一千VS十万
10月10日早朝、魔王軍がついに全兵力の布陣を終えた。秋らしい冷たく澄んだ大気の中で、増援によって十万を数える魔物の群れは朝もやに包まれてなおはっきりと姿を見せている。
セプテム城でも当然防衛戦の準備を整えている。第一城壁内の指揮所には、エイル以下全騎士団幹部が揃っていた。もう本城郭の指揮所でのんびり指揮する贅沢は許されない。
歴戦の幹部ですらほとんどが緊張している中で、メングラッドだけはいつもの不遜さを失わなかった。
「1千対10万。敵はこっちの百倍か。いよいよくるとこまで来たって感じだなぁ」
飄々とそんな事を言う。圧倒的な数の敵の攻囲を受けているとは思えない気楽な態度だった。
その姿に言葉では言い表せない安心感を覚えて、エイルが言う。
「西都の攻略に失敗したからって、こっちに来なくてもいいのにね」
「勝てんのか」
「まあ、やるだけやってみるよ」
「はは、お前はいつもそんな感じだったな」
「勝ち目がないわけじゃない。11月になれば冬が来る。あと20日、この城で踏ん張れば魔王軍は撤退する」
冷静に目算を語るエイルへ、リフィアが緩やかにうなずく。
「……今この城にはまだ2000人の避難民が残っている。あの人達をおいて逃げ出すわけにはいかないものね」
リフィアの言葉にハイジーが続けた。
「それに、ここが落ちればベルタ街道を魔王軍が進んじゃう。街道沿いの町がまた襲われちゃうよ」
セプテム城は今や、リバート州西北部の要となっていた。魔王第2軍が本格的に侵攻を始めた夏から住民避難が開始されたが、全域の避難は完了していない。
前にエイルがリフィアと訪れたマルメーヌの町にも、まだ多くの人が残っている。
様々な理由からパナケイア聖騎士団も退くことはできなかった。10万という大軍を敵に回してなお、騎士団の戦意は高い。
騎士団も、おそらく魔王軍も、これが最後の戦いになることを感じ取っていた。
エイルが魔法甲冑の通信機能を起動する。
「団長より騎士団員へ。まもなく魔王軍の攻撃が予想されます。総員防衛戦闘用意」
『マスハール!』
即座に全員が返事した。エイルの心にも活力がみなぎる。
この日、エイルとヘルムートという二人の天才がついに同じ戦場で向き合った。
◆◆◆◆
「竜部隊、すべて布陣完了しました!」
「投石部隊も所定の配置についております」
「上空より警戒中の怪鳥部隊より念波、〈敵、未だ攻撃の兆候なし〉」
「よろしい」
第二軍本陣の天幕内にて、怜悧な表情を崩さず全ての報告を受け取ったシャルルは背後のヘルムートへと振り返った。
「陛下、全て準備整いました」
「始めよう、参謀長。これが魔王軍の戦いだと、満天下に知らしめるぞ」
「御意にございます」
再び第二軍幕僚へと向き直ったシャルルは水のように澄んだ声で命令を発する。
「魔王第二軍はこれより総攻撃を開始する。全ドラゴン部隊、竜撃を始めよ」
伝令のラッパが吹き鳴らされる。それに合わせて魔獣たちが一斉に吼える。命令を受けた竜たちが、寒気のする轟吼を放った。
各竜の顎に紅い光点が生まれる。それはまたたく間に倍化し、巨大な火球を生じさせた。
全竜一斉に火球を放つ。殺到する豪火は着弾と同時に煉獄の炎を撒き散らす。セプテム城第一城壁および外壁はあっという間に爆発と黒煙に包まれた。
人類大陸の戦史上で類を見ない竜火力の集中。魔王軍の本領が発揮されようとしていた。
◆◆◆◆
『敵のドラゴンが攻撃を開始! 火球、発射しました、総数五〇〇!』
「騎士団員の待避は」
『完了しています』
「総員、そのままの状態で待機。別命あるまで絶対に外に出ないで」
エイルは第一城壁内の指揮所で、他の騎士団員とともに待機している。魔王軍は五〇〇頭の竜という途方も無い数を用意してきた。エイルとニコで作り上げたセプテム城の新城壁がどこまで耐えられるのか、今その真価が試される。
やがて巨大な爆発が城壁内を揺るがした。轟音、また轟音。爆発は連鎖し続ける。城壁の振動は止まらず次々と敵の火球が叩きつけられているのがわかる。
エイルは兜の脇に手を添え、本城郭の指揮所へと繋いだ。
「そっちから見た第一城壁の様子をこっちの視界に送ってもらえる?」
『今送ります』
兜内の視界右端に映像が映る。第一城壁は今や煉獄そのものの様相を呈していた。魔王軍の陣地から、無数の火球が降り注いでいる。火球は城壁に着弾すると更に大きな光球となって膨らみ、爆発する。城壁を覆い尽くす炎と、それに倍する黒煙が広がっていた。
エイルは自分がこの城壁を作ったことも忘れぽかんと口を開ける。
なんで、私達はまだ無事なんだろう。
そう思わせるほど魔王軍の攻撃は凄まじかった。
【令和5年2月16日あとがき追追記】
何度もすみません。やはりこの作品は作品として完結させることにしました。二転三転して誠に申し訳ありません。拙い作品ですが最後までお読みいただければ幸いです。