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ワイバーン戦

 街の南方にある居住区にたどり着いた二人は、信じがたいものを見た。

「――ワイバーン!」

「三頭も!? どうしてこんな街なかに」

 居住区ではワイバーンが逃げ惑う人々を襲っていた。竜種では小型の翼竜に分類される魔物だが、身の丈は3メートルを超えている。ワイバーンが降下したであろう地点では、石造りの住居が見る影もなく踏み潰され崩れさっていた。

「守備兵は一体何を? 対竜警戒をしていなかったの」

「私達だって気づかなかったんだ。方法はわからないけどなにか特殊な魔法で偽装して飛んできたんだよ」

 そう、これは襲撃だとエイルは直感していた。

 竜というのは人類にとって恐るべき魔物だ。巨竜であれば災害に等しい。ただ強大すぎる力を持つゆえに、その存在を把握することだけは容易だった。ワイバーンのような小型種ですら人間の魔力感知に必ず引っかかる大きな魔力量を持っている。さらには空を飛ぶ姿も独特の鳴き声も、竜の存在を広く知らしめ遠くから簡単に見つけることができる。他の生き物から隠れる必要がない竜種ゆえの特性だ。

 仮にマルメーヌを守る守備兵や冒険者が全員寝ぼけていたとしても、ワイバーンの襲来を見逃すことなどありえない。竜という魔物の放つ圧迫感はそれほどのものだった。街がワイバーンに無警戒だったわけではない。おそらく魔王軍が、ワイバーンの存在を隠蔽する魔法を使ったのだ。普段十数頭以上の群れで行動するワイバーンがたった三頭しかいないというのも、その偽装工作のためと考えられた。

 ただ、普段ワイバーンの奇襲などというものを想定していないだけにマルメーヌ市民の混乱はひときわ大きかった。

「グルルルルオオオォッッ!」

 ワイバーンの放った咆哮に、人々は誰もが血相を変えてその場から一歩でも離れようと逃げ惑う。子供も、夫婦も、若者も、老人も、暴力的な死から遠ざかろうと必死に駆け回っていた。逃げ回る人々を追い立てるようにワイバーンの吐くブレスは街路を焦がし、新緑の眩しい植木を灰に変える。先程までエイルが心から守りたいと思っていた平和な街の景色が、無惨に破壊されていく。

 子供の手を引いていた母親が足をもつれさせ転倒した。背後に迫った一頭のワイバーンは凶悪に歯を打ち鳴らすと、その巨大な口を開けて襲いかかった。

「っっ!!」

 間一髪、魔法障壁を展開したエイルが間に入り親子を守る。ガギンッ、と白く輝く光の壁に阻まれたワイバーンは忌々しそうに牙をむく。かなりの勢いでぶつかったのに、その長大な牙には傷一つない。小型でもさすが竜種の耐久性。

 エイルはワイバーンの突進を受け止めて腕に軽いしびれ感じていた。魔力で強化された肉体がなければ親子もろとも吹き飛ばされていただろう。

「あ、ああ……」

「リフィア、この人達をお願い!」

「任せて」

 あまりの恐怖に呆然として立ち上がれないでいる親子を、リフィアが両脇に抱えて脱出させる。ほっと息をつく暇もなく、エイルの前のワイバーンは再び口を大きく開けた。

 今度は突進ではない。ワイバーンの喉奥に、赤々と輝く炎が見える。

「っ!」

 エイルはすぐに魔法障壁を倍加させた。直後、紅蓮の奔流がエイルへと襲いかかる。緩やかな丸みを帯びる魔法障壁によって二つに区切られた炎が、背後の街路をなめ尽くした。

 ワイバーンのブレスの射程は3メートルに及ぶ。魔法障壁で防ぐことはできるが、このままでは居住区の人家へ延焼しかねない。エイルは光属性で作った魔法障壁の上に氷属性の障壁を重ねがけし、すこしでもブレスの勢いを殺そうと試みた。

「ぐっ、うううう!」

「! エイル、左!!」

 リフィアの声が聞こえて左を向いたエイルは、初めて二頭目のワイバーンが間近に迫っていたことを知る。正面のブレスを防いでいたため周囲が見えづらくなっていたのだ。あわてて左手を向けてさらなる魔法障壁を展開した直後、二本目の火柱が襲いかかってくる。

 障壁の展開はぎりぎり間に合ったが、両手の自由を奪われてエイルはまったく身動きが取れなくなった。正面と左側面二方向からのブレス攻撃など障壁で防ぐので精一杯だ。灼熱の炎を浴び続けるエイルの頬に、冷たい汗が流れる。

