魔王襲来2
『陛下、敵が矢を放ちました!』
『問題ない』
乗騎のドラゴン、エランから念話警報を受けても魔王は眉一つ動かさなかった。す、と片腕を上げて正面に魔力障壁を展開する。
人類とは冠絶した魔力を持つ魔王の魔力障壁は、竜軍正面すべてを包み込む巨大なものだった。
セプテム城から放たれた矢は魔力障壁に阻まれてむなしく宙空に散っていく。ドラゴンに届くものは一本もなかった。
『さすがです、陛下』
念話で快哉を上げるエランに対し、魔王の顔は浮かない。
『……驚いたな。矢の一本一本がまるで短槍だ。しかも属性付与され魔力で強化されている。こんなものを一度に百本以上も放てるのか』
『陛下?』
『攻撃に入る全ドラゴンに伝達する。敵の射撃能力を甘く見るな。各竜は敵城上空を旋回、一撃離脱戦法に徹しろ』
『我らに人間の矢礫ごときから逃げ回れと? ワイバーンならいざしらず我らは正竜ですよ』
『すまないが命令だ。甘く見ると死ぬぞ』
『……了解』
不承不承といった調子でエランから念話が返る。他のドラゴンからも不満らしい唸り声が上がった。竜たちの誇りを傷つけたことをすまなく思いながら、魔王は眼下の城を見る。天敵のいないドラゴン特有のプライドの高さが、悪い方に出なければいいが、と。
◆◆◆◆
「バリスタ及びオクシュベレスによる第一斉射、全て防がれました!」
射撃観測を行っていた従士の報告を聞いてリフィアは唇を噛んだ。
稜堡からの射撃が一矢漏らさず弾かれる光景は指揮所からも見えていた。魔王竜軍の正面に展開された魔法障壁は驚くほど巨大かつ強固で、まるで空中で城壁に当たったかのように防がれた。
「さすがは魔王ね……。直ちに第二射発射準備、急いで!」
「はっ。……敵竜先頭、間もなく第一城壁上空に達します!」
「対空射撃! ポリボロスで射幕を張って!」
「マスハール!」
指揮所から、ドラゴンが空中で翼を広げ制動をかけるのが見える。火球を放つのだ。ドラゴンの放つ火球は強力無比だが、飛びながら放つことは出来ない。空中とはいえ静止して、『溜め』を作る必要がある。
第一城壁の射手たちはその隙きを見逃さなかった。軽弩、連弩、弓兵までが一斉に矢を放つ。特に連射性の高いポリボロスは秒間二発の速射で矢を敵に向けばらまいた。射程や威力こそバリスタやオクシュベレスに劣るものの、敵竜の目や口内、翼膜を狙うことで効果的にダメージを与えていた。対竜用に氷結属性も付与されている。
城壁から放たれる矢の雨を浴びながらも怯まず『溜め』を終えたドラゴンたちが、逆襲とばかりに火球を放った。百頭のドラゴンによる炎の奔流が第一城壁へと襲いかかる。炎弾は城壁に触れた途端爆発し、真昼に目の眩むような閃光を発する。
籠城戦が始まって以来最も至近距離で受けるドラゴンの火球攻撃だったが、エイルとニコの設計した城壁は耐え抜いた。百発の火球を浴びても城壁は破損一つなく中の人員を守っている。
「よし!」
その光景を見ていたリフィアは思わず叫んでいた。城壁が耐えられるなら大丈夫、戦える。
指揮所の従士が報告を上げる。
「副団長! エイル団長より伝令、『あと三分だけ保たせて!』とのことです」
「三分だけって、簡単に言ってくれちゃって」
リフィアは一瞬微苦笑を浮かべたあと、すぐに顔を引き締めた。
「了解、エイルが戻るまでなんとしても守りきるわ」
◆◆◆◆
百頭のドラゴンによる一斉攻撃にビクともしないセプテム城を見て、魔王は低くうめいた。
「この距離で放つドラゴンの火球に耐えきるのか。何という城だ」
乗竜のエランもまた、驚きの籠もった念話を送る。
『陛下、城壁の分厚さが異常です。低く不格好な城壁と最初甘く見てましたがとんでもない。口惜しいですが、我ら百頭だけで崩すのは難しそうです。ここは城壁を飛び越え、奥の本城郭を狙うべきかと』
『大丈夫か? 近づくほど敵の射撃の集中を受けるぞ』
