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追い詰められるガップ将軍

 魔王第二軍がセプテム城攻略を開始して一週間がたった。

 七日間、魔王軍は休みなく城を攻め続けたものの、戦果はない。対して損害は拡大する一方だった。


「だからあれほど言ったではありませんか!」


 シャルルは魔王軍の軍人となって初めて声を荒らげた。荒らげても仕方のない状況だった。

 七日間に渡る攻撃で魔王軍の被った被害は甚大だった。戦死約5000、負傷約8000、合わせて13000もの兵力を失った。

 それによって破壊できた城壁も占領できた拠点も皆無である。ガップ将軍初め魔王第二軍司令部は、さすがに意気消沈していた。

 大侵攻が始まって以来、魔王軍がこれほどの大損害を受けたことはない。ヘンドリックスの会戦ですら魔王軍の損害は五千強だった。その時は五万のソラン帝国軍を潰走させることに成功したが、今回は戦果もなくただただ兵を失っただけなのだ。

 七日間の戦闘によるこの結果に、第二軍司令部はいっとき現実を受け止めきれず茫然自失とするばかりだった。

 ガップも、まったくの無策でセプテム城攻略を行ったわけではない。この一週間間様々な攻撃方法を試みていた。シャルルも半ば諦めの境地で正面突破のための策を献じている。しかし戦えば戦うほど、敵城は何重もの防御態勢を整えていることがわかってきた。

 初日、昼間の攻撃で大損害を被った魔王第二軍は、次の日の夜に夜襲を試みた。魔物は人間と違い夜目が効くしほとんどが夜行性だ。もともと夜襲は魔王軍の得意分野だった。

 しかしセプテム城は瘴気探査と魔力探査によって夜間も魔物の捕捉、射撃管制を行える。さらにエイルは城壁に篝火を焚き、カタパルトから火炎弾も打ち出して魔王軍の姿を照らし出した。昼間と変わらない猛烈な防御射撃を浴びた夜襲軍は早々に壊滅する。

 続いてガップはゴースト部隊による浸透突破を図った。この戦術にはシャルルも素直に感心した。

霊体のゴーストは物理的な壁をすり抜けることができる。ゴーストによって敵城内に侵入、攻撃し、混乱したところを主力が攻撃する。悪くない作戦と思われた。

 だが、セプテム城に籠もっているのはパナケイア聖騎士団である。聖女ヒュギエイアを筆頭として光属性魔法に精通した修道女が200人いる。彼女達によってセプテム城はあらゆる場所が聖別され保護結界を張られていた。

 夜、セプテム城に襲いかかったゴースト部隊はすべてが浄化消滅させられた。

 ガップは歯噛みして悔しがった。結局魔王軍は攻め手を欠いたまま意味のない攻撃を続けている。じくじくと治らない傷のように出血を続けていた。軍団の士気は最悪だ。もともと魔王軍の兵は忠誠心が低い。軍隊の規律という概念すら理解できない魔物もいる。それを上官の個人的な戦闘力と威圧で押さえつけ従わせているのが魔王軍だ。一度兵士の心が指揮官から離れると士気の低下は早かった。

