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錬金術師ニコ 3

「な、なんでですか!? 魔王軍が近づいて逃げ出したいお気持はわかりますが、少しでも助けてもらえませんか?」

「違う違う。百年間人類同士の戦争も人類と魔王軍との戦争も興味なかった私がいまさら戦を恐れるわけ無いだろう。私ならまず殺されることもないしね。別に魔物が怖くて早く逃げたいってわけじゃないよ」

「ならどうして……」

 団長室のソファにゆったりと腰掛けたニコは美しい金の指先をピンと伸ばした。

「一言で言えば興味がないからさ。城の建築欲求は百年前このセプテム城を作った時にだいぶ満たされたんでね。それに私はいま別の興味深い研究をしている。他のことに関わっていたくないのさ」

 エイルがなにか言うより早く、リフィアが叫ぶ。

「で、でもここには避難民が大勢残っているわ。あの人達はこのままでは魔王軍に蹂躙されてしまう」

「それこそ、興味がないね。私は自分が落ち着いて研究できれば外の世界がどうなろうと構わないんだ。避難民には同情するよ。でも私が積極的に手を貸す理由にはならないな」

「私達や避難民だけの話じゃない、これは人類の危機なの! 魔王軍の侵攻はこれまでとはわけが違う。このままではソラン帝国が滅びかねないわ」

「リバート王国が滅んだことすら知らなかった私だよ。国家の興亡に興味はないんだ。何しろ百年くらい研究に没頭していたらまた新しい国ができてるからね。それに、このセプテム城は大陸中央への街道からは外れてる。ここが戦いの趨勢に関わるわけではないんだろう?」

 ニコはそう言っておだやかに紅茶を飲んだ。リフィアは絶句している。ニコの言葉はノブレス・オブリージュを体現する彼女には想像外のことなのだ。

 考えも価値観も全く違う。エイルは認識を改めた。ニコは人間と似ているように見えて、『錬金術師』というまったく別の生き物なのだ。彼女に人間の論理や感情をいくら説いても心動かされることはないだろう。

 まずい、このままではニコはきっと紅茶を飲み終えたら再び地下の研究室へと戻ってしまう。そして、今度はきっと二度と出てこない。

 エイルは説得する糸口を必死に探して言葉を紡いだ。

「ニコさんは、なんで私達の話を聞いてくれたんですか?」

「外の世界に久しぶりに興味が湧いたからだよ。百年も経ったと聞いたらやっぱり好奇心が刺激されるよね。しかし目新しい技術や魔法は生まれてないみたいだし、話を聞いただけで満足かな」

「でも百年前より進歩はしています。人類が滅んだらその技術も失われてしまいますよ」

「そうだね。その辺はまあ、今の研究に目処がついたら自分で把握しに行くよ。まあ二ヶ月後といったところかな。それまで君たちが戦っていたら、すこしは助けようじゃないか」

 それではまるで間に合わない。魔王軍はいつまたやってくるかわからないのだ。

 エイルは騎士団側の秘宝とも言えるものを差し出した。

「魔法甲冑はどうですか? あれは百年前にはなかったもののはずです。ニコさんが手伝ってくれるなら、あれを自由に調べても構いませんよ」

 ニコの目が初めてわずかに輝いた。

「魔法甲冑! あれはいいね。素晴らしい発明だよ。たしかに私も興味をそそられていたんだ」

「なら!」

「だが、だめだな」

「なんで……」

「魔法甲冑はたしかに興味をそそられるが、これでも天才錬金術師だからね。物の解析には慣れているんだ。君たちを手伝う片手間でも二週間もあれば私の知りたいことは大体わかってしまうだろう。そうしたら私は手伝うのを終わりにして研究に戻るよ。それでは君たちが困るだろう?」

 エイルはガックリした。人類の最高技術を集めた魔法甲冑でも、ニコなら二週間ですべて調べつくしてしまう。そしておそらくそれは誇張ではない。五百年を生きるニコの知力はもはや人類を遥かに凌駕しているのだ。

