魔王襲来1
セプテム城より南東五十キロの上空。三百頭ものドラゴンが矢じりのような編隊を組んで飛行していた。先頭はひときわ巨大な火竜が務めており、その背には黒い甲冑を身に着けた人間大の魔族がいる。
先頭のグレートドラゴンは念話で背にまたがる人物へと話しかけた。
『魔王陛下、間もなく目標の城が見えます』
『あれか』
魔王だけは全ての魔族と魔力で通話することができる。上空三千メートルで吹き付けてくる寒風をものともせず、目に魔力を込めて地上のセプテム城を見る。
『思ったより小さいな。第二軍が手こずっていると聞いたときは驚いたが』
『なに、我らが合流すればすぐに落とせるでしょう』
『うむ、頼りにしているぞ』
先頭のグレートドラゴンが嬉しそうに鳴く。プライドの高い竜種は上級魔族でも従わせるのが困難だが、魔王に従うドラゴンたちはまるでペットのように従順だった。
『エラン、このまま敵の城に向かったとして、そのまま戦闘できる竜はどの程度いる』
『今日だけでも四百キロ近く飛んできましたからね、我々もだいぶ疲労しています。半分、いや、三分の一といったところでしょう』
エランと呼ばれたグレートドラゴンが答える。魔王はうなずいた。
『よし、飛行限界に達したものは目的地につき次第、第二軍本陣に着陸し休め。余力のあるものは戦闘に突入。ドラゴンの放つ炎の恐ろしさ、城に籠もる者共に思い知らせよ』
「グルォオオオオオオッ!」
三百頭のドラゴンたちが、一斉に咆哮した。
新たな敵勢の到着は、セプテム城でも早々に察知した。索敵室に詰めていた騎士が声を張り上げる。
『瘴気感知器に感! 南東より迫る新たな魔物を確認。瘴気の巨大さから竜種、ドラゴンと思われます!』
「なんですって!」
指揮所に緊張が走る。ドラゴンと聞いて皆顔を青ざめさせた
指揮を取っているのはリフィアだ。折悪しくもエイルは自身の魔法甲冑の調整で工房へと出向いている。先夜の夜襲から今日は大規模攻撃はないと踏んだのが裏目に出た。
『瘴気反応無数に増大。敵竜は少なくとも二百頭以上! この城を目指しまっすぐ飛行してきます。会敵予測二十四分後!』
二百頭を超えるドラゴンという事実にリフィアは息を呑む。すぐに戦闘指示を開始した。
「騎士団総員戦闘配備! 対空戦闘用意! 第一から第三稜堡、全バリスタ、重弩砲装填! 連弩射撃準備! 目標、南東方面敵竜種!」
リフィアの指示に合わせて騎士団員が動き始める。第一、第二、第三稜堡の騎士団員はせわしなく動き回り、バリスタ、ポリボロスに矢を詰めていく。
指揮所ではリフィアが従士の一人に伝令を任せた。
「エイルを探して、すぐに指揮所に戻って欲しいと伝えて。工房にいるはずだから」
「はいっ」
従士が走り去るのを見ながらリフィアはため息をつく。普段どおりエイルが魔法甲冑を身につけている状態なら伝令を走らせる必要もないのだ。魔法通信ひとつで事足りる。まったく敵は悪いタイミングで襲撃してきた。
一方で、戦歴の長いリフィアは戦争とはそんなものだと理解してもいた。
「飛来する敵竜を目視で確認! 数、三百頭前後と思われます」
やがて敵竜の姿は肉眼でも確認できるようになった。早く早く、と祈るような思いでリフィアは射撃準備の完成を待つ。
『敵竜、二手に分かれました! 二百頭ほどは魔王軍本営へ、百頭ほどがこちらにまっすぐ向かってきます。このまま襲撃の公算大!』
『全バリスタ、オクシュベレス装填完了。ポリボロス射撃準備完了しました』
「敵竜が射程内に入り次第、全対空兵装射撃開始!」
稜堡内のバリスタ、オクシュベレスが南東へその発射口を向ける。まっすぐ飛来してくる敵竜集団へ照準を合わせる。城の上空に来るまであと三キロ……二キロ……。
敵竜の先頭が一キロ圏内に達したとき、魔力索敵中の従士が鋭い声を上げた。
「先頭を飛ぶ敵竜の背に搭乗者あり! おそらく上級魔族の指揮官と思われます。魔力紋照合…………え?」
従士が小さく呟いたあと黙り込む。その様子にただならぬものを感じたリフィアは顔を向けた。
「どうしたの、照合できない?」
「いえ、その、魔力紋照合しました。敵龍の背に乗っている魔族は単種個体。ヘルムート・サバトローチェ・ヴァンデハイム・ドラゴニア。ま、魔王です!!!」
一瞬、指揮所に沈黙が降りる。誰もが報告を現実のものとして受け止められなかったからだ。人類侵攻の元凶、敵軍の総司令官がこんな辺境の戦場に来るなど、考えもしなかった。
索敵を続ける従士の叫び声が、人々を喪心から呼び戻す。
「敵竜、まもなく射程内に入ります!」
「う、撃てーーっ!!!」
リフィアの射撃命令を合図に、稜堡から百本を越える矢が敵竜に向けて発射された。
大変おまたせしました。いよいよ魔王登場です。ここからセプテム城攻防戦も最終章に突入していくのでよろしくお願いいたします。