シャルルとガップ
「信じられない……」
小高い丘の上からセプテム城をひと目見てシャルルは言葉を失った。
城が異常に強化されている。本城郭は修復され城壁は再建され、はた目にも堅固な城塞に一変していた。
一体いつの間にこんな大工事を? まさかたった数ヶ月で? 帝国軍の支援もないのに?
愕然とする思いだった。
「なん、と、これは……」
シャルルに続いて丘を登ってきたガップもまた、セプテム城の姿を見てひとつ呻くとそのまま押し黙る。ガップとて歴戦の将、敵の城が防備を強化していることにはすぐ気づいた。
「報告と全然違うではないか。城壁はすべて崩され裸同然の城ではなかったのか?」
「魔王軍の偵察は数ヶ月前の一度きりです。その間に修復と再建をしたのでしょう。しかしまさか、これほどとは……」
「くそ、人間どもめ小癪な抵抗をしおって」
人間より遥かに高い身体能力を持つ魔族は、目に魔力を集中するだけで望遠鏡並みに視力を強化できる。シャルルもガップも、強化された視力でつぶさに新生セプテム城を観察した。
遠目には再建されたのは第一城壁だけだ。かつて三重の城壁で魔王軍を迎え撃ったと言われる難攻不落の全盛期には、その意味では及ばない。ただ第一城壁は魔王軍参謀長のシャルルにも常識外に思われるほど特異な建造をされていた。
まず城壁が分厚い。おそらく幅が10メートル以上ある。代わりに高さは普通の城壁よりだいぶ低く、全体にどっしりした印象を与える。さらに正面は通常の垂直な壁ではなく斜面状に築かれている。城壁の前に掘られた堀も幅広く深く、こちらも城壁と同じく常識外の、100メートル以上の幅がありそうだった。
城を観察しながらガップが言う。
「ううむ、なんとも不格好な城壁じゃな。人間どもの考えることはいつもわからんが、今回はとびきり変な城じゃわい。分厚い割にやけに低いし、あの斜面は何じゃ? 城壁といえば高く垂直にそそり立つ壁で敵を威圧するのが当然じゃろう」
「はい、これまでの築城の常識とはかけ離れていますね」
シャルルがうなずく。実際こんな城壁を見るのは彼女も初めてだった。セプテム城に籠もる敵は一体何を考えてこんな城壁を再建したのだろう。何か考えがあるのか、それとも……。
「ふん、まあ大方城壁の材料が足りなくて高くできなかったのじゃろう。無計画に幅を厚くしたものの、途中で材料が足りないことに気づきあわてて形だけ整えたのかもな。はっはっは、素人建築と考えればあの妙な斜面も納得じゃ。」
ガップはそう言って笑う。シャルルもその可能性は考えていた。セプテム城の城壁はあまりに異質で、どういう戦術のもと築かれたのかわらかない。あるいは本当に材料が足りなくなっただけかも、とも思う。
しかし、疲弊した敵による偶然の産物にしては、なにかの意思を感じるような……?
「斜面もそうだが、城壁から張り出しておるあれは何かのう? 小塔のようだが、普通の塔とは違い丸くないな」
ガップの言葉でシャルルもそちらに目を凝らした。城壁全体は六百メートルほどの長さでセプテム峡谷を塞いでいるが、城壁から張り出すように六つの小塔があった。半六角形をしたその小塔は城壁と高さを同じくし、分厚く頑丈に作られている。
「たしかに、あれは斜面以上に異様ですね。あのような小塔が張り出した城壁は見たことがありません」
「やはり素人建築ということか? 奴らの工事ではきれいな円形にすることができなかったと見える」
シャルルは曖昧にうなずいた。ガップの言うことも一理ある。むしろそう解釈するのが自然と言えた。だから反論する気はないのだが、なにか、見落としているような……。
その時頭の中にひらめいたものに、思わず戦慄する。
『まさかあれは……、稜堡?』
それは今までの築城技術にまったく存在しないものだった。魔王軍の参謀本部でより新しい城塞の構想を研究した際、わずかに概念として出てきたものである。もし小塔の役割がシャルルの想像通りなら、初めて現実世界で稜堡を目にしたことになる。
『どうする? ガップ将軍に進言すべきか? だけど稜堡はまだ参謀本部でも戦術研究の域を出ないものだし、現実で有効かはまだわからない』
しばらく悩んだあと、シャルルは進言を諦めた。これが魔王なら積極的に発言したかもしれないが、相手がガップでは馬鹿にされさらに疎まれる可能性が高い。
シャルルの葛藤も知らず、ガップは気楽そうにセプテム城を眺める。
「城壁が再建されているから驚かされたが、中身はハリボテ同然の城。やはり楽に陥とせそうだじゃな。魔王陛下の後顧の憂いを断つためにも、手早く陥落させねば」
「……はい、ガップ将軍閣下」
硬い声でシャルルは返事をする。彼女はガップ将軍ほど楽天的には構えられなかった。もし、もしも敵が我々の想像以上の戦術で準備を整えてきていたとしたら、攻城戦には予想外の痛手を被るかもしれない。できるだけ被害を抑えなければ、と。
後にシャルルは、自分さえも楽天家だったと思い知る。まさか五万の兵で一千の兵が籠もる城を包囲して、落城させられない可能性など考えてもいなかった。