籠城戦はじまる
魔王軍が近づいていることは当然セプテム城に籠もる騎士団も気づいていた。瘴気探査機によって30キロ手前から把握している。
「魔王軍、セプテム城より1キロ前方にて行軍を停止しました。止まったわけではないようです。魔物兵にはなにか動きがあります」
「ご苦労さま」
索敵担当の騎士にエイルは声をかける。三ヶ月前、エイルが索敵室を置いた部屋はさらなる改装を遂げていた。隣の壁を取り壊してひとつの部屋にしたことでぐんと広くなり、より多くの人員が入れるようになっている。テーブルや城内の概略図、戦略図も置かれ、正面の窓は外の光景が見やすいよう大きく作り直された。
エイルは、ここをセプテム城全体の司令室にした。そのため索敵班のみならず副団長のリフィア、従士長のラウラもここにいる。
魔王軍の動きについて、リフィアが疑問を投げた。
「本陣を設置するつもりかしら?」
エイルはちょっと探査盤の動きを見る。それから窓の外にある現実の光景も視界に収めて、いや、と否定する。
「動きからして、隊形変更だね。どうやらこのまま攻撃に移るみたい」
「せっかちね。一日くらいのんびり陣地構築してくれたらいいのに」
「私だったらそうすると思う。どうもあの魔王軍を率いているのは勇敢な指揮官みたいだね」
「あら、その言い方だとエイルが臆病みたいじゃない」
「臆病だよ、私は」
エイルは軽く肩をすくめる。
「いまだって怖くてしかたがない」
リフィアがエイルの手を見る。そこに震えはなかった。
「その割には随分と落ち着いて見えるけど」
「開き直りかな。できるだけのことはしてきたつもりだし、後はもう、戦うしかないからね」
そう、もうできることはなにもない。三ヶ月かけて築きあげてきた準備、ここからはそれがものをいう。
通信担当の従士が声を上げた。
「第一城壁より報告。騎士、従士共に所定の配置に付きました」
「外壁も同じく配置完了です」
エイルはうなずいた。セプテム城防衛戦、その本格戦闘がいよいよ始まる。魔法甲冑の通信機能を起動する。
装着しているのは通常の『St.ソフィア』だ。エイル専用の新甲冑は、ニコが突然『すごい改良を思いついた!』と言ってまだ作成中だった。
「総員迎撃戦闘用意。全弩砲、及び連弩、重弩砲射撃準備開始。投石機、発射準備。弾種通常石弾。発射準備完成後は敵が射程内に入るまで待機」
エイルの指令が魔法の念波となって城壁に詰める騎士団員へと届く。城壁上の騎士たちが整然と動き、露天にあるカタパルトを操作するのが見えた(エイルはバリスタなど弩砲は稜堡内に配置し、射撃時に空間のいるカタパルトを城壁上の露天に配していた)。
指揮所に詰める騎士団員が各所からの報告を口にする。
「第一から第六稜堡、戦闘準備完了」
「全バリスタ及び弩砲、射撃準備完了です」
「カタパルト全門、石弾装填しました」
「よーし!」
エイルが拳を打ち鳴らす。硬い金属の音がした。
魔王軍も隊形変更を終える。まるで黒い波のように見える魔物の群れが、城に向かって動き出した。
◆◆◆◆
魔王第2軍はセプテム城から3キロほどの距離をおいて本陣を設置した。そこからはなだらかに傾斜する山道の先へ、セプテム城を見上げる形となる。
戦場につくやガップ将軍は、第二軍を行軍隊形の縦列から戦闘用の横列へと切り替えた。なんといっても5万の大軍である。戦列を変更するのにもだいぶ時間がかかった。ようやくのことでセプテム城手前六〇〇メートルほどの場所に布陣する。弓矢も魔法攻撃も絶対に届かない距離だ。
事実この間セプテム城からはなんの反応もなかった。
「将軍閣下、第二軍第一歩兵戦隊、横列に隊形変換完了しました」
シャルルがガップに報告する。一戦隊は約一万名、それだけでセプテム城前の大地は魔物で埋め尽くされた。
「ご苦労。では攻撃開始だ」
「は、まずは弓の射程内まで前進後、矢を放ち……」
「何を言っている。布陣を終えたら直ちに突撃だ」
「え?」
シャルルは我が耳を疑った。
すぐに反駁する。
「危険です。敵がどれほど防御を固めているかわかりません。ここは敵の力を測るためにもまずは投石や弓矢で様子を見るべきです。」
「何を悠長なことを言っておる。城壁一つしかない人間の城など小細工なくとも落とせる。敵の防御力も突撃が一番推し量れよう」
「ですが兵の犠牲が増えます。予備攻撃もなしに突撃など、どんな反撃を受けるかわからないのですよ」
「やかましいぞ軍師の分際で!」
ガップはついに激高した。
「いいから貴様は儂の命令に従え!」
「……わかり、ました」
悔しさに奥歯を噛み締めて、シャルルは引き下がった。ガップはフンと鼻を鳴らす。
「いいか、歩兵戦隊指揮官へ儂の命令を伝えろ。第一歩兵戦隊は布陣を完了次第直ちに突撃。堀を越え敵の城壁を突破せよ、と」
自分が勝つことを疑わないガップは声高らかに命令を下した。