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一千VS五万

 七月の白い陽射しは目を灼くようだった。魔王第二軍の最先鋒を務める歩兵たちは眩しさに目をすがめ、あるいは兜を深くかぶり直す。

 セプテム城へと迫る魔王軍第一歩兵戦隊は軽歩兵と重歩兵の混成部隊だった。

 軽歩兵は、ゴブリン、オーク、犬鬼コボルトといった比較的人間に近い大きさの歩兵達だ。装備は剣や棍棒、弓矢に革鎧。魔王軍の中で最大の兵力を占める。

 重歩兵は、トロール、オーガ、レッサーデーモン、といった大型、剛力の歩兵達。耐久力があり装備も重装だが、数は少ない。

 歩兵部隊第一陣は軽歩兵三千、重歩兵三百で構成されている。続いて第二、第三歩兵部隊と続き、支援兵も含めて第一戦隊の総戦力は一万を数えている。

 ガップ将軍はこの歩兵第一陣だけでもセプテム城を落とせると考えていた。守備側に対して攻撃側は三倍の兵力が必要という原則に沿うなら、兵力一千で守るセプテム城を攻めるには十分な戦力と言える。

 魔王第二軍本陣からケルベロスの戦咆哮(ウォークライ)が上がった。突撃開始の合図だ。魔王軍では戦場で指示を出す際、戦場ラッパや太鼓だけでなく魔獣の咆哮も使用する。敵に威圧感と恐怖を与えるためだ。

 歩兵たちもそれぞれが鬨の声を上げる。武器を掲げ、前方へしゃにむに突進を開始した。

 最前列はオーガ兵が務める。怪力で、歩兵級の魔物の中で最も戦意旺盛であり、機敏で耐久力もあるオーガは突撃の先鋒を務めるのに適任だった。最前列のオーガ兵たちは武器を持たず、代わりに両手で身の丈以上の大盾を前面に押し出している。この盾で自身と味方を守りできるだけ城のそばまで寄せようとしていた。堀があるためそのまま城壁まで攻めることは出来ないが、あとに続く弓兵を無事に近づけさせればそれでいい。堀の幅は百メートルという常識外の広さとはいえ、弓矢が届かないほどの距離ではない。矢の届く距離まで近づければ、後は敵が城から放ってくる矢や投石から弓兵を守り続けるだけでいい。

 青く生い茂る夏草を踏みしだいてオーガ兵は走った。丈のある草はオーガには膝下ほどの高さだが、後に続くゴブリン兵は身体を半分以上も隠されている。これなら城側からゴブリン兵を狙うのは難しくなるだろう。

 セプテム城の堀縁は緩やかな傾斜を持っていた。オーガ兵はその斜面を一気に駆け上っていく。

 いや、上ろうとした。

 最前列にいたオーガ兵は、突然なにか巨大なものによって盾ごと押しつぶされた。何が起きたかわからない。自分の体が奇妙な方向にひしゃげているのはわかる。

 隣にいた味方のオーガ兵は胴体が槍で貫かれていた。槍、そうとしか思えない。1メートル以上はある短槍が、オーガの持つ盾も鎧も貫通し、胴体に突き刺さっていた。

 一体何が起きた? オーガはわけのわからぬままにすぐ息絶える。


◆◆◆◆


「石弾、敵先鋒集団に命中。弾着良好」

「バリスタ、オクシュベレスによる射撃も効果大。先頭にいたオーガ兵五〇体ほどの魔力反応が消失しました。敵最前列は崩壊」

 騎士団員がそう報告する。が、エイル以外ほとんどの者がその報告を聞いていなかった。誰もが外の光景に釘付けになっている。

 指揮所の窓からは、今も敵陣に向かって雨のごとく浴びせかけられる石と矢の嵐が見える。

 セプテム城は今、投射兵器を多数配備された城塞というその凶暴性を存分に発揮しつつあった。

 リフィアが、唖然としてつぶやく。

「オーガ50体が、一瞬で壊滅……?」

 望遠鏡で敵情を確かめながら、ラウラもまた信じられない様子だった。

「カタパルトとバリスタの集中運用が、これほどの威力とは……」

 エイルだけが平然としている。自身のもたらした戦果に微塵の興味も持たず、冷静に次の指示を出した。

「第一城壁および外壁へ連絡。カタパルトの弾種変更、氷霰(ひょうさん)弾」

「了解、弾種変更。……全カタパルト、氷霰弾装填完了しました」

「射撃開始」

 投石機から、今度は透明な球体に黒い粒の詰まった弾が次々と打ち出された。氷霰弾は巨大な岩の塊を打ち出す通常石弾と違い、こぶし大の石を多数集めたものを氷結魔法で作った一個の丸球の中に包み込んだ弾だ。地面に着弾すると同時に内部の石と氷の破片を辺りに撒き散らすことで敵を殺傷する。

 密集した敵陣に向けて放たれた氷霰弾は、その破壊力を余すことなく発揮した。氷の丸球が砕け散った途端、鋭い破片が、中の小石が、恐るべき速度で敵を切り裂き、皮膚にめり込み、革鎧を叩いて肋を折り、頭蓋を砕き、手に持つ武器を粉砕した。

 投石機の一斉射によって、一度に二百体近い下級魔物歩兵が倒された。

 氷霰弾の利点は一度に多数の敵を攻撃できるだけではない。巨大な石である通常石弾はどうしても備蓄、補給に時間がかかる。しかし氷霰弾は小石と魔力があれば簡単にその場で合成することができる。弾の補充がしやすいのだった。

 セプテム城は現在、第一城壁と外壁合わせて100門の投石機が配備されている。全門が一日百発打てば、必要な石弾はあっという間に万を越えてしまう。資材で大量の石材があるとはいえ発射するのに都合のいい大きさの石がそうたくさんあるわけではないから、エイルは弾種を工夫したのだった。

 セプテム城からの射撃は止まらない。それはまるで、城が矢と石の豪雨を降らせているようだった。カタパルトは霰弾を放ち続け、バリスタは短槍のような極太の矢を発射する。それは三〇〇メートル離れた場所にいたトロールの鎧を容易に撃ち抜くほどの威力だった。

 結果、魔王第二軍第一歩兵戦隊は急速に損害を拡大していた。最前列の歩兵第一陣は、すでに壊乱しつつある。


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