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山峡都市マルメーヌ

 セプテム城から山中を二十キロほど北上したところに、「マルメーヌ」という街がある。

 人口は5万ほど。ベルタ街道を始めとする交通の要衝にあるため、山間部に存在しながら古くから発展してきた街だ。今、このマルメーヌはパナケイア聖騎士団にとってこの上なく重要な都市となっていた。

 セプテム城には今や四千人近い避難民がいる。これから戦場となること必至の城に、いつまでもとどめておくのはあまりにも危険すぎた。動かすことのできない重傷者、病人はそのまま城で治療を続けるが、いくらかでも自力で歩けるものは少しづつ避難を行っていく。魔王軍が再び襲来する前に、少しでもより安全な後方へ移送する必要があった。

 エイルは厳しい人手をやりくりして確保した四個騎士班、数としては二十名の騎士団員で護衛を行い避難民をマルメーヌへ移していくことにした。マルメーヌまで着けば、ひとまず避難民の安全は確保できる。その後も避難した人々には過酷な現実に立ち向かわなければならないが、何より今は命を最優先に動かなければならない。

 騎士団の所有する馬車に分乗して多い日には一日五十名を護送する。二十キロ、しかも山道を歩くのでどうしても馬車は必要だ。仮にすべてがうまく行っても避難完了まで三ヶ月かかる。実際には避難民の体調や天候によって人数は左右されるし、重傷者が動かせないのは変わらない。いつ魔王軍が攻めてくるかはわからないが、全員の避難が間に合わないことは明白だった。

『だからこそ、少しづつでも避難を進めていかないと。できることからコツコツと』

 エイルはそう考える。エイルは今、避難者の第一陣を先導してセプテム山中の山道を馬で進んでいた。第一陣の避難民は四〇名。一〇名づつ四台の馬車に乗り、その四方を騎士団員が固めている。段列の前後には騎士二名が、両脇は従士八名がそれぞれ守っていた。

 エイルの隣にはリフィアが同じく馬を進めている。騎士団長と副団長が両方護衛につくというのはやや戦力過剰だったが、最初の避難護送ということで慎重に慎重を重ねた結果だった。

 輝くような白馬にまたがるリフィアの騎乗姿は実に様になっていて、いかにも騎士然としている。さすがだなあ、かっこいいなあ、とその姿を眩しく見つめながら、エイルはリフィアへと話しかけた。

「リフィアはマルメーヌには行ったことあるんだっけ?」

「私? 今回が初めてね。騎士団に入るまでリバート州にはほとんど来たことがないの」

「私もなんだ。ハイジーやメングラッドは行ったことあるらしいんだけど」

 ソラン帝国の領土は中央大陸全土に渡っている。パナケイア聖騎士団はあらゆる国の出身者に門戸を開いているが、数としてはやはりソラン出身者が最も多かった。しかし広大な帝国故に同じ国内出身者であっても住む地域が違えば別の国ほどに文化が違う。

 リフィアは帝国中央部、ソラン州の出身。メングラッドは帝国西部リバート州の出身である。エイルとハイジーは南部ミランド州の出身だ。といっても、ハイジーはミランド州の北側、エイルはミランド州でもさらに地域色の強いラティアノ地方の生まれなので、同郷といった感覚は薄い。好きな料理や食べ物の好みなんかは似ているのだが。

 ラティアノ地方は南部に突き出た半島を中心とする、海上交易と農業、漁業で発展した豊かな地方だ。魔王軍の支配から解放されて以降急速に復興を遂げている。エイルにはもう、故郷の記憶はほとんど無いけれど。

 過去のことはなるべく思い返したくないので、エイルは現実へと目を向けた。

「最初の護衛だから私とリフィアにしちゃったけど、土地勘のある二人に任せたほうが良かったかな?」

「大丈夫でしょう。今回の目的はただの後方への護送だもの、危険は少ないわ。土地勘が必要なほどじゃない」

 リフィアの言う通り、春が訪れたばかりのセプテム山中は戦争を忘れるほどに穏やかだった。シロリンゴやギンミモザの花がそこかしこに咲き乱れ、カガミヒバリやセプテムコルリが美しい声でさえずっている。樹上を走り回り木の実をかじるマダラリスの姿もあった。

 いずれ魔王軍との戦争が激化すればこの山中もどうなるかわからないが、少なくとも今のセプテム山系に魔物の影はない。平穏な春を謳歌する生命の息吹に、騎士団も避難民も等しく心をほぐされた。特に魔王軍の上陸以来緊張のしどうしだった避難者の顔にようやく笑顔が浮かぶのを見て、エイルは内心ホッとするのだった。

 狭い山道で巧みに馬を歩ませながら、リフィアが話を続ける。

「それに、指揮官が直接実地を確かめておくのも大事なことよ」

「マルメーヌってどんな街なんだろうね」

「立派な都市よ。きちんと城壁を備えているし、帝国の代官も常駐しているわ。帝国騎士団は駐屯していないけど、冒険者ギルドもあるから大抵の魔物なら自力で防衛できるはず」

「行ったこと無いのに詳しいんだね」

「私は帝国貴族だもの、帝国内の地理や歴史は全て知っておかないといけないから」

 当たり前のようにそう言うので、いやいやそんな貴族はリフィアくらいだよ、とエイルは思った。そうだった、この人はパナケイア聖騎士団でも最も出身身分の高い、公爵家のご令嬢だったのだ。

