛ぶ。生じた空白はすぐに後詰の魔獣で埋められるが、明らかに攻勢は衰えた。
「よし、これならマイルズ班が戻ってくるまで保つね」
「ありがとうございます!」
「気にしないで。それじゃ私たちは次に行くから」
稜堡が持ち直したのを確認したエイルは翼を広げて城壁から飛び立つ。ホッとしている間はない。エイルの魔法通信には別の救援を求める声が鳴り響いている。
『第二稜堡に鉄兵蟻部隊多数! もう持ちません、城壁上へ突破されます!』
『第四稜堡ケイラ隊、残矢無し。補給部隊が来るまで魔法攻撃開始します』
『上空より再び翼竜降下、火球攻撃きます!』
「ああもう、次から次々と!」
飛び立ったエイルはそのまま降下してくる翼竜の迎撃に向かう。魔王軍の攻勢は全く衰えを知らぬようだった。