魔王第二軍
七月初旬、魔王第二軍はベルタ街道を北上していた。総兵力五万。広い街道は道幅いっぱいまで魔物兵で埋まり、軍列の長さは後尾が見えないほどだった。
行軍は快調だ。インフラを重視するソラン帝国の政策のおかげで主要街道はきちんと舗装整備されている。おかげで魔王軍も迅速に進軍することが可能だった。すでに南部の制覇は完了しているため抵抗らしい抵抗にあうこともなく、第二軍は無傷でセプテム城へ向かうことができた。
軍勢の総指揮官ガップ将軍は陣形の中央にいた。上級魔獣ケルベロスに跨がり威風堂々とあたりを睥睨している。ケルベロスは魔獣の中でも特に気性が荒く、自分が戦いで認めたものでなければ決して背中には乗せない性質を持つ。ガップ将軍もまたこのケルベロスを戦いで屈服させており、将軍自身の強さを誇示していた。強力な魔獣に傲然とまたがるガップ将軍の姿は、まさに伝統的な魔王軍の将軍そのものだった。
対してガップ将軍の一馬身ほど後ろに控えるシャルルの姿は、これまでの魔王軍では見られなかったものだ。戦闘も騎乗も得意でないシャルルは、甲冑は身に着けず書記官のような姿で、魔獣の中でも比較的乗りやすいダイオウヒクイドリにまたがっている。ダイオウヒクイドリは大型の魔鳥で、翼はあるものの飛ぶことはできず代わりに地上を早く走ることができる。名前の通り炎を主食とし、焚き火などをパクパク食べるため他の動物を襲うことがない。太い脚から繰り出される蹴撃と嘴から吐き出す炎が武器で、護衛役としても優秀だ。性格はとても大人しく従順なためシャルルでも簡単に騎乗することができた。
ガップ将軍は後方に控えるそんなシャルルの姿をちらりと見て、フンと鼻を鳴らした。ガップにしてみればシャルルの見かけは弱々しいことこの上ない。背が低く、力は弱く、強力な魔獣を乗りこなすこともできない。ガップのそれまでの常識から考えると魔王軍の将官として明らかに不適格だった。
『兵たちを圧倒的な力で従わせてこそ魔王軍の指揮官ではないか。あろうことかこんな柔弱な小娘が儂の副官だと……? 魔王陛下の命令でなければ絶対につけたりせんわ』
シャルルは第二軍の参謀長としてガップ将軍の幕下にいる。が、実のところガップには参謀長という職務がどういうものか理解できていなかった。ようは軍師のようなものだろうと考えてひとまず副官の一人として扱っている。
『まったく、参謀長などとわけのわからん役を押し付けおって、魔王様はどうかしておる。人間どもがこもる城など儂一人の指揮で十分落とせるというのに、忌々しいことだ』
シャルルの着任早々、ガップは彼女を幕下から遠ざけた。シャルルがガップの考える作戦に事あるごとに口を挟んだためだった。魔王軍の兵士として若い頃から多数の戦場を経験し、将軍となってからもすでに5つも人間の城や街を落とした経験のあるガップ将軍は、自分の指揮能力に絶対の自信を持っていた。彼からすれば参謀長としてシャルルが出す様々な建設的意見は煩わしかったのである。
魔王の命令であるため一応軍には置いているが、シャルルの意見はほとんど無視している。
しかしどれほど意見を無視されてもシャルルはめげなかった。シャルルの仕事はガップの補佐だけではない。まず勝つこと、続いて魔王から預かった大切な将兵を、できるだけ多く生き残らせることである。そのためならたとえどれほど将軍に疎まれても、意見を出すことをやめないつもりだった。
いまも、助言のため口を開く。
「ガップ将軍閣下、この先に標高は低いですが丘があります。そちらに登ればいよいよセプテム城の姿が遠くに望めるかと思います」
ガップは煩わしそうに振り返る。ガップからしてみれば、シャルルの小さく抑制の効いた声さえ不快だった。魔王軍の将兵は皆声が大きいものとガップは決めつけている。
「このまま街道を進めばセプテム城には着くのであろう。わざわざ遠くから眺める必要があるのか?」
「敵状の観察は重要です、閣下。できれば見るだけでなく、斥候部隊を出して……」
「わかったわかった。この先に丘があるのだな。まあこれから落とす城の姿くらいは見てやろう。斥候部隊は必要ない。どうせ近づけばすぐ戦闘になるのだ。兵を無駄に動かすだけだわい」
「…………」
ガップは情報の収集を重視しない将軍だった。シャルルははるか以前にも翼竜による偵察を提案したが、一顧だにされなかった。ガップは偵察を単にどこにいるかわからない敵を探すためのものと考えている。城という動くはずのない目標のために偵察を出すのは無意味としか思えなかった。
内心ため息を付きたいシャルルだったが顔には出さず、ガップのため助言を続ける。
「では将軍、丘までご案内いたします。こちらか移動からやや北東にずれた場所になります」
「うむ。本営守備部隊、これから敵の城を確認するからついてまいれ。本軍はそのまま行軍を続けてよろしい」
颯爽と魔獣を駆ってガップ将軍の本営部隊は軍列を離れた。このときまでガップ将軍はもちろんシャルルも、セプテム城がこの数ヶ月で激変しているなど思いもしなかった。