表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/78

魔王進発

 星暦1022年7月1日。

 この夜、月明かりに照らされた魔王軍本営は黒々とした無数の波がうごめく奇怪な海原と化していた。

 大地が見えないほどの魔物の群れだ。ゴブリン、オーク、トロール、ワイト、サイクロプス、ワーウルフ、キメラ、マンティコア、スキュラ、ワイバーン、ドラゴン……そこにはこの世に存在するあらゆる魔物が集ったかのような光景だった。

 ついに攻略準備が完全に整った魔王軍は、いよいよソラン帝国への侵攻再開へ始動する。

 空には銀盆のような月が浮かび、天幕の外で待機する魔王軍を白冴え冴えと照らし出している。装備の整備と補給を受けたばかりの魔王軍は、剣も鎧も牙さえも、月光を反射し輝かんばかりだった。

 突如全軍を見下ろす丘の上に騎影が踊った。闇よりもさらに黒い甲冑姿は月光を背にしてよりくっきりと縁取られる。魔物の軍勢を睥睨するその姿はまさに魔王以外の何物にも見えない。

 魔王ヘルムート一世の登場で、魔物の軍勢は歓呼の声を上げる。


「うおおおっ! 魔王陛下、万歳!」

「魔王軍、万歳!」

「万歳! 万歳! 魔軍万歳!」


 歓呼の声はすぐに怒涛の津波となって辺りをとよもした。あらゆる種族、あらゆす魔物がそれぞれの言葉で魔王への万歳を唱和する。混交した叫声は奇妙に調和した合唱となり本陣地全体を揺るがした。

 魔王は鷹揚に右手を挙げた。それだけで、密林に住まう鳥獣の鳴き声のようだった無秩序な合唱がピタリと止む。秩序の体現者はただ一人、月を背にする魔王のみだ。

「全兵に告ぐ。これより我らは再び人類への攻撃を開始する。敵兵を蹴散らし、死体を踏み越え、この地をすべて蹂躙する」

 歓喜のどよめきが全軍から上がった。魔王は続ける。

「人類共はふたたび我らの前に立ちはだかるだろう。ソラン帝国の兵士はすこしでも我らの歩みを止めんと抵抗するだろう。しかし恐れるな。我が指揮する限り魔王軍の勝利は約束されている」

「ウオオオオオオッ!」

「我が諸君に期待することはただ一つだ。戦え。暴れろ。魔物の本分を思い出せ。人類に悪夢を思い出させろ。手当たりしだいに襲い、片っ端から喰らえ。街道を血に染めて城塞を焼き、街は破壊し尽くせ。諸君の縦横無尽の暴力こそが、この大陸を制覇する。そしてこの戦いが終結した時、人類大陸は再び我ら魔王軍のものとなるのだ!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!! 万歳! 万歳! 魔王軍万歳!」

「征け! これより魔王本軍は我が直率し、人類制圧の覇業を為す! 本軍全将兵行動体形! 進撃を開始せよ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 耳を聾さんばかりに膨れ上がった魔王軍の歓声はついに爆発した。すでに行動準備を済ませていた魔王本軍十万は、大地を踏み鳴らし行軍を始める。それは人類に破滅をもたらす、災害のような魔物の群れだった。



 本軍が隊列に乱れなく行進するのを確認した魔王は、自身も列へと加わる前にガップ将軍とシャルルのもとへとやってきた。

「では私はこれよりアルバ街道を東進し西都攻略に向かう。ガップ将軍、北部の制圧は任せたぞ」

 自称を『我』から『私』に戻した魔王はそうガップに語りかける。自信に満ち溢れた態度で将軍は応じた。

「お任せください魔王陛下。北部に残る抵抗勢力は粉砕し、陛下が後顧の憂いなく攻略に取り組めるようにいたします」

「うむ、頼もしいな。シャルル参謀長、君もガップ将軍の補佐をよろしく頼む」

「は」

「君ならば大丈夫だ。吉報を待っているよ」

 うなずいたあと、魔王はどこかすまなそうな顔をガップ将軍に向ける。

「できることならば第二軍とはともに進発したかったのだが、編成が間に合わなかった。同時に二方面で攻勢を開始すれば敵をより疲弊できてよかったのだが、将軍には苦労をかける」

「なに、この程度の遅れ何ほどでもありません。それに陛下、同時攻撃にこだわるならば今からでも可能です。すでに歩兵軍団の編成は完了しておりますから」

 ガップの言葉に魔王は今度こそ苦笑する。

「あわててなくてもよい。私の三魔戦術は、歩兵、魔獣、ドラゴンがすべて揃ってこそ真価を発揮するのだ。軍を行動させるのは編成が完了してからでよい」

「はあ」

 納得のいってなさそうな相槌だった。将軍の顔にはありありと『人間の古城など、歩兵だけで潰せるのに』と書いてある。

  魔王は再び苦笑する。

「ガップ、君の気持ちもわかる。長く輝かしい戦歴を持つ将軍からすると、三魔戦術が今ひとつ理解しづらいのだろうな。だがこれは私の率いる新しい魔王軍の根幹だ、どうか飲み込んでくれ」

「とんでもない、陛下の新戦術に異論などありませぬ。ただ、敵がそれほど強力であるかは、ちと疑問ですな」

「敵がこちらの想定より弱ければそれに越したことはない。ま、弱兵にも全力を持ってというやつだ。それにセプテム城を攻略したら今度は帝国西方領北部の蹂躙という仕事が待っている。将軍に渡した五万は決して多すぎる数ではないよ」

 そう言って、魔王はシャルルに目を向けた。

「シャルル、聞いてのとおりだ。まだ三魔戦術に不慣れなガップ将軍をよろしく補佐してやってくれ。将軍、シャルル参謀長は私の三魔戦術を完全にマスターしている。彼女の言葉は私の言葉と思い、従ってくれ。不明な点があればなんでも彼女に聞きなさい」

「承知いたしました。軍師まで配されたる陛下のご厚情に感謝いたします」

 口ではそう言ったものの、ガップ将軍はじろりとシャルルを一瞥しただけだった。その姿に魔王は小さな不安を浮かべる。


『軍師、か。ガップ将軍はまだ参謀という役目もよくわかっていないようだ。しかしガップ将軍とて歴戦の老将。戦場では軍理に基づいて判断を下すはず。戦場では論理と効率のみが支配する。戦いを進めていけば参謀や三魔戦術の有益性もわかってくれるだろう』


 魔王はそう考えて不安をかき消した。

「では私は出発する。あとは頼む」

「お任せください、陛下」

「ご武運を、陛下」

 ガップ将軍とシャルルの敬礼に見送られ、魔王は乗騎をめぐらし本軍の軍列へと向かっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