表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/78

「少女たちの戦争」3

 ――現在。

 敵の軍勢を見届けたエイルとリフィアは塔を降りて城塞内へと戻った。

 城では敵軍襲来を告げられた騎士団の団員たちが戦闘準備に駆け回っている。急いで甲冑(かっちゅう)を身に着ける騎士や、弓矢を抱え持ち場へと走る従士が慌ただしく動いていた。

「私は魔法甲冑をつけてくる。リフィアは先にみんなへ指示を出しておいて。作戦通りに」

「わかったわ。では城門の外で会いましょう」

 リフィアと別れたエイルは急ぎ団長室に向かう。かつてはセプテム城の城主の間であった場所の扉を開けると、エイルの筆頭従士(ひっとうじゅうし)ラウラが白銀の甲冑を用意し待っていた。

「ラウラさん」

「お待ちしておりましたエイル様。魔法甲冑の最終整備は既に済ませております。いつでも着装できますよ」

「さっすが準備が早いね、ありがとう!」

「恐縮です。それからエイル様、私のことはどうかラウラとお呼び捨てになってください」

「ううっ……!」

 ラウラから深く腰を折って一礼され、エイルは戸惑った。

 エルフ族のラウラはエイルより遥かに年上で年齢は三百歳を超えている。パナケイア聖騎士団最古参の団員で、歴代の騎士団長に筆頭従士として仕えてきた。騎士団の歴史の生き証人とも言えるような存在で、エイルにとっては大大先輩にあたる。そんな人から急に呼び捨てにしろと言われても、簡単にはうなずけない。本来ならエイルのほうが敬わなければいけない人なのに、ラウラは新しい騎士団長の従者として忠実に働いてくれていた。少々忠実すぎるくらいだった。

 エイルとしては、ほんの一週間前まで騎士団長の筆頭従士として仰ぎ見ていた人を急に従者扱いするのは無理がある。ラウラはラウラで頑なに自分を従士として扱うようエイルに進言するのだった。

 従士(じゅうし)とは戦場で騎士の補佐をする歩兵のことで、パナケイア聖騎士団では一人の騎士に付き四人の従士が付くのを基本編成としている。騎士団長だけは特別扱いで五人の従士が付き、その筆頭従士がラウラだった。また従士全体を取りまとめる従士長(じゅうしちょう)もラウラが担っている。

 エイルの他の従士はいま作戦のためにこの場にはいない。ラウラだけが主人の戦闘準備の為待っていてくれたのだった。

「ご、ごめんラウラさん……。あっ」

「エイル様の戸惑いはお察しいたしますが、今はあなたが騎士団長なのです。どうか毅然としたお振る舞いを。さあ、甲冑の起動をお願いいたします」

「う、うん」

 エイルは自分の甲冑――魔法甲冑の前へと立つ。胸に埋め込まれた炉心宝玉(ろしんほうぎょく)が反応し白く輝き出した。魔法甲冑が光に呼応し主を迎えるように各部が分解、展開する。

 エイルは後ろ向きになると背中を預けるように魔法甲冑へと身を寄せた。すぐに甲冑はエイルの身体を包み込み、自動で装着されていく。胸甲(きょうこう)腕甲(わんこう)籠手(こて)腰鎧(こしよろい)脚甲(きゃっこう)鎧靴(がいか)。澄んだ金属音を上げながら、ある部分は伸縮しある部分は関節に合わせて継ぎ目を作り、エイルの身体にピッタリ合うよう微細な調整をかけて隙間なく全身を覆っていく。

 最後に(ヘルム)がエイルの顔を上から覆って魔法甲冑の装着は完成した。すべての装着まで30秒もかかっていない。接続された炉心宝玉から莫大な魔力が流れヘルムの眼部が白い光を発する。まるで甲冑に命が灯ったようだった。

