副団長が愛でてくる
「氷の副騎士団長、ねえ」
テーブルに座り込んだままエイルはひとりごちる。二人分のジェラートを買い嬉々として戻ってくるリフィアにそんな二つ名は想像もつかない。エイルに姉妹はいないが、その姿は優しいお姉さんそのものだった。
「おまたせ。こっちがチョコとストロベリー、もうひとつがハニーシトロンなんだけどどっちがいいかしら?」
「じゃあ、チョコとストロベリーで」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
リフィアがカップを差し出す。ジェラートはラティアノ地方で一般的なデザートだが、エイルも食べるのは久しぶりだった。ピンクと焦げ茶色のコントラストをすこしずつ崩しながら口へ運ぶ。
「ん〜〜、おいしい!」
「ほんとう。本場の職人さんが作っているのかしら」
「リフィアはソルベ(※ソラン帝国中央部で人気のデザート。冷たくて甘い)のほうが好みじゃないの」
「どちらも好きよ。でも、外で食べるジェラートはいいわね。ふふ、こうしているとなんだか観光に来たみたい」
エイルも同感だった。目に入る景色もシチュエーションも、穏やかな休日の午後そのものだ。
「リフィアもこっち一口食べない?」
「いいの? じゃあ、あーー、ん」
エイルがスプーンを差し出すとリフィアは素直に口で受け取った。やってしまってから、行儀が悪いと怒られるかと思ったが、リフィアは気にした様子もなくおいしそうに口元を綻ばせる。
「ん、チョコとストロベリーもおいしいわね」
「あ、う、うん、そうだね」
あっさり食べてもらえたことにエイルのほうが戸惑って、喉元が詰まったような返事になる。教官時代、一際礼儀作法に厳しかったリフィア先生はどこへ? 目の前でニコニコしている副団長のリフィアと、マナーの鬼と呼ばれたリフィア先生は同一人物なんだろうか。
エイルが静かに混乱しているうちに、今度はリフィアが自分のジェラートをすくって差し出した。
「エイルもどうかしら?」
「んん!? いいの? い、いただきます」
食べさせあいっこにまさかマナーはないよね? と内心ドギマギしながらエイルがリフィアのスプーンから一口もらう。口の中ではちみつの甘味とシトロンの爽やかな酸味がお互いを引き立て合っている。
「おいしーい」
「よかった」
リフィアが朗らかに笑った。その口元を、艶のある唇から目をそらす。ジェラートを食べているのに、なぜだか頬が熱かった。
なるほどこれかあ、と一人納得する。たしかにエイルはリフィアからずいぶん可愛がられているようだった。
これまでは、先輩騎士として副団長としての使命感と親愛からだと思っていたけれど。
どうやら自覚していなかっただけで、エイルはずっとリフィアに甘やかされていたらしい。
「……ありがとうね、リフィア」
自身のことに無頓着なエイルは、自分が向けられている視線にも鈍感だった。知らなかっただけで、リフィアはずっと見守ってくれていたのだろう、と。
リフィアはキョトンとする。
「そんなにおいしかった? このジェラート」
「うん、とっても」
そう言ってエイルがジェラートの最後の一口を口に運ぼうとした時。
ギイイイイイン!
鉄板を力任せに引き裂いたような音が空から響いた。耳に残る不快な残響にエイルは思わず顔をしかめる。
「え、なになに?」
音の正体へすぐ察しを付けたのはリフィアだった。
「この音まさか、結界が破られたの!?」
「え? 街の結界が?」
リフィアにつられて音のした方角へ顔を向けると、確かに街の空全体に張り巡らされている対魔結界に穴が空いていた。その下ではかすかに煙のようなものが立ちのぼっている。
「エイル」
「リフィア、行こう!」
直前まで気を緩めていたにもかかわらず、エイルとリフィアは俊敏に立ち上がった。即座に体内の魔力を活性化させる。甲冑によるパワーアシストはないものの、これだけで筋力や俊敏さは向上する。
強化された脚力で広場を飛び出した二人は、風のような速さで爆発現場へと向かった。