ガップVSメングラッド 1
セプテム城の外壁から、音を立てて跳ね橋が落ちる。《St.ヴェロニカ》を装着したメングラッドは、堂々とした歩みで堀を渡った。
外壁の城門内ではエイルとリフィアもまた甲冑を装着して一騎討ちを見守っている。万一罠だった場合メングラッドを迅速に確保するための待機要員でもある。
堀向こうの平原で対峙するメングラッドとガップを眺めて、リフィアがンン、とため息を漏らす。
「まさか今の時代に魔族との一騎討ちが起きるなんて思いもしなかったわ」
「あれ? リフィアはこういうの嫌い?」
エイルが口の端にほのかな笑みをのせて言う。
「名誉ある馬上槍試合は貴族のたしなみじゃないの?」
「からかわないでよ。ジョストなんて今はパフォーマンス目的の練習試合よ。結婚目当ての次男三男が俺は強いだろってアピールする場。実戦でやる勇気のある貴族なんていないわ」
「でもリフィアだったら一騎討ちを求められたら応じちゃうんでしょ?」
「? ええまあ、名指しされればね。それが貴族の務めだし誇りだもの」
そこがリフィアのすごいところなんだよな〜、とエイルは思う。身の危険も顧みず、貴族としてあり続ける。
「まあ、メングラッドは単に強い敵と戦いたいからってだけだろうけどね」
「まったくあの子は。すぐにスリルを求めるんだから」
「冒険者らしいって言えばそうだけど、メングラッドは特に図抜けてるよね。昔っからああなのかな」
「噂で聞いただけだけど、七歳の時から魔物と戦ってるって話よ」
「筋金入りだねえ」
ガップ将軍のはるか後方で同じく状況を見守っていたシャルルもまた、意外な成り行きに目を丸くした。
「まさか一騎討ちにのってくるなんて……」
セプテム城側から攻撃があれば即、ガップを回収するつもりでいたシャルルとしては拍子抜けだ。しかし事態は魔王軍にとって悪くない方向で進んでいる。
「よし、なぜかわからないけどセプテム城側は将軍と本気で一騎討ちする気ですね。なら大丈夫。ガップ将軍なら負けることはないでしょう」
作戦指揮はともかく、個人としての戦闘力には全幅の信頼をおいている。シャルルはガップの勝利を疑っていなかった。
メングラッドがガップの前に立つ。尊大に胸をそびやかしたまま老将軍が鼻を鳴らした。
「フン、ようやく出てきおったか。あのボロ城に閉じこもっているのは臆病者ばかりかと思ったわい」
すかさずメングラッドが言い返す。
「うるせえクソジジイ。そのボロ城にコテンパンにされて泣き入れたのはどっちだ? 今からでも尻尾丸めて逃げ出すんなら見のがしてやるぜ。もちろん手下のクソモンスター共もまとめてな」
ご丁寧に相手を侮辱するハンドサインまで交えて煽る。一瞬でガップの頭は沸騰した。
「きっさまああ!! 偉大なる魔王軍将軍にして侯爵でもある儂に何たる侮辱っ! その素っ首落として地獄に投げ込んでくれるっ!」
「おもしれぇ、かかってこいよ。ここをてめえの墓場にしてやる。今のうちに代わりの将軍を探しておけよ。撤退の指揮するやつがいなくなっちまうからな」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
もはや顔を赤黒いまでに染めたガップが言葉にならない咆哮をする。長大な槍を大きく振りかぶると一息に叩きつけてきた。
メングラッドは兜の中で余裕の笑みを浮かべ、両腰の光剣を抜き放つ。
ガップの槍の刃と、メングラッドの紅い光刃が交錯した。
「ぬうっ!」
「あん?」
ギギンッ、という音を立てて互いの刃が止まり、二人は同じ驚愕に襲われる。ガップの振り下ろした長槍と、メングラッドの十字に交差された光剣はちょうど刃の噛み合う箇所で止まっていた。触れればあらゆる物質を切断する光剣だが、ガップが自身の魔力で強化した長槍は全体が薄く魔力のベールに包まれたようになっており、いわば槍全体を魔法障壁で包むようになっていたために光剣を防ぎ止めたのだった。槍と光剣は空中で魔力の火花を飛び散らせ、ギギギギギギという空気をヤスリで引っ掻くような音を立てている。
もちろんそう起こることではない。魔族の中でもさらに際立った魔力量と出力を持つ者だけが為せる技だ。少なくともメングラッドは、これほどの敵手と見えるのは初めてだった。
兜の中でメングラッドが牙を向くように笑う。
「いいねえ、どうやら楽しめそうじゃねえか」
「ほざけ人間が。魔族というものの恐ろしさ、骨の髄まで刻みこんでやる」
ガギインっ、という不協和音を残して二人は鍔迫り合いを解いた。
改めて間合いを取り、武器を構え名乗り合う。
「魔王軍、ガップ・フォルター・マレンスキ、我が名誉と誇りを持って貴様を討ち果たす」
「パナケイア聖騎士団、メングラッド・ギネスだ。あいにくオレに誇りなんてものはねえ。聖騎士としててめえをぶっ殺す」
「やってみよ、ひ弱な人間がっ!」
「老いぼれが調子のってんじゃねえ!」
二人は瞬時に間合いを詰めると、再び互いの刃を噛み合わせた。