 兜の眼部(アイレンズ)は錬金術で強化された特殊瑠璃(ガラス)で覆われており、実際の穴が空いているわけではない。兜内部には千里眼術式を応用した魔術で外の光景がそのまま投影されており、360度視界は開けている。注視したいものがあれば意識を向けるだけで拡大望遠するし、矢の射程や予測照準、敵の動きの予測起動など様々な戦闘補助を行ってくれる。

 兜だけではない。全身の甲冑は魔術機動(マジックブースト)でさらなるパワーを上乗せしてくれる。それは魔力による身体強化だけで鎧を操る普通の騎士よりさらに早くなめらかに動けることを意味した。魔法甲冑は現在ある魔術、錬金術、冶金(やきん)術の粋を極めた最強の装備なのだった。これを可能にしたのは騎士の胸部に埋め込まれた炉心宝玉と、すべてを用意できるパナケイア女子修道会の潤沢な資金のおかげだった。魔法甲冑は強力だが作製に莫大な費用がかかるために、普通王侯や大貴族しか持つことは出来ない。しかしパナケイア騎士団は、騎士全員に魔法甲冑を用意していた。

 二百人分、しかも全てミスリル銀製で揃えているのは人間大陸ではパナケイア聖騎士団だけだった。パナケイア女子修道会が各地におく支部と領地、また貴族や富豪からの寄進の運用で生み出す莫大な財力のおかげだ。

 魔法甲冑を装着したエイルが一歩前へ出る。白銀の剣と盾を装備し武装が完了したところで、ラウラが手際よく魔法甲冑の動作を確かめていった。魔法甲冑は一人でも脱着が可能だが、先端技術の塊であるため最新の注意を払って損はない。

「各部問題ありません。起動完了です」

「ありがとう。それじゃあ作戦通り私は城を出て戦うから、ラウラさんは城壁で従士隊の指揮をお願いね」

 甲冑越しでもエイルの声はよく響いた。甲冑にはそうした機能もあるのだった。

 エイルの指示を聞いていつもなら打てば響くように返事をするラウラが、その時珍しく口ごもった。

「……その、エイル様、差し出がましいようですが、どうかお気をつけてください」

「うん?」

「恥ずかしながら、私は従士としてずっと騎士様を補佐し魔物と戦ってまいりました。騎士様のそばを離れるのは今回の戦が初めてなのです。もちろんエイル様の采配を疑うわけではありませんが、どうしても不安で」

 本来騎士は騎乗して敵陣に突撃し、脇を歩兵である従士に守らせるのが常だ。しかしエイルは今回、騎士と従士を完全にわけて別部隊として用いようとしていた。戦歴の長いラウラにとっても主人である騎士のそばを離れて戦うのは初めての経験だった。

 ラウラは、いつになく切羽詰まった瞳でエイルを見上げる。

「どうか、どうかお気をつけください。私が駆けつけられないところでエイル様になにかあったら、私は前騎士団長(ブリジッド)様に申し訳が立ちません」

 エイルは、甲冑越しでも温かみのある声でそれに答えた。

「ありがとう。それといきなり慣れない戦い方をさせてごめんなさい。でも大丈夫。私この作戦には自信があるんだ。きっとうまくいくよ」

 エイルは嘘をついた。エイルとしても自分の作戦に万全の自信があるわけではない。何しろ今回が騎士団長としては初陣なのだ。前騎士団長ブリジッドが自分を指名した理由も、自分の才能にも自信はない。

 それでも、今回の作戦は最も騎士団の損害が少なくなるようエイルなりに考え抜いた作戦なのだ。自分の才能に自信があるわけではないが、誰も死なせたくないという思いに迷いはないとエイルは思っている。