「まっずいな……。鎧がないとジリ貧だよ、これ」

 魔法障壁は大きく魔力を消費する。そもそもが避けられない攻撃に耐えるため一瞬的に発動する魔法なのだ。常時展開するようなものではない。しかもエイルはいま四枚同時に展開しておりその消耗は一枚の比ではない。莫大な魔力を持つ彼女でもこのままでは魔力切れを起こす。

 その前に敵のすきをついて逃げ出すか攻撃するかしないといけないが、両手がふさがっているために腰にさしている光剣ライトサーベルも抜けない。といってブレスが続いている間は防がないとマルメーヌの街に火が燃え広がってしまう。そしてワイバーンの火勢はもう三〇秒以上もたつというに一向衰える気配がなかった。

「ぐうううっ、せめて鎧があれば戦えるのに! こいつらいつまでブレス吐いてるの!」

 ヒュンッ。

 その時、紅蓮の奔流を切り裂く青い流星がエイルの頭上を奔った。灼熱のブレスが突如勢いを失う。炎を吐き出していたワイバーンの口内には深々と氷の矢が突き刺さっていた。

 思わずエイルは振り返る。一〇メートルほど後方で、リフィアが自身の銀弓を構えていた。空中から鋭く尖る氷の矢がまたたく間に形成され、新たにつがえられる。

「リ、リフィア〜〜〜〜!!」

「エイル、よそ見をしないで。まだワイバーンを倒したわけではないのよ」

 そうだった。正面のワイバーンは口中を矢で貫かれてなお眼を爛々と輝かし倒れる気配もない。恐るべきは竜種の生命力だった。氷の矢を牙で噛み砕いたワイバーンは天に向かって号吼する。

「グオオオオオオ!」

「あら〜、かえって怒らせちゃった感じ?」

「来るわよ!」

「とりあえずライトサーベルだけでも……」

 エイルが腰に下げている光剣(ライトサーベル)の柄を取る。魔力で編まれた刀身を現出させようとしたその時、誰よりもありがたい援軍が到着した。

「団長、副団長! ご無事ですか!?」

「ラウラーー! 待ってたよーー!!!」

 別の通りから従士長のラウラが息せき切って駆けつける。彼女の両手には金属製の銀色に輝くトランクが握られていた。

「エイル様! 携帯型魔法甲冑です、投げますよ!」

 言うが早いかラウラはトランク状のそれを宙高く放り投げる。それが何なのかわかるはずもないが、本能的な危機感からかワイバーンの一頭が顔の角度を変えた。しかし口からブレスが放たれる前に、片側の目へ氷の矢が突き刺さる。

「ギャオオオオオ!」

「エイル今のうちに!」

「ありがとうリフィア!!」

 片手で魔法障壁を展開したまま、エイルがもう片手でトランクをガッチリとつかんだ。

 エイルが触れた途端、トランク――携帯用軽装魔法甲冑は即座に起動する。まるで命を宿したように内部から輝きだし、表面に無数の亀裂がはしった。ガシャン、と金属音を鳴らして内側から開き、次々と各部パーツに展開する。

 軽装魔法甲冑は、エイルの意思に従い自動的に身体へと着装された。まず取っ手を握っていた右腕を花のように開いた金属鎧が多い、手甲を形作る。前後に開いた胸甲がエイルの胴部と背部をすっぽりと包み込み、すぐに形を変化させてぴたりと密着する。

 少女の全身が次々と甲冑に覆われていく様にただならぬものを感じたのか、ワイバーンはさらにブレスの火力を強めた。すべてを焼き尽くす熱波が勢いをまして襲いくる。しかしエイルの魔法障壁を崩すには至らない。

 ついに魔法障壁を展開している左腕まで手甲が覆って全身の魔法甲冑が装着完了した。最後にガチンと音を立てて兜が閉じ、アイレンズに白い光が灯る。

  エイルは魔法障壁を解除すると、ワイバーンの吐く炎の渦へまるで自ら飛び込むように駆け出した。

 灼熱のブレスを物ともせず、魔法甲冑は炎を完全に防ぎ切る。

 ワイバーンに懐へと潜り込んだエイルは、勢いを殺さず加速を付けた回し蹴りを放つ。

「ハッ!」

 腹部に強力な蹴り技を受けたワイバーンは後方に吹っ飛び、崩壊した家屋の瓦礫の山へと突っ込む。派手な音を立てて瓦礫に埋まったワイバーンは、口から血を吐き出すとガックリと力なくうなだれた。この程度でワイバーンは死なないが、意識を失ったらしい。

 ワイバーンを軽く一蹴したエイルは、あらためてライトサーベルの柄を握り直し光刃を顕現させる。魔力編まれた白い光を浴びながら、兜の中で不敵に笑った。

「さあ、反撃開始だね!」

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