夜襲1
10月のとある夜半、魔王第二軍本陣から闇に紛れて出撃する一団があった。草原を走るのに葉音一つ立てず、敵城の堀の縁ギリギリまでたどり着くと、静かに戦列を形成する。今のところ、セプテム城側に反応はない。
魔族特有の夜間視力でそれを眺めたガップ将軍は、ひげを震わせてシャルルを称賛した。
「しかし、よく思いついたものだ。それに準備の手際もいい」
「恐縮です」
シャルルはセプテム城に対し夜襲をかけることを計画した。中心となる戦力はアラクネ兵六百名。魔王第二軍のなかで最も夜襲に適した存在だ。
半人半蜘蛛の身体を持つために夜目が利き、移動時の静音性が極めて高い。糸を張ることによってあらゆる悪路、障害物を踏破し、敵に出会っては冷酷な狩人としての本領を発揮する。六百名のアラクネが城内に忍び込み、見張りの暗殺、放火、城門破壊活動を行えば混乱は必至だった。
アラクネによる襲撃成功後の第二陣も用意してある。ブラックタイガーやキングスネークなど夜の戦闘を得意とする魔獣部隊千五百。これをアラクネによって混乱中の敵城へ突入させる。相当の戦果を上げることが期待された。
といっても、これだけで城を落とせるとは思っていない。シャルルが狙うのは敵の人と城に甚大な被害を与えることと心理的衝撃だ。夜も安心して眠れないとなれば籠城が長期化するときに響いてくる。体力も消耗するだろう。
アラクネは糸を伝っての高速移動ができるため、撤退も問題ない。仮に敵がいち早く襲撃に気づき城門の守りを固めたとしても、城壁そのものを超えるだけで脱出できる。あとは撤退するタイミングさえ間違いなければ、ほとんど損害を出さずに戦果を挙げられるはずだ。
これらの作戦を立てたシャルルはわずか一日で準備を整えた。襲撃時間は深夜三時〜四時の間。一般的に人間の眠りが最も深くなると言われる時間である。
シャルルは自身の魔法時計で時刻を確かめた。針は二時五〇分を指している。空は厚い雲に覆われ、月明かりもない。
「時刻よし。閣下、夜襲作戦開始の許可を」
「よろしい。許可する」
「夜襲、開始します」
シャルルがさっと腕を振り上げると、本陣に待機していた吸血大コウモリが伝令役として舞い上がった。魔族にしか聞き分けられない音波によって、夜襲部隊へ作戦開始の合図を送る。
地面に伏せて襲撃に備えていたアラクネ兵が一斉に、しかし音は一切立てず行動を開始した。
◆◆◆◆
団長室で眠っていたエイルは隣の司令室からやってきた当直騎士によって慌ただしく起こされた。
「団長、魔力探知機に反応がありました、敵の夜襲です!」
その言葉を聞いてエイルの脳は眠りの世界から一気に覚める。
「規模は?」
「数百体ほどと思われますが、まだ完全に把握はできていません。それに敵の兵種が問題なんです」
見ようによってはエイルよりも混乱している表情で当直騎士が言う。
「どうしたの?」
「魔力紋による照合の結果、夜襲をかけている部隊はすべてアラクネ兵と判明しました」
「ああ」
エイルはその言葉だけでおおよその状況を掴み、微笑する。
「魔王軍も考えてきたね。最初の頃の総突撃はどうかと思ったけど、今はまるで指揮官が代わったみたいだ」
「ど、どうすればいいですか!? アラクネの魔力波は微弱で、魔力探知機でも捉えるのは難しいです。闇の中では目で見ることも、音で探ることも出来ません。魔法甲冑を身に着けた騎士でも、闇の中でアラクネと戦うのは至難ですよ」
闇の狩人アラクネの恐ろしさはパナケイア聖騎士団にも知れ渡っている。名のある騎士や冒険者がアラクネの夜襲を受けて殺された例など枚挙にいとまがない。当直騎士の焦りはもっともだった。
しかしエイルは落ち着いたまま、むしろ相手を安心させるように微笑んだ
「だいじょーぶ、こんな時のための対策は考えてあるから。まずは第三騎士隊舎に行ってハイジーを起こしてきてくれる?」