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一騎討ち

 翌日。


 盛夏の曙光がセプテム城前の草原を白々と照らしだす頃、城に最も近い外壁前の堀際に鎧姿の孤影が踊った。

 その者はセプテム城に向けて声を張り上げる。

「セプテム城に籠もる人類軍、その大将に告げる! 儂は魔王第二軍総指揮官、ガップ・フォルター・マレンスキである! 儂はこれより城塞大将に正々堂々たる一騎討ちを申し込む! 汝に戦意あらば、これより城を出て儂と戦え!」

 ガップ将軍の大音声は周囲に響き渡った。甲冑に身を固め、長槍を脇に突き立て屹立する姿はまさに魔物の大将軍にふさわしい。姿だけならば。

 はるか後方、敵城の射程外に布陣した魔王第二軍は固唾をのんで見守っている。その中でひとりシャルルは頭を抱え、ため息も出ないほど憔悴していた。

『最悪。最悪最悪最悪。 まさかこんなことになるなんて。魔王陛下になんとお伝えすればいいのか』

 シャルルの説得はついに効を得なかった。もはやどうにでもなれという気分だ。

 シャルルにできることはなにもない。敵将が一騎討ちの誘いにのり、ガップがそれを見事に倒してくれることを祈るしか無い。

 実際将軍の戦闘力は魔王第二軍一である。老いてなお卓越した戦闘力と魔力を保持している。一騎討ちに持ち込めば勝てる可能性は高い。

 問題は、どう考えてもまともな指揮官が一騎討ちにのっかるとは思えないことである。むしろこれ幸いと矢を射かけられるに決まっている。

『……まあ、ガップ将軍の肉体なら矢に傷つけられることはないでしょうし』

 投げやりな気分でシャルルはそう判断した。ガップが強いこと、死にはしないであろうこと。そのくらいしか良い点は見当たらない。他は全て最悪の状況だった。

『さて、セプテム城側はどう出てくるだろうか』



◆◆◆◆



 セプテム城に籠もるパナケイア聖騎士団も、この状況には混乱せずにいられなかった。

 ガップの大音声はセプテム城本郭までしっかりと届いていた。敵将の高らかな名乗りを聞き終えて、エイルが周囲に意見を求める。

「……どういうことだと思う?」

「何を考えているのかさっぱりわからないわ。普通に考えれば罠だろうけど、あまりにやり方が杜撰すぎる」

「同感です」

 リフィアとラウラがそれぞれ答える。だよねえ、とエイルはうなずいた。

「そうか? オレはああいうバカ嫌いじゃないぜ。もしかしたら本気で一騎討ちする気かもしれねえ」

 机に腰掛け、足をブラブラさせてメングラッドが笑う。強敵との戦いを好む彼女らしい発言だが、リフィアはその内容と態度に眉をひそめた。

「だとしてもこちらが応じる必要はないわ。メリットが無い。それと、机に乗るのはやめなさい」

「へいへい。まあメリットとか言い出したらそうだけどよ」

 素直に机から降りたメングラッドは、頭の後ろで両腕を組んだ。

「一騎討ち、試しにのってみてもいいんじゃねえか。敵の将軍を倒す大チャンスだぜ」

「危険よ!」

「危険です!」

 メングラッドの発言にリフィアとラウラが間髪入れず反論する。

「敵の誘いはどう考えても罠よ。のこのこ城から出ていけば控えている強力な魔物が寄ってたかって襲ってくるに決まっているわ」

「よしんば一騎討ちに持ち込めたとしても危ないです。エイル様は騎士団長としてはまことに傑出しておりますが、個人の対戦経験はそれほど多くありません。いくら他を圧する魔力を持っていると言っても、過信は禁物です。それに専用魔法甲冑の最終調整もまだ終わって無いのですよ」

 まるで我が事のようにエイルの身を心配する副団長と従士長。やや過保護気味な二人の勢いにそばで聞くエイルは苦笑するしかない。

 そんなリフィアとラウラへ、メングラッドは不敵に笑い返す。

「誰もエイルに出ろなんて言ってねえよ。――オレが行く。それならいいだろ?」

 リフィアとラウラはむぐっと口をつぐんだ。メングラッドの剣の腕は騎士団随一だ。仮に敵が一騎討ちを望んでいるとして、これほどふさわしい人物はいない。一対一での戦闘力なら間違いなく最強がメングラッドだ。

 彼女の言う通り、これは騎士団にとってチャンスでもある。もし敵将を討ち取ることができれば、敵の士気は大いに下がる。場合によっては攻囲を解く可能性さえあった。少なくとも敵の攻勢は衰えるだろう。籠城する騎士団側にとって、少ない犠牲で大きな利益を得ることができる。

 ちなみにシャルルの考えるような城塞からの狙撃は無い。パナケイア聖騎士団は公正と信義を重んじる騎士団でもあり、戦闘時ならともかく一騎討ちを望む敵を遠くから数で撃つような真似はしない。

 つまり問題は、もし罠だったときにすぐ逃げられるかどうか。そして何より一騎討ちで勝てるかどうか。

 城壁外からはさらにガップの声が聞こえてくる。

「さては臆したか人間ども! これは片腹痛い、所詮は穴に籠もって息を潜める虫けらのたぐいであったか。貴様らにも一分の勇気があれば、堂々と名乗り儂と勝負せい!」

 あからさまな挑発に、リフィアがギリッと歯を食いしばる。

 これはまずいな、とエイルは思った。ガップの大声は本郭全体に響いており、他の騎士団員や避難民も聞いているはずだ。敵将を討ち取るチャンスを不意にしたとなれば、士気にも影響が出るかも知れない。

 特に避難民は、こういうわかりやすい戦闘結果の影響を受けやすい。

 しばらく口をつぐみなにか考えている風だったラウラが口を開く。

「……(わたくし)、敵将の名前には覚えがあります。ガップ・マレンスキ。魔王軍でも名の知れた猛将です。槍を得意とする武将で、単騎でグレートドラゴンを屠ったこともあるとか」

 エイルは息を呑んだ。グレートドラゴンといえば上級の上、災害級のモンスターだ。人類であれば一個騎士団が出撃するような相手。それを単騎で討ち取るとは只者ではない。

 だが、それを聞いたメングラッドは平然としている。

「へえ、そいつはいいな。奴を倒せばオレは竜殺し殺しドラゴンスレイヤースレイヤーってわけだ」

「メングラッド、冗談言ってる場合じゃないよ。そんな強い敵、罠じゃなくても危なすぎる。一騎討ちなんて無茶な戦いしないでも……」

 止めようとするエイルに、メングラッドは不遜そのものの笑みで応じる。どこか見せつけるような態度だった。

「お前までなんて顔すんだよ。こういうときはそうじゃねえだろ。騎士団員が一騎討ちに挑もうってんだ、もっとふさわしい言葉があるだろ」

 続けて、メングラッドがついぞ使わなかった呼称を口にする。

「――お前は、オレたちの騎士団長なんだろ」

 エイルに痺れるような衝撃が走った。気迫に満ちたままメングラッドが次の言葉を待つ。

 エイルはうなずいた。

「お願いメングラッド、――勝って」

「まっかせとけ!!!」

読者の皆様誠に申し訳ありません。すこし執筆に手間取っているので、少々お待たせします。次回の投稿は8月10日を予定しています

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