戦果報告と三魔戦術 2
「へ?」
「最初ん時、色々言って悪かった。お前はすげえよ。今日の戦いでつくづく思った。団長とは認めねえって言ったのは間違いだ。すまん」
「ふえ?」
メングラッドに頭を下げられてエイルは固まる。
あわててとんでもないと手を振った。
「そんなそんなそんな! メングラッドの反応は当然だって。全然気にしてないから」
「でもよう」
「ただの団長秘書だった私が急に騎士団長になっちゃったんだよ。そりゃあ納得いかないだろうし不安になるのも当たり前だから」
「……怒ってねえのか?」
メングラッドが顔を上げる。
「私は最初から怒ってないよ、全然! メングラッドの方こそ怒ってないの」
「オレはお前が騎士団長になることが不満だったわけじゃねえ。歳下の、一番後輩の騎士にきついとこ全部任せるっつーのが納得いかなかっただけだ」
そんな事を考えていたのか。エイルは初めてメングラッドの気持ちを知る思いだった。
「といってもだな、お前が心配なのは今も変わりねえ。お前一人にこの難しい籠城戦の指揮を任せてんのも気に食わねえ」
「う、うん」
「だから、オレはこれからお前をこれから全力で守ることにした」
メングラッドが両拳をガン、と合わせてそう宣言する。エイルは目を白黒させた。
「へ?」
「守るっつーか支えるっつーか、とにかくお前が危なっかしいことに変わりはねえ。いきなり頼れって言われても嫌だろうが……。とにかくオレはお前が潰れないよう全力で支える。辛いことがあったら何でも言えよ」
急転直下の変わりようにエイルは瞬きを繰り返す。頭の隅で、ああ、こういうところが第四騎士隊に慕われている理由なのかな、と思ったりする。
ともかく、懸案だったメングラッドが態度をガラッと変えて味方になってくれたのは確かなようだった。これでパナケイア聖騎士団はようやく一枚岩になって敵に立ち向かえる。
「ええっととりあえず、改めてよろしく、でいいのかな?」
「ああ」
メングラッドがニッカリと笑う。それはエイルが初めて見る、子供のように無邪気な笑顔だった。
◆◆◆◆
セプテム城が勝利に沸く一方、散々に打ち破られた魔王第二軍本営は沈鬱な空気に包まれていた。
「本日の損害を報告します。戦死2600、負傷3200。合わせて戦闘不能は5800です。被害は主攻正面を受け持った歩兵第一戦隊に集中しています。事実上、今日一日で第一戦隊は戦闘能力を喪失いたしました」
シャルルが書類に目を固定したまま淡々と読み上げる。それを聞く第二軍幕僚たちはうめき声も漏らさなかった。現実として聞かされる被害の大きさに打ちのめされている。
戦闘自体は3時間ほどしか行われなかったにもかかわらず、魔王軍の被害は甚大だった。原因ははっきりしている。狭隘な地形に大兵力で突っ込み、密集し身動きが取れなくなったところを敵の投射兵器で猛烈に叩かれたからだ。同じ攻撃を続ける限り、明日も同じ状況になることが予想される。
せめて竜部隊がいれば。シャルルは心のなかで嘆息する。魔王第二軍はヘルムートの考える戦略の根幹である三魔戦術、すなわち歩、獣、竜三種兵科のうち、竜部隊を欠いていた。魔王軍本陣で部隊の編成に当たっていた時、一刻も早く出撃したいガップが配置の遅れていた竜部隊を『もう待ってられん!』と置き去りにして出発したからだった。遅れていたとは言っても、もう5日か6日ほど待てば編成は完了するはずだった。ガップからは先に進発した魔王ヘルムートへの対抗意識が見え隠れしていた。
竜部隊がいれば、最初に竜の火力で敵を叩き様子を見ることができたかもしれないのに。城壁で堅固に守られた兵器はともかく、城壁上の露天にさらされているカタパルト郡などは破壊できたかもしれない。今日の悲劇はガップが功を焦ったために起きたとも言える。もちろん口に出しはしなかった。そんな事を言ってもガップはへそを曲げるばかりで、事態が好転しないことはわかりきっていたからだ。