 だから、たとえ空元気でもエイルは笑顔でラウラを励ました。

「安心して、ラウラの信頼を私は裏切ったりしない。それにね、私は自分だけじゃなく、騎士団の誰も死なせないつもりだよ」

「――は、エイル様を信じます。そしてどうかご武運をお祈り申し上げます」


 エイルが城門を出ると、すでにパナケイア聖騎士団の騎士隊は勢揃いしていた。白銀の甲冑は陽光を浴びて眩しいほどだ。ただ美しいだけではない。ミスリル銀の甲冑は弓矢や剣といった物理武器を防ぐのはもちろん、魔術攻撃による防御力にも優れたものがあった。中級魔術は完全に防ぎ、上級魔術でも威力を半減する。

 たった二百名。それでもエイルは地上で最も頼もしい存在であるように感じた。何しろ全員がエイルより年上で、戦歴も豊富なのだ。最年少なのに騎士団長となってしまったエイルが一番頼りないとも言える。

 エイルが現れると騎士たちは全員が視線を向けた。先輩騎士二百名からの注目を浴びてエイルはたじろぐ。戦闘とはまた別の緊張感が彼女を包んだ。そもそもエイルは人から注目されるのが苦手だった。団長としてこれから指揮しなければならないのに、頭の中が真っ白になる。

「あ、あと……ええと……」

 なにか言わなくちゃと思うほど、何も言えばいいかわからなくなる。騎士たちは誰も冷やかしたりせずエイルの言葉を待っていた。そこには先輩らしい包むこむような優しさがある。

 それを見てエイルは、変に格好つけることをやめた。どうせ自分が一番後輩なのだ、と開き直りのような心境になる。騎士団長として命令を出す、ではなく先輩騎士に頼み事をすると思うと、心が軽くなった。

 エイルはすこし考えてから、甲冑の兜のみ外し顔を外に晒した。魔法甲冑で声量を上げることもできたが、エイルはあえて自分の声で呼びかけることにした。

「みんな、まずは出陣ありがとう。一昨日ようやくこの城にたどり着いたばかりなのにすぐまたこうして敵を迎えて、それでも戦ってくれるみんなには本当に感謝しています」

 エイルはそこで、大きく息を吸い込んだ。

「私達はこれから三千近い魔物を迎え撃ちます。逃げられません。私達が逃げたら、ここに避難してきた人たちがみんな魔物に襲われてしまいます。ここまで必死に助けて、逃げ延びてきたのに、いまさら見捨てるなんてできません。だからみんな――戦おう」

 騎士たちが一斉にうなずいた。

 誰ともなく騎士団員たちも甲冑の兜を開いた。一番初めはリフィアであったかもしれない。

「はいっ」

「もちろんです団長」

「任せてください」

 力強い返事が次々と上がる。弱い人達を守るのはパナケイア聖騎士団の務め。戦いを厭うものは誰もいなかった。

 全員を見回してエイルはうなずく。

「戦って城にいる人たちを守ろう。もちろん騎士団のみんなも死なせたりしない。私ががんばって指揮するから。……なんて、一番新入りの私が言っても安心できないかもだけど」

 エイルはそこで、列の端にいる第四騎士隊長にそっと視線を向けた。第四騎士隊長のメングラッドはただ一人厳しい視線をエイルに送っている。彼女はエイルの騎士団長就任に唯一反対した隊長だった。

「みんな思いは色々あるだろうけど、今は私を認めて、信じてほしい。今日、この戦いだけはどうか一緒に戦って。お願いします」

 騎士全員が再びうなずく。メングラッドも渋々ながらうなずいてくれたことがエイルには嬉しかった。

 大きく息を吸い込む。エイルは、騎士団長として最初の命令を発した。

「騎士団総員、甲冑着装」

 騎士たちの兜が一斉に音を立てて閉じる。甲冑のアイレンズに光が灯った。

「作戦通りに戦闘配置。――戦いを、開始します」

エイル

・姓名:エイル・ディ・アルタヴィッラ

・パナケイア聖騎士団第83代騎士団長(グランドマスター)、第一騎士隊騎士隊長

・18歳

・髪:薄桃色

・身長161cm

・ソラン帝国南方領、ラティアノ半島出身

・元○○

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