攻撃三日間、そして
パナケイア聖騎士団にとって、まさに耐え忍ぶしか無い時間が続いた。
魔王が着陣してからの敵軍の攻撃はまことに容赦のないものだった。連日の竜撃と投石。火炎と岩の嵐。絶え間ない爆発と熱波。衝撃と轟音。
城壁に作られた射眼や溝からは外の煤や灰、砂煙が舞い込み、城内の天井からは土埃が落ちてくる。騎士団員たちは一日と経たず皆灰色に薄汚れてしまった。
二日目、堀内の外壁がついに完全崩壊する。敵の猛烈な火球攻撃、投石を一身に浴び続けた結果だった。外壁の喪失は単なる防御力の低下だけにとどまらない。幅100メートルの巨大な堀を持つセプテム城が、敵に効果的な攻撃を浴びせることができていたのは外壁によるところが大きい。騎士団側は攻撃の重要拠点を失うことになった。
また崩れた瓦礫は堀にそのまま残る。10メートルの深さの堀だからすぐに堀を埋め尽くすほどにはならないものの、残った瓦礫は敵の肉薄攻撃を受けた際足場とされる可能性が高かった。騎士団にとっては二重三重の打撃だった。
竜撃がもたらすものは破壊だけではない。衝撃と轟音による恐怖。いつ来るかわからない緊張による神経への苦痛。昼夜を問わない攻撃による睡眠不足と体調の悪化。
そしてなによりも辛いのが、城内にいる避難民が敵よりも騎士団を憎むことだった。
直接的な攻撃を受けているのは第一城壁だが、数十メートルの距離を隔ててなお、振動と音は伝わる。
度重なる衝撃と轟音はまず子どもたちを恐怖させる。続いて老人と女性が耐えきれなくなる。なんとかしてくれと毎日、毎時間のように懇願しに来る。
騎士団だって手立てがあるのならなんとかしたい。しかし不可能なのだ。ドラゴンの火球はこの世界において最強の攻撃手段であり、防御することはできても止める手段など無い。ただひたすら、耐え続けるしか無い。 魔王軍の戦力を熟知しているエイルや騎士団は、竜撃がいつまでも続くものではないことはわかっている。城壁があるかぎり耐え続ければ、いつか敵の魔力が尽きることを知っている。だが避難民はそうではない。いつ終わるともしれない攻撃は人々の神経を苛み続ける。中には、城壁の外が荒れ狂う炎と岩の嵐となっているさなか、外に出してくれと懇願するものさえいた。
城の外と内からの責め苦によってたった三日で騎士団の疲労は頂点に達した。エイルは自身の甘い見通しをひどく後悔した。冬が来るまで耐えるどころじゃない。こんな攻撃が10日も続けば、誰かが狂を発してもおかしくない。なにをのんきに構えていたのか。魔王軍は、地上最大の戦力を持つ陸上軍なのだ。
恐怖と絶望の三日間が過ぎた。
そしてセプテム城は四日目の朝を迎えた。
索敵班が全周への警戒を行い、エイルに報告する。
「全周800メートル内、魔力反応ありません」
「敵ドラゴン及び投石部隊、城周囲に展開しておりません」
エイルはフーっとため息をつく。敵の竜撃が三日間のほどの限定攻勢であることは予想していた。それでも思わず安堵のため息が漏れた。
「みんなご苦労さま。おそらく敵の攻撃第一波は終わりました。私達は耐えきりました。皆さんの忍耐と献身に、深く感謝します」
そう言ってエイルは頭を下げた。まだ勝ったわけでもないのに、それどころかこの後おそらく敵の肉薄攻撃がはじまるというのに、まるで一戦終えたかのような空気だった。誰もそれを否定しない。パナケイア聖騎士団は今日まさに、ひたすら耐える、という戦いをやりきったのだ。
エイルが頭を上げる。
「まもなく敵は歩兵部隊による突撃を敢行してくると思われます。城内のものは防衛戦闘準備。私は第一城壁の状況を確認してきます。リフィア、ついてきて。ああそれから……ニコさんも」
「ええ」「ほーい」
エイルはリフィアとニコを伴い司令室を出る。三日間の竜撃を受けた第一城壁がどうなっているか、一刻も早く確かめねばならなかった。
第一城壁の胸壁へと向かう間、エイルの足取りは重たかった。
城壁の建築中、エイルは決して批判にさらされなかったわけではない。
工事現場の監督をしているとき、騎士団員たちの正直な本音を耳にしてしまったことがあった。
『こう、毎日工事ばっかりだと、さすがにしんどいね』
『ね、やってもやっても終わらない』
『本当に意味あるのかな、この工事』
『こんな分厚い城壁作って何考えているんだろうね、エイルは。間違えた、団長は』
『ほんとそれ』
『…………』
壁に隠れたままエイルは彼女たちの言葉を聞き続けるしかなかった。新城壁案はすべてエイルが頭の中で必要と思って設計したものだ。有効な先例があったわけではない。彼女たちの疑問や不満はもっともだった。
エイルがどれほど必要だと言葉を重ねても、見たこともないものをそのまま信じる事ができる者は少ない。
パナケイア聖騎士団は寡頭制だ。騎士団幹部、何より騎士団長の決定が全てに優先される。エイルが決めれば、疑義も不満も押しつぶして物事を進めることができる。この籠城戦準備では団長決定で押し通すことが少なくなかった。
嫌われても、恨まれても、それが必要だと信じる限り進めてきた。
この日、エイルの覚悟は初めて報われることになる。
階廊から城壁上へと出た。朝日が眩しい。遮るもののない冬の白い光が、地上の何もかもを輝かしている。
「エイル、見て」
リフィアがエイルを抱き寄せて言った。声はわずかにかすれている。
「私達のやったことは、無駄じゃなかったわ」
エイルはただうなずく。眼の前の光景に涙がこぼれそうになる。煤と灰に汚れてなお目の前の城壁は、朝陽をはじき雄々しく建っている。
エイルが考案し、パナケイア聖騎士団総出で築き上げた第一城壁は、千頭を超える魔物の猛烈な攻撃を受けてなお健在だった。