ひとまず、第二軍の置かれた現実面に集中してシャルルは話を続けた。
「第一歩兵戦隊全体の損害もそうですが、特に超重歩兵サイクロプスの喪失が深刻です。戦死12、負傷5。まともに戦えるのは3体だけです。すでに軍本陣には補充を要請していますが、サイクロプスが到着するのは数カ月先になるかと」
魔王軍の戦力供給役、ダンジョンは内部で日々魔物を生産する。生み出される魔物の数は階級によっておおまかに決まっている。
ゴブリン、オークなどの軽歩兵(下級モンスター)は初期ダンジョンで一日に約100。
トロール、オーガなどの重歩兵(中級モンスター)は一日に約10。
サイクロプスなどの超重歩兵(上級モンスター)は3日に1体できるかどうかだ。さらに細かい数字はモンスターの種類によって異なる。またダンジョンが成長するに連れて数や生産できるモンスターの種類も多くなる。
現在魔王軍は本陣に二つのダンジョンを埋設、活動させている。活動を開始したばかりのダンジョンはほぼ上記通りの生産能力と考えていい。つまり、今日失ったサイクロプスを補充するには生産だけで最低一ヶ月かかる。移動を含めると補充が2ヶ月先になってもおかしくない。ダンジョンがサイクロプスの生産だけに全力を傾けてくれるという保証もない。本陣のダンジョンは、何より魔王本軍の補充兵力生産で忙しいからだ。
もちろんダンジョンから生み出される魔物だけでなく本国からも続々と増援が到着している。しかしそれらもまた本陣で再編成後各戦地へ送り出される。補充に時間がかかることは変わらない。
今日失ったサイクロプスを補充するには生産に最低一ヶ月かかる。移動を含めると補充が2ヶ月先になってもおかしくない。
「明日の戦闘ですが、歩兵第一戦隊は後方に下げ休養、再編成を行います。私個人の意見としては、ここは包囲を続け竜部隊の到着を待つ方が……」
シャルルがそこまで話しかけた時、天幕内に伝令兵が顔を出した。
「軍議中に失礼いたします。本軍よりの報せです」
「どうぞ」
「本軍より伝達。進撃は順調、本日ソラン帝国の重要拠点、ブルマン城を陥落せしめたとのことです」
わっと天幕内の幕僚が沸いた。ブルマン城はアルバ街道を進む魔王本軍に対し最初に立ちふさがる要衝で、攻略にはもっと時間がかかるものと思われていた。それが魔王軍の侵攻開始から2週間足らずで攻略に成功。大戦果である。
シャルルももちろんその報告に喜び、普段人形のように動かない頬をゆるませた。
「伝令ご苦労様。そうですか、本軍がもう一城を陥としましたか。さすがは魔王陛下ですね、ガップ将軍。……将軍?」
天幕内が喜びに沸き返る中、ガップだけむっつりと押し黙っている。その姿にわずかな不安を感じてシャルルは尋ねた。
「ガップ将軍、どうされました? なにかご懸念でも?」
「決めた」
「はい?」
「決めたぞシャルル! 明日も攻撃続行だ!」
急に立ち上がったガップは力強く宣言する。シャルルはおろか、周りの幕僚団もあっけにとられて将軍の姿を見た。
「ですが、今日我が軍は大損害を被ったばかりで……」
「魔王陛下が自ら軍を率い、赫々たる戦果を上げておられるのだぞ。我らがここで奮闘しないでどうする!」
シャルルはガップの言葉に言外の意味を感じ取った。あのヘルムートがあっさり人間の城を落としているのに、儂が敵城を落とせなければ無能の烙印をされてしまう、と。
どうもガップは魔王軍古参の老将として、新しい魔王であるヘルムートに対抗意識があるようだった。
「いいなシャルル、明日は歩兵第2戦隊を先鋒にして攻撃開始だ。なんとしてもあの城を落とせ! 損害がどれほど出ても構わん!」
シャルルは頭を抱えたくなった。