「少女たちの戦争」2
――二日前のこと。
「反対ですっ!」
エイルはセプテム城城主の間で声高く叫んだ。
目の前にはセプテム城に籠もるソラン帝国軍の主だった面々……帝国騎士団を率いる貴族たちが眉をひそめ、あるいは見下した様子で座っている。
最も不快感をあらわにした軍司令官、ボンパル公爵は椅子に肥満体を沈み込ませて言った。
「貴様の意見など聞いとらんわ。ともかく我が軍はこの城を放棄する。これはもう決定したのだ」
「魔王軍の追撃部隊が迫ってます。ここにいる避難民はどうなるんですか! 女性に子供、重傷で動かせない人までいるんですよ」
「我が軍は来たるべき反撃のために少しでも戦力を温存しなければなないのだ。避難民のことなどかまってられるか」
「見捨てるとおっしゃるんですか? あなたの、あなたの国の国民なんですよ!」
「必要な犠牲というやつだ。我らは人類全体のために戦っているのだから負けるわけには行かぬ。魔物討伐ばかりで戦争をしたことがない者はこれだから」
ボンパルは忌々しげにそう吐き捨てた。目にはたかが十八歳の小娘が偉そうに、という侮蔑がある。あまりの態度にめまいを覚えたが、なおもエイルは食い下がらずにいられなかった。
「せめて、せめてしばらく兵を置いて、魔王軍の追撃部隊だけでも迎撃しませんか。敵はあと三日でここに来ると言われてます。追撃部隊を撃破すれば、次が来るまでに少しでも避難民を逃がせるかもしれません」
「そんなことしている暇があるわけなかろう! 我々は一刻も早く帝国本軍と合流せねばならんのだ!」
「ですが……」
「くどいっ! こんな議論に時間を潰している暇はないのだぞ。くそっ、貴様が我が軍の配下なら軍令違反で処刑しているところだ!」
ボンパルが机を叩くと大声で怒鳴った。戦場慣れしているエイルはその程度でビクつきはしないが、胸に絶望感は広がる。気に食わないことがあれば恫喝と脅迫で解決できると思っている人間に説得は難しい。
深いため息をつく。
「はーー……、よく、わかりました」
「ふん、納得したならば早く撤退準備を急げ」
しっし、と追い払うように手をふるボンパルに対し、エイルは鋭い視線を返す。
「公爵は先程おっしゃいましたね。騎士団は帝国軍の配下ではないと。その通りです。パナケイア聖騎士団は帝国との同盟関係であり、下についたわけではありません」
何を言い出すのかと注目する公爵や貴族指揮官に対し、エイルは強い決意を宿した瞳を向けた。
「私達は撤退しません。ここにいる避難民を守るため、最後まで戦います」
「なんだと!?」
「貴様、自分が何を言っているかわかってるのか!?」
貴族指揮官たちが一斉に気色ばむ。エイルは構わず続けた。
「この城は私達が守りますから、皆さんはどうぞ先に逃げてください。民を守ろうとしない軍隊に用はないので」
「ば、馬鹿なことを! 貴様らだけで魔王軍の攻撃を防げるわけ無いだろう。この城は城壁も無いんだぞ!」
「図に乗るなよ小娘が! たかだか一千の騎士団に何ができる!」
「パナケイア聖騎士団などと持ち上げられて調子づいたか? 所詮修道女の寄せ集めではないか!」
貴族指揮官たちが次々と罵る。 もはやエイルは全員の言葉を聞いていなかった。席を立ち、一人で出口へと向かう。
怒りで顔を赤黒く染めたボンパルが叫んだ。
「逃げる! 逃げるだと!? よくも儂を馬鹿にしてくれたな、我々が臆病風に吹かれて撤退するとでも言うのか!」
会議室から去り際、振り返って言う。
「その通りでしょう。ただの修道女ですら民のために戦うというのに、あなたたち貴族はまっさきに逃げ出して、恥ずかしくないんですか?」
「〜〜〜〜〜〜っ!!! よくぞ吼えたな小娘が! 絶対に後悔するぞ!!!!」
ボンパルはなおも何事か喚いていたが、エイルは構わず扉を締めた。中から罵声らしきものが聞こえたが、分厚い扉に阻まれて何を言っているのかわからない。
怒りのおさまらないエイルは会議室を出てからもしばらく足音高く歩き続けた。
が、やがて、ヘナヘナとその場に座り込む。
「……ああ〜、やっちゃった〜。みんなになんて言おう……」
かくしてエイル達パナケイア聖騎士団は、帝国軍と別れ独自にセプテム城塞に籠城することとなった。