 思えばエイルはリフィアのこともあまりよく知らない。騎士学校にいた頃は教師と生徒の関係であり、その上下は絶対的で気軽に話しかけるなど考えもしなかった。騎士団に入ってからも、エイルは騎士団長付き秘書官に抜擢されたとはいえまだピカピカの新人騎士、対してリフィアは上級騎士な上すぐに副騎士団長になっていた。やはり見上げるばかりで気軽に話しかけるなど思いもよらない。

 異常な昇進とはいえ立場の逆転した今だからこそ、エイルは初めて対等に話せるのだ。

 これは、以前から気になっていたことを聞くチャンスなのでは! そう思ったエイルはさっそくリフィアに話しかける。

「ねえねえ、リフィアって公爵家の出身なんだよね?」

「ええ、そうよ」

「公爵家の暮らしってどんななの? 私には想像もつかなくて」

「ふふ、なあに突然。そうね――スタンヴィル公爵家が私の生家。帝都にある屋敷で生まれ育ったわ。ただの自慢になってしまうけど、帝都でも1、2を争う広大な屋敷だった。使用人も数え切れないくらいいたわね」

「へ〜〜。なんでその生活を捨ててパナケイア聖騎士団に入ろうと思ったの?」

 パナケイア聖騎士団は修道騎士団だ。所属するには必ず修道女にならなければならないし、「清貧、博愛、奉仕」の誓いを守らなければならない。しかも一生、だ。貴族としての贅沢な暮らしを捨てるのは、そう簡単なことではないはずだが。

 しかしリフィアは長いまつ毛を瞬かせると、なぜそんな当たり前のことを聞くのかわからない、という表情で言った。

「それが貴族に生まれた者の責務でしょう。弱い人々を守り生活を豊かにしてあげること。それこそ高貴な身に生まれたものの務めだわ」

「さすがだね」

 同意しつつも、エイルはリフィアの持つ「青い血」への意識の高さに内心舌を巻いていた。

 リフィアのように考えて、さらには行動に移せる貴族がいったい帝国に何人いるだろう。しかも公爵家といえば帝国貴族の最高位。生まれたときから手にしている富も地位も権威も想像を絶するものだ。小国の王が王冠を手放すに等しい。

「でも人々に奉仕するなら他の道もあったんじゃない? なんで騎士団なんて危険な道に」

「私は生まれたときから魔力の適性が高かったの。その力を生かしてみたい、という思いもあったわね」

 実際リフィアの持つ魔力量はエイルについで騎士団二位だ。エイルの魔力量が規格外であるだけで、リフィアも十分天才と呼ぶにふさわしい魔力を持っている。

「ご両親は反対しなかったの? 特にその、お父さんとか」

 貴族社会において婚姻関係は非常に重要だ。リフィアのような身分なら、他家に嫁ぐのが当然と生き方を強制されてもおかしくない――エイルはそう考えたのだが。

「全然。私に人々への奉仕を教育したのはお父様よ。むしろ応援してくれたわ。パナケイア女子修道会に入って騎士団を目指すのはとても名誉なことだから」

 リフィアはあっさり首を横に振った。娘が戦場におもむき魔物と戦うことに反対しない? エイルがわからないでいると、続けて口を開く。

「エイルにはまだピンとこないかもしれないけど、帝国中央、特に帝都の貴族にとっては、パナケイア聖騎士団に選ばれることはとても名誉なことなの。私がパナケイア聖騎士団に入ることは家名を上げると思われいるのよ。もちろん私は家名を上げるために入ったわけじゃないけど、父も母も、親族も誰も反対しなかったのはそのせいね。実際私が副団長に任命された時、教皇聖下から祝福の手紙が実家に届いたらしいわ。さすがに副団長にまでなるとは思ってなかったみたいで、実家は大騒ぎだったみたい」

 貴族の名誉の守り方は色々な方法があるようだ。リフィアの生き方を知れば知るほど、貴族とはかくあるものかと思い知らされる。エイルも一応男爵家の血が流れているわけだが、リフィアを見ると同じ貴族とはとても思えなかった。

 それにしても、リフィアの実家ですら大騒ぎになったなら、エイルの騎士団長就任はいったいどれほどの騒ぎになっただろう。エイルの実家は、もう跡形もないけれど。


パナケイア聖騎士団戦力編制


一個騎士班:5名編制。内訳は騎士1名、弓兵担当従士2名、魔術師担当従士1名、治癒術士担当従士1名。騎士が指揮する。通常騎士の名前を頭につけて「〜〜班」と呼称される。

(これは標準的な冒険者パーティ編制を参考にしている。騎士団は本来ダンジョン内の魔物討伐が主任務であるため。兵数比が前衛と後衛で偏っているのは、最前線で戦うのは騎士の役目というパナケイア聖騎士団の伝統のため。)


一個騎士隊(ラングエ):250名編制。騎士50名、従士200名。50個騎士班で編成される。騎士隊長(プライアー)1名が指揮する。


騎士団:1000名。4個騎士隊で編成される。事実上、パナケイア聖騎士団の最大戦力。騎士団長(グランドマスター)1名が指揮する。


例として、エイルは《パナケイア聖騎士団》の「騎士団長」であり、《第一騎士隊》の『騎士隊長』であり、《エイル班》の『騎士』(班長)となる。

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