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反跳投石

 魔王軍天幕へ伝令が駆け込み、弾んだ声で報告する。

「竜撃初破成功。作戦通り敵の大城壁へ攻撃を集中させております。敵からの反撃は未だにありません」

「よろしい。陛下、そろそろかと」

「ああ。投石部隊の攻撃を許可する」

「はっ、歩兵投石部隊、攻撃開始。配置を守り決して敵城へ不必要に近づかないように」

「了解。投石部隊、攻撃開始」

 伝令は新たな命令を伝えに再び天幕を飛び出した。


◆◆◆◆


『エイル団長、敵陣に動きあり。上級歩兵部隊が行動を開始しました。オーガ100、サイクロプス200です。距離400』

『四百、そんな遠くから?』

 エイルは訝しむ。竜撃の中ギリギリまで近づいて、突撃する気だろうか。敵にとっても危険な作戦に思えるが……。

『上級歩兵部隊は動きはありますがその場に留まっているようです。突撃の兆候はありません』

「じゃあ何のために……」

 エイルが言いかけたとき、ズン、という巨大な振動が城壁内を揺るがした。思わずその場でたたらを踏む。

「な、何!?」

『エイル団長、投石です!』

「え?」

 兜の通信越しに焦った声が響く。

『敵の上級歩兵部隊が投石を行っています。石を高く投げずに、地面へ水平に向かって。敵の投げた石弾が城前の草地で跳ね返りながら進んで、この距離でも城壁に着弾しています。まるで水切りみたいに!』


◆◆◆◆


 魔王の着想で始めた水切りのように投げる投石は大きな効果を上げつつあった。

 現在魔王軍はこれを反跳投石と呼んでいる。

「すごい……」

 天幕の外に出てその効果を直に見たシャルルは、感に堪えぬという表情で呟いた。

 シャルルの強化された視界の中で、サイクロプスが新たな岩を投げる。巨人種の長大な腕が大きく横に振られ、握られた岩には強い回転がかけられ放たれる。岩は地面すれすれを飛びながら草原の草に触れると2回、3回とバウンドし、そのまま第一城壁へと突き刺さるように当たった。

 本来の投石よりも飛距離が伸びている。しかも城壁に対し水平にぶつかるため、破壊力も上がっている。

 魔王軍の投石は、それまで岩球を放り投げる形で行われていた。このやり方だと投石の破壊力は岩そのものの質量と落下時の衝撃だけになる。垂直に高く築いた城壁であればこれでも十分な破壊が見込まれるが、エイルの作った新城壁は斜めに角度をつけているため威力が半減されてしまうのだ。

 しかし反跳投石では岩が水平に飛び城壁へと突き刺さる。上級歩兵たちの膂力がそのまま威力に追加されるのだった。

 シャルルが熱心に観察していると、後ろから声がする。

「ふむ、とっさの思いつきだったが、なかなかうまくいっているな」

「陛下」

 ヘルムートもまた天幕から出て反跳投石の効果を見たのだった。自分の思いつきが想像以上に効果を上げているのを見て、満足そうに微笑む。

「よろしい。シャルル。投石部隊を増強してくれ。上級歩兵でなくとも良い。どの程度あてがつく?」

「中級ですが、トロール兵ならばまだ200は出せます」

 声に僅かな悔しさをにじませてシャルルが答える。初期の無茶な作戦がなければ、三千を越えるトロール兵でこの反跳投石を行えたのに、と。

 ヘルムートはそんな気持ちを見透かすように苦笑した。

「十分だ。竜撃で五百、反跳投石で五百、合わせて千を超える遠隔攻撃だ。史上これほど大規模な投射戦は類を見ないだろう。今度こそあの城を落とそうではないか」

「はっ、陛下!」


◆◆◆◆


 外から浴びせられる衝撃と轟音が、さらに膨れ上がった。

 魔王軍の行った、竜撃と投石の同時攻撃は凄まじいものだった。炎と石の暴風。轟音と地響きが立て続けに起こり、騎士団員たちの頭上にはパラパラと埃や土が落ちてきた。

 騎士団の誰も抵抗できない。この二ヶ月、魔王軍の行うあらゆる攻撃にすぐ反撃策を作り上げてきたエイルでさえ何もできなかった。エイルは今、兜に移される外の視界をただ眺めているしかない。

 魔王軍の攻撃で最も被害にあっているのは外壁だった。二ヶ月間魔王軍の攻撃を頑強に弾き返してきた外壁が、見る間に傷だらけになっていく。このままでは一日と保たなそうだった。

 堀内に2つある外壁にはそれぞれ五十名ずつが詰めている。彼女たちをなんとか退避させたいが、敵の攻撃が凄まじすぎて外に出ることができない。ひたすら城壁の中で震えてうずくまっているしかない。敵の攻撃はそれほどに苛烈だった。

