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買い物へGO!

 2時間ほどかけてエイルたちは無事マルメーヌの街についた。街の代官にすでに話はついており避難民の引き渡しもスムーズに終わる。街の衛兵による保安確認は厳重になっていたものの、やり取りは迅速に行われた。事前に街の代官には避難民を受け入れる見返りとして、金貨一〇〇〇枚がパナケイア女子修道会より支払われるという証文が送付されている。

 エイルは避難民一人ひとりにも、騎士団の乏しい手持ちからなんとか銀貨二〇枚ずつを支給し、加えて大陸全土のパナケイア女子修道院に対する紹介状も渡していた。避難民が修道院までたどり着くことができれば手厚い保護が約束されている。

 避難民はすでに帝国に見捨てられたも同然だ。国家からの庇護と支援が受けられるとは思えない。ならばせめて、騎士団としてできる限りのことをとエイルは考えたのだった。これから籠城戦を控えている騎士団にとって手持ち資金が目減りするのは痛いが、幹部も騎士団員も誰も反対しなかった。

 それに、騎士団本部からの送金は手形を介してマルメーヌの街でも受け取れる。それが届けば資金問題はすぐに解決するはずだった。

 避難民の護送が終わったあともまだ仕事は残っている。今度はマルメーヌの街で食糧や武器、城塞補修用の資材などを発注し、すぐに手に入るものに関しては馬車に積み込んで持ち帰らなければならない。護送任務の帰り道はそのまま補給物資の調達任務を兼ねていた。

 さらに、食糧など大量に発注する物資以外にも細々買わなければならないものがあった。



「やあっと終わった〜」

 買い物を終えたエイルとリフィアは、マルメーヌの中央広場で休憩を取ることにした。エイルが伸び切った猫さながらにぐでんとテーブルの上へ突っ伏す。

「お疲れ様、エイル」

 その姿を見てもリフィアは注意したりはせず、くすくすと品よく苦笑した。

 エイルとリフィアが座るのは中央広場で誰でも自由に休めるよう設置されたテラス席だ。足元には、大量の買い物袋が所狭しと並べられている。これらは全て街の商会ギルドにまとめて発注することのできない細々とした品々で、要するに留守番している騎士団員のお使いだった。

 街中なのでエイルもリフィアも魔法甲冑は脱ぎ、胸に赤色の十字が縫い取りされた白地の騎士団制服姿となっていた。リフィアは制服の上から、同じく白地に縁を銀糸で装飾された短マントを羽織っている。銀の縁取りはリフィアが個人で帝都の服飾店に依頼したもので、優美に洗練されたデザインをしていた。マント自体は騎士団から支給されるが団員たちは華美にならない程度にそれぞれ改造を施すのが隠れた伝統となっている。

 エイルとリフィアは珍しくふたりきりとなっていた。他の従士はまだマルメーヌの街を回って補給物資の手配とそれぞれのお使いに奔走している。団長秘書兼従士長のラウラも馬車への物資積み込みのため別行動を取っていた。

 テーブルに頬を着けたまま、エイルは見るともなく広場の様子を見る。

 中央広場はちょっとした公園として整備されていた。中心には噴水があり、それを囲むようにして街路樹が均等に植えられている。その下には人々が休めるテーブルと椅子があり、更にその広場を囲むようにして食べ物屋や土産物屋がぐるりと軒を連ねていた。 街のどこよりも美しく敷き詰められた石畳はいまも清掃員によって磨かれており落ち葉ひとつ無い。

 広場の光景はいたって平穏だった。噴水の周りでは子どもたちが元気いっぱい遊び、それをやや離れたところから家族が見守っている。春の陽射しはやわらかく広場に降り注ぎ、ベンチでは日向ぼっこをするように老夫婦が膝の上に猫を乗せて座っていた。売り物屋の声は高く、それに呼び込まれて散歩中らしい若者が足を止めている。

 その光景を眺めてエイルは思わず呟いた。

「平和だね〜」

 任務中でなければ、このまま昼寝でもしたい気分だった。他のどの街とも変わらない穏やかな午後の風景が、そこにはある。

「この街にいると、魔王軍が侵攻中だってこと忘れちゃいそう」

「実際、マルメーヌはまだそれほど危険ではないからね。魔王の侵略地域はここから二百キロ近くも離れているし、予想侵攻路からも外れているもの。この街の人達にとっては、まだ戦争は遠い出来事じゃないかしら」

「できたら、遠い出来事のままで終わって欲しいよ」

 人々の日常見ると、これこそ騎士団の守るべきものだと強く感じさせられる。戦場にいると日常のことが希薄になり精神が常に戦いのことに持っていかれてしまうから、こうして平和な光景を見ることは大切だった。戦場には戦場に向いた精神があるが、そればかりだといずれ人間らしさを失ってしまう。

 マルメーヌへの護送は騎士団員にとってもいい休養になるかもしれないと、エイルは思った。騎士団員には順番に護送任務を割り振って、この光景を見せることが必要ではないか。セプテム城でももちろん休息日は設けているけれど、戦場での休息と平和な場所での休息はやはり意味が違う。

