サイクロプス
ガップ将軍はあんぐりと口を開けて言葉もなかった。
隣ではシャルルがもはやかける言葉も見つからずやれやれと頭をふっている。
「な、な、な……」
わなわなと手をふるわせ前方を指さしたガップは、ようやくのことで声を絞り出す。
「なんだあれは!? 我が軍の先鋒が一瞬で壊滅したぞ!」
「敵はこちらの予想より多くの投射兵器を集積していたようです」
セプテム城を眺めながら落ち着いた声でシャルルは答える。彼女とて動揺していないわけではなかったが、だからこそ冷静に状況を見極めようとしていた。
「特に外壁と第一城壁上に配置された投石機や弩砲が脅威です。こちらの矢や魔法が届かない距離から、大威力の攻撃を立て続けに発射しています」
「こ、こんな馬鹿な、こんな城があるものか!?」
ガップの混乱はある意味正しい。魔王軍がこれほど激烈な防御射撃を受けるのは史上始めてのことだった。
それまでの城では、城壁上にカタパルトやバリスタなど大型の投射兵器を置くことが出来なかった。高く垂直にそびえるよう建てられる城壁では、城壁頂上部の幅が狭く、面積が小さくなるためだった。帝都皇宮の城壁も、高さは20メートルあるが幅は4メートルしか無い。これでは歩兵が弓矢や魔法攻撃を行うことは出来ても、カタパルトなどを設置するには不可能な狭さだ。
しかしエイルは城壁の幅を10メートルという分厚さにしている。城壁自体も高く築くのではなく低く掘るように作るため、基部が安定し城壁頂上部も広くとれる。これなら大型兵器も簡単に設置できた。城壁の胸間も幅を広く大きくし、敵の投石や竜攻撃から大型兵器を守れるようにする。
結果、セプテム城の発揮する攻撃力は魔王軍が見たこともないような規模となった。石と矢の嵐が魔王軍を猛烈に叩き続ける。
シャルルと違ってまだ現実を受け止めきれないガップは喘ぐように言った。混乱のさなか、今までならありえないことを口走ってしまう。
「シャルル、あの石弾を防ぐすべはないのか!? このままでは一方的にやられてしまうぞ!」
初めて将軍の方から意見を求められたことにシャルルは驚きつつも、参謀として努めて冷静に答えた。
「下級歩兵の革鎧ではあの石弾は防げません。このまま歩兵による突撃を続けても損害が増えるばかりかと存じます。ここは一度全隊退いて陣形を立て直し、こちらも遠隔攻撃で様子見をするべきかと」
「馬鹿なっ! それでは儂の作戦が失敗したというようなものではないか、そんなことはできん」
「ですが……」
「もうよい、貴様なんぞに意見を求めた儂が浅はかだったわ。貴様下級歩兵の革鎧では防げんと言ったな。ならば鎧を着た重歩兵に盾を構えさせればよかろう。歩兵指揮官、トロールとレッサーデーモン部隊を前面に出せ! サイクロプスもだ!」
「ッ、お待ち下さい! トロールやレッサーデーモンはともかく独眼巨人は超重歩兵です、万が一失えば簡単に補充ができません」
シャルルは慌てて止めようとする。サイクロプスは身の丈10メートルをこす巨大なモンスターだ。重歩兵をも超える怪力と耐久力は魔王軍随一であり、当然攻城戦の要である。ヘルムートから預けられた魔王第二軍にサイクロプスは二〇体しかいない。その貴重な戦力を失っては敵の城壁に取り付いたときの決定打がいなくなってしまう。
しかしガップは聞く耳を保たなかった。
「やかましい! 城を落とせば失っても問題なかろう。歩兵指揮官、さっさと準備しろ」
◆◆◆◆
「敵後方より新手! 魔力紋照合しました。トロール200、レッサーデーモン100、サイクロプス20です!」
「サイクロプスか。思ったより早く投入してきたな」
エイルが望遠鏡を覗いた。ざっと敵勢を眺め回してから、リフィアに手渡す。
「見てみて。鎧付きの重装だ。大盾まで構えている。最初にオーガの防御線が破られたから、その代わりだろうね」
リフィアも同じように敵状をみてから、不安そうに訊ねた。
「どうする? サイクロプスは頑丈なモンスターよ。それにあの大きさじゃ、堀も簡単に越えられてしまうわ」
「ン、大丈夫。ちゃんと考えてあるから」
なんでも無いようにエイルは笑う。
「第一城壁班に伝達。今のまま迎撃継続して。サイクロプスは堀内に侵入されても構わないから。外壁班に連絡。サイクロプスに狙いを集中して、魔法一斉射撃。タイミングはこちらで合図する」
ズシン、ズシン、という足音が地響きとともに近づいてくる。大股に歩くサイクロプスはまたたく間にセプテム城への距離を詰めていた。
城からバリスタの大型矢や投石が飛んでくるが意に介した様子もない。胴部を覆う鉄製の鎧と頑丈な皮膚によって、短槍じみたバリスタの大型矢ですら問題にしなかった。さらには大盾を構えているため防御は万全だ。
またたく間に掘り際までたどり着いたサイクロプスは、まるでひょいと穴に飛び込むような気楽な様子で堀内へと侵入した。身の丈10メートルを越すサイクロプスの前では、セプテム城の堀ですらささやかな障害物に過ぎない。堀の下に降りてなお、頭は悠々外に出ている。
サイクロプスは次々と堀の中に降りてくる。まずは手近な外壁に狙いを定め、石柱のように巨大な脚で歩み寄る。一歩、二歩、三歩――。
外壁から一斉射撃が開始されたのはその時だった。
外壁に開けられた射眼から、無数の魔法攻撃がサイクロプスに向けて放たれる。壁内で詠唱を済ませていた騎士たちの魔法剣が、それぞれの属性色を宿す光線を発射する。最強の威力を持つ上級魔法も含めた炎、水、雷、風の嵐が1つ目の巨人へと殺到した。
閃光と爆発、轟音。硬質な何かを切り裂き引きちぎるような不協和音が連続して響き渡る。先頭にいたサイクロプスが悲鳴を上げて倒れ込んだ。巨体を地面に横たえ、顔を押さえてもがき苦しんでいる。
しかし攻撃は終わらない。炎の渦が、白い稲妻が、氷の槍が、風の刃が、絶え間なくサイクロプスの肉体を襲い続ける。外壁に詰める魔法攻撃部隊は的確に狙いを定め追撃した。巨人が鎧を着ているのはかえって残酷だった。鉄の鎧の上を雷光が走り、表面を炙る炎熱が際限なく温度を上げる。
「グオオオオオオオオオ!!!!」
自分の皮膚が鎧によって焼かれ、焦がされ、サイクロプスは身の毛もよだつ絶叫を上げた。
後から続いて堀内に降りてきたサイクロプスも、次々と同じ運命をたどる。敵を圧倒し押しつぶすための巨体はもはやただの大きな的と成り果てていた。10体を越すサイクロプスが次々堀内へ倒れ込むのを見て、後続の巨人たちはようやくあわてて後退を始める。サイクロプスの援護を失ったトロールやレッサーデーモンもやむを得ず身を翻すが、その背中をカタパルトとバリスタの石と矢が襲い続けた。