 彼女らにできることは、ただ祈るだけ。パナケイア女神の加護にすがり、城壁が壊れないよう念じるだけだ。

 それは、現実主義者であるエイルであっても変わらない。

『どうか、どうか、城をお守りください。お願いしますパナケイア様、私達にご加護を――』

 指揮所で伏せたまま、エイルは祈り続ける。



 いったいどれほど経っただろう。わずかに世界が静かになった。地響きや打撃音は相変わらず続いているが、爆発音が少ない。

 エイルの兜に通信が入った。

『団長、理由は不明ですが、敵の竜撃が止みました』

「っ! 火力限界が来たんだ」

 即座に察したエイルは甲冑の通信機能で全騎士団員に命令を出す。

「外壁を放棄します! 敵の攻撃が小康状態のうちに、外壁を守備している騎士団員は全員第一城壁に待避。城壁内の騎士団員はこれを支援。以上、直ちに開始!」

『マスハール!』

 外壁に詰めていた騎士たちは直ぐに移動を開始した。エイルが作っておいたロープウェイのおかげで、撤退は迅速に進む。次々と滑車につかまって第一城壁へと戻る騎士団員を、他の団員が支援する。

 10分ほどで外壁にいたすべての騎士団員は撤退を完了した。石造りの通路で移動していた頃からは考えられない早さだった。

『外壁詰めの騎士団員、全員収容完了しました』

「全員そのまま退避壕内で待機。たぶん今は小休止なだけで、第二波が来る」

『了解。騎士団総員に告ぐ。城壁退避壕内にて待機。繰り返す、城壁退避壕内にて待機』

 石と炎の嵐に手も足も出ない不甲斐なさをエイルは噛みしめる。ソラン帝国の南半分をまたたくまに滅ぼした魔王軍の強さを、今更ながらに思い知るのだった。


◆◆◆◆


 幕僚の一人がシャルルに報告する。

「参謀長。ドラゴン部隊全頭打ち方止め。小休止に入りました」

「ご苦労。竜撃は三十分後に再開する。それまでに火球攻撃の評価とと照準の修正を済ませておくように」

「はっ」

 500頭のドラゴンが一斉に火球攻撃を行うというのは、魔王軍でもめったに例がない。しかも戦場での計画的な攻撃となると初の試みだ。第二軍幕僚は慣れないドラゴンの運用に忙しく動きまわっている。

 竜撃が終わってもなお黒煙たなびくセプテム城を眺めて、ヘルムートは愉快げにシャルルへ話しかけた。

「攻撃は順調なようだな」

「いまのところ敵の反撃はありません。すでに竜撃を開始してから30分間が経っています。各竜、10〜20発ほどの火球を放っているはずです。時間を開けてもう二回ほど続けたら、本日の竜撃は打ち切る予定です」

 竜撃に制限時間を設けているのは、ドラゴンの消耗を抑えるためだ。成竜が一日に放てる火球は最大でも7〜80発ほどと言われている。だがそれほど放つと火炎袋が消耗しつくし、口腔内も焼けただれてしまう。そうなればドラゴンでも回復に一ヶ月はかかる。

 シャルルはドラゴンの保有魔力や疲労感など様々な事情を勘案し、一頭あたり日に45発を上限火力と定めていた。

「それにしても面白い作戦だ。攻撃準備竜撃、と言ったか? 攻撃のための攻撃を加えるなど聞いたこともない。素晴らしい思いつきだ、シャルル」

「お褒めに預かり恐縮です」

 魔王の言う通り、シャルルの発案した攻撃準備竜撃と言うのはまったく初めての試みだった。

 敵の城塞へ正面から攻撃を仕掛ける前に、徹底した竜撃を加えること。それによって敵戦力を消耗させ、城塞の設備を破壊し、より容易に攻略できるようにする。理にかなった作戦だが、これまで行ったものは誰もいなかった。魔王軍の誰もが、城塞は歩兵が落とすものという固定観念があったためだ。ドラゴンの持つ圧倒的攻撃力を集中的に運用できるようになった、ヘルムートの魔王軍ならではの発想だった。

「竜撃は三日続けます。今日の竜撃で照準評定を行い、明日は夜間に竜撃を行います。三日目は早朝と夕方の二度に分けて行います。」

「時間帯を変える理由は?」

「敵を休息させないためです。いつドラゴンの火球が襲ってくるかわからないとなれば敵は常に緊張し、精神を消耗させます。ましてあの城には、非戦闘員である避難民が満載されています。昼夜の区別なく竜撃を浴び続ければ、真っ先に耐えられなくなるのは普通の民でしょう」

「なんとも残酷だ。すばらしい」

 軍司令官らしい怜悧な笑顔でヘルムートは称賛した。シャルルは最後に付け加える。

「竜撃中他部隊の攻撃は行いませんが、坑道部隊だけは逆に作業をさせます。竜撃によって、地中を掘り進むときに生じると音と衝撃を隠すのです」

「まさに完璧だ、参謀長」

大変おまたせしました。再開します。

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