 避難民の護送任務にはすこし多めに人数を割り振ってもいいかもしれない。人手は足りないが、これから何ヶ月も籠城する以上騎士団員の疲労や精神の消耗には気を使っていきたい。

 そんな考えを話すと、リフィアもまたうなずいた。

「いいわね。まだ新人も多いし、騎士団員のケアは大切だわ。長い戦いだもの。体力も精神力もなるべく充実させておいかないと」

「だよねー」

「あなたもよ。騎士団長になったばかりで戦いの連続。エイルにだって相当疲労が溜まっているはずだわ。たとえ身体は元気に見えてもね。あなたも、ここでくらい肩の力を抜いていいんじゃないかしら」

 街についても緊張しているのを見抜かれて、エイルはうぐっと言葉に詰まる。リフィアの言う通り、安全なマルメーヌに入っても鎧を脱いでも、身体のこわばりは解けなかった。心がまだ戦場にあるのだ。リフィアはまたくすりと笑うと、広場周囲の店を眺め、やがてひとつの看板に目を留めた。

「ちょうどあそこでジェラートを売っているわね。エイルも食べるでしょう? 買ってくるから荷物を見ていて」

 そう言うとエイルの返事を待たずさっと席を立ってしまう。あっけにとられてエイルは見送った。

「……これは、第二騎士隊の子たちが話してたとおりかもなあ」

 リフィアの従士たちに言われた言葉を、エイルは思い出す。



『団長はリフィア隊長となんであんなに仲がいいんですか』

『え?』

 それはマルメーヌの街についたときだった。手続きでリフィアがエイルのそばを離れたタイミングを見計らったように、リフィアの従士たちが話しかけてきたのだった。

『団長話している間、リフィア隊長ずっと笑顔だし』

『団長にすごいやさしいし』

『いったいどんな手を使ったんですか!? 教えて下さい!』

『やさしいって……副団長として気を使ってくれてるんじゃないかな。笑顔も、リフィアは普段からあんなんじゃない?』

『全然そんなことないですよ! リフィア隊長、第2騎士隊では「氷の副団長」って二つ名で有名なんですよ。全然笑わないし、身内にも訓練すごく厳しいし』

『私なんてエイル団長との会話で初めて隊長の笑顔見ました』

『え、そうなの?』

 騎士団に所属してから何かとリフィアは親切にしてくれたのでまったく疑問に思わなかった。

 たしかに思い返せば、騎士学校で初めて出会った時は冷厳実直で規則に厳しい教官だった。それは騎士候補生たちを教え導く立場として当然と捉えていたのだが。

 というか氷の副団長って、リフィアの魔法適性からくる二つ名じゃなかったのか。

『とにかく、リフィア隊長は団長に異常に優しいです。はっきり言って甘やかされてます!』

『どうやって気に入られたんですか! 白状してください!』

『リフィア様は第二騎士隊のものですからね! エイル団長にはあげません!』

 最後の発言はいったい何なのか。白状も何も身に覚えのないことをエイルは伝えようとして、

『――あなたたち』

 後ろから冷気そのものの声が聞こえ、エイルに詰め寄っていた第二騎士隊の従士たちはひっ、と身をすくませた。

 あ、これかあ、とエイルには奇妙な納得がある。

『なにを、やって、いるの』

 いつの間にか戻っていたリフィアが、なるほど氷の副団長の二つ名通りの顔で従士たちを見下ろしていた。心なしか周囲の温度まで数度下がったように感じられる。

『た、隊長』

『違うんです。これには複雑な事情が――』

『忙しい団長を困らせてどうするの! 早く持ち場に戻りなさい』

『は、はいいい!』

 リフィアの一喝で従士たちはあっという間に散っていった。さすが副団長、迫力あるなあとエイルはややずれた感想を持つ。

 従士に命じたときとは打って変わった態度で、少し恥ずかしそうにリフィアはエイルに尋ねた。

『エイル、急にうちの隊の子が囲んだりしてごめんなさいね。あの子達もたぶん悪気はなかったと思うのだけど……その、なにか変なことを言われたりしなかった?』

『変なこと? いや全然。それよりリフィアって第二騎士隊にはけっこう厳しいんだね』

『当然でしょう。私の隊だもの。それにうちには貴族出身の子も多いから、尚更他の団員にも模範を示さなくちゃ』

 リフィアらしいなあ、とエイルは思う。

『さすがだね、リフィアは。私ももう少し厳しい顔になったほうがいいのかな』

『エイルはそのままでいいと思うわ。エイルの作戦指揮能力はみんなが認めている。第一騎士隊の人たちもエイルにちゃんとついていっているでしょう。エイルは今のまま騎士団員を導いてくれたらいい。きびしく監督するのは副団長の私の役目よ』

 それが当然、という態度で言うリフィアに、なるほど私は甘やかされているかもしれないとエイルは思った。

 今まで見てなかったリフィアの一面を知ることができた気がして、エイルは嬉しくなる。

『えへへ』

『? どうしたの』

『いや、リフィアはいつも私に優しいなって、そう思って』

『あらそう? ふふ、これでも贔屓はしてないつもりよ』

 そう言ってリフィアはゆるやかに髪をかきあげたのだった。

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