 ニコは、何もかもを見ていながら何ものをも映していないような瞳を揺らすと、ティーカップを置く。

「君たちの差し出せる飴玉はそのくらいかな? なら私はそろそろ研究に戻らせてもらおうか。ごちそうさま、紅茶おいしかったよ」

 ニコが去ってしまう。焦ったエイルは自分でもわけのわからないことを口走った。

「えーっと、そ、そうだ! ニコさん、よければ新しい城の設計図を見てもらえませんか?」

「設計図?」

「はい。ニコさんがセプテム城の設計者だって言うならぜひ意見を聞きたくて。あ、でもでも素人の私がこういう城を作りたいなーってなんとなく図面引いたものなんですけど、みんなからは斬新すぎて作れないって言われちゃって」

 必死になってまくし立てるエイル。対してニコは、

「斬新、ねえ」

 と呟いた。言葉には揶揄するような響きがある。

「ま、たしかに私の城に関する知識は百年前で止まっているけど、これでも自分なりに研究は続けていたんだよ。城の構造がそうそう一変するようなものは生まれないと思うけどな」

 浮かしかけた腰を再び下ろしたニコは、それでも先を促した。

「いいよ。おいしかった紅茶のお礼だ。見るだけ見てあげよう。図面はすぐ持ってこれるのかな?」

「ありがとうございます!」

 エイルは団長室の机に置きっぱなしになっていた図面をとって渡す。子供の描いた絵を見る教師のような表情でニコは受け取った。

 その顔が、最初の図面を見た途端に一変する。

 ニコは焦ったように設計目的を読み始める。それから平面図、立面図、断面図など様々な図面を食い入るように読み続けた。設計図は素人のエイルの描いたものなのでわずか十数枚ほどだが、ニコは何度も何度も深く読み返していた。

 一切言葉を発さず集中するニコに、部屋の誰もが戸惑った。描いたエイルはもちろん、リフィアもラウラも何がそんなにニコの感情を掻き立てたのかわかっていない。全員でじっとニコの様子を見つめる。

 ニコが再び顔を上げるまで、それほど時間はかからなかった。しかしその短い間に彼女の表情は一変している。汗をびっしょりかき、目を見開いていた。

「……エイル、君がこれを書いたと言っていたね」

「は、はい」

「君がこれを? 本当に?」

 ニコは低く唸ると、背もたれへ大きくのけぞり天を仰いだ。

「信じられない……。私が発想で負けた……」

「え?」

「気が変わった」

 急にバネじかけのように身体を戻したニコは、これまでにない満面の笑みを浮かべていた。

「君たちに協力するよ。いや、ぜひ手伝わさせてくれ。エイルの考えたこの城を、なんとしても完成させたい」

「本当ですか!」

 エイルが思わず喜びをあらわにすると、ニコは大きくうなずいた。

「エイル、君の言うとおりだった。この城はあまりに斬新で、最高だ。君はどうしてこんな城の形を思いついたんだい?」

「え? どうしてっていうか、今の戦術を進歩させてくとこういうのが必要になるかなって思っただけで……」

「戦術理論だけでここに至ったのか。恐ろしい思考力だ。エイル、もうわかっていると思うけど、こんな城を作るのは大陸で私達が初めてになる。いままでの城塞建築の常識が通じない」

「はい、だからみんなにも止められちゃって……」

「大丈夫だ! 私がいる! 約束しよう。この城の設計から工事、完成後の戦いまで全て協力する! 私の全力を注ごう」

「ありがとうございます」

 ニコはエイルの両手を掴むと、ブンブンと振った。

「素晴らしいよエイル。私が今手掛けている研究を投げ出してもいいと思うほど興味をそそられたのは初めてだ」

「こちらこそ、伝説の錬金術師のお力を借りられて嬉しいです」

 エイルの顔を眩しそうに見つめてニコが言う。

「君は自分の凄さを全然わかってないんだな……いやそこも興味深い。ともかく、これからよろしお願いするよ」

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