今も続く敵の防空射撃は尋常ではない量の矢を放っていた。口内や目を射られ火球を放てなくなったり、翼を穿たれ飛行が困難になったドラゴンがすでに幾頭か、戦線離脱を余儀なくされている。敵城に近づけば、射撃がさらに激しさを増すことは明白だった。
魔王の憂慮にエランが不敵な笑み(本当に牙をむいて笑っていた)を返す。
『我らの勇気に不足はありません、陛下』
『いいだろう。攻撃する全竜に命じる。敵の射撃に怯まず進め。目前の城壁を飛び越え、後方の城郭へ直接炎を浴びせよ!』
◆◆◆◆
敵竜が高度を上げる。第一城壁を無視して直接本城を襲うつもりなのだとすぐに看破したリフィアは叫ぶ。
「本城応戦準備! 敵のドラゴンがこちらを狙ってくるわ」
セプテム城の本城郭は魔法によって全体に防御結界が張られているが、強力なドラゴンの火力にいつまで耐えられるかはわからない。何よりここには守るべき避難民がいる。
「全騎士団員はあらゆる手段で対竜攻撃! 一頭でも多く撃ち落として!」
「マスハール!」
セプテム城に存在する全ての射撃兵器が放たれた。本城を襲うために高度を下げてきた竜には、容赦なく魔法攻撃も襲いかかる。
第一城壁と本城郭から同時に攻撃を受けるようになったことで、敵竜の被射率は一気に増大した。中には急所に矢や魔法攻撃があたりそのまま墜落している竜もいる。
しかし多くの敵竜は降り注ぐ矢の嵐を物ともせず進んだ。やはりドラゴンの耐久力は侮りがたいものだった。
ついに本城郭を射程に捉えたドラゴンたちが、次々と火球を発射する。本城郭の防御結界はそれを弾き返したが、ドラゴンたちは構わず攻撃を続けた。その光景はまるで火山から降り注ぐ噴石のようだった。
「上部防御結界耐久力88%にダウン! このまままだと1時間と持ちません!」
「ドラゴンの飛行能力ならあと数十分で限界が来るはずよ。なんとか耐え抜くの!」
「マスハール!」
大丈夫、本城郭の防御結界は千頭の竜の火球を受けても大丈夫なほど頑丈に作った。この攻撃なら耐えぬけるはず。そうリフィアは考えていた。
それにドラゴンが一日に発射できる火球は3〜40発程度と言われている。敵だってこの激しい攻撃をいつまでを続けてはいられないはずだ。このまま耐えれば諦めて撤退するはずだった。
◆◆◆◆
エランとともに高空に陣取り戦場を俯瞰していた魔王は、ふとセプテム城の中央塔に目を向けた。
『エラン、敵城の中央部にある塔がわかるか? あの本城郭でひときわ高い建物だ』
『見えます。あれが何か?』
『頭頂部に近い階層から、魔力波が活発に出ている。おそらくあそこが敵の司令部だ。叩けば敵の指揮系統が混乱する』
『なるほど。しかし見たところかなり強力な防御結界が構築されているようです。我らの火球でも破壊するのはいささか難しいかと』
『結界は私が魔法攻撃でこじ開けよう。君等は開いた結界の穴にその火力を叩き込んでくれ』
『それは痛快! やりましょう』
エランが翼をめぐらし旋回しつつセプテム城に向けて降下する。鳴き声を上げると、たちまち五頭の竜が後に続いた。魔王はエランの背で呪文を詠唱し、周囲に漆黒の魔力を浮かび上がらせる。
『黒槍極牙』、黒魔法とも呼ばれる闇属性の上級魔術で、魔力によって形作られた黒い槍が敵に向かい高速で飛んでいき爆発を起こす。本来なら一本でも十分強力な黒槍を、魔王は七十七本も周囲に生成するとセプテム城の中央塔へ向け発射した。
ガラスを打ち砕くような不協和音が城全体に響いた。
光魔術で作られた結界はほとんどすべての属性に対し高い耐久力を誇るが、唯一の対抗属性である闇魔術には逆に脆くなる。まして一本でもアース・ドラゴンの甲殻を貫ける『黒槍極牙』の波状攻撃を受けては、五層に重ねられていた中央塔の結界も耐えきれず次々破られた。薄い光のヴェールに覆われていた中央塔が、今はひび割れ本体の城壁を露出させている。
『結界は破壊したぞエラン。再構築される前に頼む』
『了解! もの共、我に続け。中央の塔を破壊する!』
寒気のするような咆哮を上げて、巨大なドラゴンが六頭、中央塔へと殺到した。