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ワイバーン戦 2

 エイルが光剣を両手で握り構えると、もう一頭のワイバーンは警戒するように後退りした。急に魔力出力を二倍も三倍も増幅させた敵に、本能的な恐怖を覚えたのだった。しかしエイルは反撃の機会も与えない。

「セイッ!」

 強化された脚力により一瞬で距離を詰めたエイルは、ワイバーンの片足に向かってライトサーベルをひと薙ぎする。光り輝く超高熱の刃の前には竜種の強固な鱗ですら防ぐことはできない。ズパッ! と片足を両断されたワイバーンは甲高い悲鳴を上げた。

「ギィヤアアアアアア!!!」

「まだまだ!」

 地面へと倒れ込んだワイバーンの首へエイルは止めの斬撃を放った。魔物の中でも生命力が飛び抜けて強い竜種は、首を切断しない限り即死しない。胴体を二分されても平気で数日は生きるのだ。白熱する光刃で首を切り落とされ、さすがのワイバーンも眼から光を失った。

「よし、次!」

 エイルが振り返ると、やや後方にいた三頭目のワイバーンがさらに後ずさった。かなわないと悟ったのかもしれない。大きく背中の翼を広げ、離脱の準備をする。

 ここまでされて逃がすわけにはいかない。呪文詠唱している時間はないと判断し、エイルはライトサーベルを持ったまま駆け出した。

 しかしワイバーンのほうが一歩早かった。エイルがワイバーンの元へと辿り着く前に、翼竜は巨大な翼を広げ地面から飛び立ってしまう。

 翼が生み出す風圧で思わずエイルがのけぞる間に、ワイバーンは悠々と飛翔を開始した。

 翼をはためかせ空へと浮かび上がっていくワイバーンを見つめるエイルの元へラウラがやってくる。

「エイル様、お怪我はありませんか?」

「ありがとう、私は無事だよ。ラウラは大丈夫だった?」

「私のことなど。こんなことならお側を離れるのではありませんでした。それにしても最後の一頭を逃したのは悔しいですね」

 ラウラが言葉通りの表情で、東の空に小さくなりつつあるワイバーンを睨みつける。それを見たエイルは小さく微笑んだ。

「それも、大丈夫だよ」

「え?」

「リフィアなら、あの距離でも当てるから」

 バシュッと鋭い弓の音が響いたのはその直後だった。青い光条は空中にいるワイバーンの左翼を直撃し、巨大な氷の華を咲かせる。片翼を失ったワイバーンは錐揉み状態になって落下した。

「…………」

「ね?」

 唖然とするラウラに笑いかけてから、エイルは後ろを振り返る。一キロ近い距離を狙撃する神業を見せたリフィアが、笑顔で駆け寄ってきた。

「エイル、ラウラさんも。無事で良かったわ」

「リフィアも。最っ高の腕前だったよ」

「あら、私はまだ本気を出してないわよ」

 リフィアはサラッとそう言ってのける。魔力による身体強化や風魔法を複雑に操る長距離狙撃弓術は、扱うのも非常に高度な技だ。それだけで中級魔法に匹敵する魔力を消費するため多用はできないが(エイルが城塞戦で普通に弓矢を使っているのもそのためだった)、ここぞというときにとても頼りになる。

 リフィアが副団長で良かった、とエイルは改めて思った。

「まだ生きてるワイバーンは拘束しないとね。負傷した人の治療もしないと」

「できたら瓦礫の撤去もしたいわね。道だけでも通れるように慣れば負傷者の運搬も避難も楽になるし」

「エイル様、リフィア様、この街の衛兵がようやくやって来たようです。ひとまずは彼らに任せて私達は強力するだけでよろしいかと。騎士団員の無事も確認しないといけませんし」

 ラウラの言葉通りマルメーヌの守備兵が大勢襲撃現場にやってきた。彼らに状況の説明とワイバーンの引き渡しをしたエイルたちは、その後街の各地に散っていた騎士団員全員の無事を確認し、さっと負傷者の救護と治療を行い夕刻街を後にした。



 マルメーヌからの帰り道、再び馬上の人となったエイルとリフィアはワイバーンの襲撃について話し合う。二人の顔は憂鬱だ。

「まさかこんな後方の街まで襲われるなんて思わなかったな」

「結界の穴はすぐに修復したし魔物探知も強化するという話だったけど、不安ね。せめて魔王軍がどんな隠蔽魔法を使ったのかわかればいいんだけど」

「痕跡は街のお抱え魔術師と冒険者が協力して解析するっていってたね。うちにも情報は回してくれることになったから、私達もできるだけ分析しよう」

「今回の魔王軍は次々新しい手を使ってくるわね。いままでの常識が全然通用しないわ」

「たぶん、敵の指揮官がそういう人なんだよ。新しい手法はどんどん試して見るタイプの。そういう軍隊は爆発的に強くなるから厄介だな」

「なにか、こちらもできることはないかしら」

「……考えたんだけどさ」

 夕闇をせまる森の中で、エイルはリフィアを見つめる。

「避難民の護送も含めて毎日必ず騎士四班をマルメーヌに派遣するのはどうかな。派遣騎士はそのまま一泊して、次の日に帰還する。今までは人手が足りないから日帰りが前提だったけど、この方が街に騎士が常駐することになるし、街の人もいくらか安心してくれるんじゃないかなって。四班あれば今日みたいな襲撃は問題ないと思うし」

 魔法甲冑を身に着けた騎士はワイバーンすら一人で倒すことができる。街を守るには十分な戦力と言える。これから避難民を受け入れてくれるマルメーヌの街は、パナケイア聖騎士団にとって大事な隣人だ。

 何より。

 セプテム城が陥落したら次に襲われるのはマルメーヌなのだ。

 今日の護送任務を経験して、エイルはあの街も守り抜くと強く決意していた。

 そんなエイルの意思が伝わったのか、リフィアは穏やかにうなずく。

「賛成よ。ただどう人員をやりくりするかは、話し合わないとね」

「はあ〜〜、どこでも人手、人手、人手不足だね」

 非戦闘員の修道女まで入れても総員一二〇〇名の騎士団は常に人が足りない。なにか方法を考えないと、とエイルは東の夜空に浮かび始めた星を眺めながら思った。


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