 第二軍の現状に忸怩たる思いを抱きながら被害状況を読み上げたシャルルは、最後に付け加える。

「……ともかく、このまま正面からの突撃にこだわって強襲を続けても無意味です。セプテム城は絶対に落とせません。戦術を変更するべきかと」

 はっきりと作戦の失敗を突きつけるシャルルに、ガップはにらみつけるだけで反論しなかった。内心自分でも、シャルルの言うとおりだと気づき始めていたからだ。

 シャルルが帳面の数字を見据えたまま続ける。

「第二軍の損害状況は約四割に達しつつあります。すでに軍としての戦闘能力は失っており、早急に増援と補給が必要です」

「なにィ! 増援など必要ない。あんな城今の手勢だけで必ず落とせる」

「申し訳ありません、閣下。すでに魔王軍本陣へ増援要請を私の名前で発しました」

「なんだと!? 儂の命令もなく貴様勝手なことを」

「軍組織の維持と兵站は参謀長の専権事項であります。閣下」

 慇懃無礼そのままの態度でシャルルが一礼する。

「ぐぬ……」

「それで、今日中にはそれに関する返信が本陣から届くはずです。その返答次第で今後の作戦を……」

 シャルルがそう言いかけたとき、伝令兵が天幕に入ってくる。話題に出ていた本陣からの返信だった。

 早いですね、とつぶやいてシャルルが封書を受け取る。

 開いて、中身に目を通す。シャルルの瞳がみるみる輝き出すのをガップは訝しく思った。

「なんだ?」

「ガップ将軍閣下、朗報です。陛下が本軍の一部を率いこちらの第二軍に合流してくださるそうです」

 息を弾ませてシャルルが報告する。

「なにぃっ!?」

 ガップは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。

「我ら第二軍の苦境を鑑み、増援を率いて着陣してくださるそうです。ミルヴァ攻略の目処がついたら、こちらを援護すると」

 本来魔王本軍を率いる立場であるヘルムートが、わざわざ援護のため第二軍にやってくる。陛下は我らを見捨てていないのだ。

 魔王の手をわずらわせるのは心苦しいが、これでセプテム城を攻略できる! とシャルルは勇み立った。

 ガップはそう受け止めなかった。魔王直々の来着、すなわち自分の粛清が目的だと考えている。

「陛下の出立はアルバ街道方面の戦線が落ち着いてからだそうです。到着はまだ一月以上先になりそうですが、これで我が軍も持ち直せます」

 嬉しそうに話すシャルル。対してガップの表情は苦渋に満ちている。目を見開き、魔王着陣によって自分にもたらされる未来を想像した。

 5万の兵を率い一週間かけて、なんの戦果も得られなかった。たかだか一千の小勢が籠もる古城を落とすことができず、それどころか小塔の占拠も外壁の破壊も、堀を埋めることすらできていない。しかも自軍の損害は2万近くに達している。

 更迭、否、自害を求められてもおかしくないほどの失態だった。もし立場が逆ならガップは迷わず無能の烙印を押すだろう。華々しい軍歴を歩み続けたガップ将軍にとって、到底許容できない汚点。

『魔王陛下が来れば儂は終わりだ。殺される。魔王軍の伝統は儂のような無能者を許すほど慈悲深くはない』

 出陣当初にあったガップの傲慢な自信は粉々に打ち砕かれていた。動悸が激しい。唇がわななく。みっともなく膝が震えだしていた。

 魔王の知らせに夢中になっているシャルルは、その変化に気づかない。

『どうする。どうすればいい? 儂の名誉を守るには、どうすれば』

 焦慮の極みにあるガップが出した結論は、ある意味この老将にふさわしいものだった。

「シャルル!!!」

「は、はい!?」

 突然大声を上げたガップに浮かれていたシャルルがビクッとする。その時初めてシャルルはガップの様子がおかしいことに気づいた。

 続けてガップはシャルルの肝をつぶすような発言をする。

「儂は……儂はこれより、敵将に一騎打ちを申し込む!」

「はぁ!?」

「軍を率いる者同士で一対一、正々堂々と勝負するのじゃ。万軍ひしめく中敵将を討ち取れば、我が軍の士気も回復しよう」

「お、おお、おおおおお待ち下さい!!」

 血相を変えてシャルルは静止する。悪夢を見ているようだった。

「大将同士の一騎打ちなどいつの時代の戦ですか!? ガップ将軍閣下は恐れ多くも第二軍を統括する身。一騎打ちでもし万が一のことがあったらどうするのです!」

「止めてくれるな参謀長、儂はもう決断したのだ」

 悲壮な表情でガップは重々しく言った。自己陶酔に浸っているのか片目から一筋の涙がこぼれ落ちる。

 勘弁してほしいとシャルルは天を仰いだ。シャルル個人としてはガップの身など毛ほども心配していないが、第二軍参謀長の立場がある。何があっても一騎打ちだけは思いとどまらせなければならない。

「ご再考をお願いします。まずはいったん落ち着きましょう。我が軍は今将軍閣下を失うわけにはいかないのです」

「心配無用だ参謀長。儂は勝つ! 勝って必ず魔王軍の栄光を取り戻す!」

「将軍閣下!」

 シャルルの嘆願めいた説得は朝まで続いた。

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