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騎士団が勝つために

 リバート州第三の都市カロガンツの陥落、その知らせにはさすがのエイルも冷静ではいられなかった。

「それじゃあこれで……」

「ええ、これで帝国西方(リバート)州の南部は魔王軍の手に落ちる」

 リフィアがうなずく。エイルは一瞬呆然とした。

 すぐに自分の両頬を張る。

「リフィア、すぐに騎士団幹部を招集して。緊急の作戦会議をしないと」

「ええ」



 午前8時、会議室には騎士団長エイル、副団長リフィア、第三騎士隊長ハイジー、第四騎士隊長メングラッド、従士長ラウラ、聖女ヒュギエイア、それに事実上の技術顧問ニコの七名が集まった。これ以降、セプテム城のトップ集団はこの七人が務めることになる。

 会議室にある巨大なテーブルの上には帝国西方領(リバート州)の地図が載せられている。会議の話題は当然、魔王軍の動きについてだ。

 エイルが地図の一点を指し示しながら言う。

「カロガンツの街が魔王軍によって陥落させられた。これでリバート州南部の中規模都市は全て攻略されたことになるね」

 リフィアが攻略された都市に標石を置いていった。

「魔王軍の行動からして南部を策源地(※侵攻軍の後方拠点)にして侵攻を図るのは明白でしょうね。すると」

 続いて、地図中央部を貫く街道の上を指でなぞる。

「やはり侵攻路は中央(アルバ)街道で間違いないさそう」

 リフィアの指摘に他の全員が頷く。

 メングラッドが尋ねた。

「うちらの方に敵が向かってくる可能性はどのくらいだ?」

北部(ベルタ)街道は大軍を通すのに適していないから、侵攻路として選ばれる可能性は低いと思う」

 すぐにエイルが答える。

 ベルタ街道は帝国西方領の北側を通る道である。セプテム山脈など幾つかの山系を通り、途中で二つに分岐して帝国北方と中央部へと繋がっている。重要な交通路ではあるが、山間部を縫うように通され一部は峡谷を抜けなければならないところもある。平時の交通はともかく、有事軍が移動するには向かない道だった。侵攻軍となればなおさらである。

 ただ、とエイルは言う。

「魔王軍がセプテム城を放置するとは思えない。魔王軍が帝国中央部へ本格的に侵攻した時、後背を脅かせる唯一の城がこのセプテム城だもの。常識的な司令官なら再攻勢をかけるときに必ずここにも軍を向けてくるはず」

 セプテム城はベルタ街道を扼す位置に築かれており、帝国中央部とも北方とも容易に連絡の取れる場所にある。セプテム山脈からはリバート州北部平野を広く見張ることができ、敵にとっては厄介この上ない城だ。もし仮に十分な兵力があれば、アルバ街道を進む敵軍と策源地の間を遮断し補給を断つことも可能だった(現在のセプテム城にはそのような兵力はないので、夢物語ではある)。

 このように重要な城塞だからこそ、過去何度も魔王軍からの攻撃を受けてきたのだった。今回は主要侵攻路にないとはいえ、魔王軍としてはぜひとも潰しておきたい城のはずだ。

 メングラッドが続けて尋ねる。

「やっぱり来るか。数はどのくらいだ?」

 エイルは片手をゆるく握ると顎の下に当てて思案する。

「うーん、常識的に考えたらそんな数は多くないとは思うんだよね。8千から1万ってところかな。魔王軍からしたらひとまず城の兵力が動けないよう張り付けばいいわけだから、そのくらいの数で十分なはず」

「少なくても一万かよ……」

「うん。実際、1万の兵力で目の前を封鎖されたら、私達は何もできないよ」

 セプテム城は山道を塞ぐように作られた城だ。両脇は断崖絶壁であり、城の前後どちらかしか攻めることは出来ない。深い山中にあるため迂回も不可能であり、事実上、城にとって正面に当たる南側の正門しか攻め込める場所はなかった。エイルたちにとっては守りやすい地形と構造だが、同時に正門前を封鎖されると何もできなくなる。北側の裏門があるため補給を絶たれる心配はないものの、城に籠もっているしかない。パナケイア聖騎士団はなんと言っても兵力一千しかない小勢だからだ。積極的に攻勢をかけられるような兵力の余裕は、無い。

 それでも、エイルの表情は明るかった。

「でもそれでいいんだよ。私達の目的は魔王軍と戦うことじゃない。この城に避難してきた人たちを守って、無事に逃してあげることなんだから。魔王軍がこの城を攻めてくるなら戦うけど、睨み合いになるだけだったらそれで構わない。とにかく私達は時間を稼いで、一人でも多くの避難民を逃がす。そのために戦う」

 ふうん、とエイルの言葉を聞いていたニコが、疑問を投げかける。

「とは言ってもいつまでも城に籠もっているわけにもいかないだろう。食糧だって無限にあるわけではないのだし……それともエイルは本当にすべての避難民を無事逃がすまでここにいる気かい?」

「大丈夫だよ。ちゃんと目星はつけているから。――11月。今年の11月末まで粘れれば、戦いは終わるはず」

「11月? なぜ言い切れるんだい」

「そうか、冬が来るからか」

 先に理由に思い当たったのはさすがというべきか、戦歴豊富なメングラッドだった。

 人類大陸では伝統的に冬期は休戦期間となっている。冬は体力を消耗する上に補給が困難で、おまけに北部や山間部は雪に閉ざされる。戦争をするにはあまりに厳しい季節なのだ。

 それは魔王軍であっても同じ、いや、魔王軍こそ一番冬を恐れているのだった。魔王軍の根拠地である魔大陸は人類大陸より南寄りにあり、全体的に温暖な地域なのだ。魔物は総じて寒さに弱く、特にドラゴンは、一部の種を除いて冬はまったく動けなくなる。ドラゴンが戦えないというのは

もう魔王軍にとって致命的だった。

 寒さに弱いだけではない。冬は火の魔力(マナ)が最も少なくなる季節だった。自然界では常に全ての属性のマナが放出されているわけではなく、季節ごとに大地から生まれるマナは変動する。例えば火の魔力は夏が最も大きく冬が一番少ない。他にも火山では火の魔力が多くなり、森では土の魔力が増えるなどその土地にも左右される。

 ほとんどが火の魔力を主要属性としているドラゴン種は、この点でも不利だった。

 魔王軍が冬に侵攻してきたことは、過去に一度もない。今回の大侵攻も、春を待ちわびるようにして開始された(魔王軍が最初にリバート州南岸に到達したのは、4月1日だった)。今回も今までと同じく、魔王軍は冬が来れば自然と軍を引き上げ策源地で冬営をするだろうと思われた。

 11月末まで粘れば、エイルたちに勝機はある。セプテム城は山中にあるから場合によってはさらに早まるかも知れない。これは援軍の望めないパナケイア聖騎士団にとって数少ない希望だった。

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