騎士団幹部会議 2
診察と治療を受けながら、話題はそのまま昨夜の会議のことになる。
「それにしても、メングラッドさんがあんな強く反対すると思いませんでした。なんと言いますか、団員の出自よりも実力を重視するタイプだと思っていたので」
「あ、それは私も思ってた『身分とか年齢とか関係ねえ、強えやつが上だろ』ってよく言ってたし」
「エイルさん、メングラッドさんに嫌われてるんですか?」
「うぐっ! ……ヒュギエイアさんは容赦なくくるなあ」
「あ! ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃ」
「あはは、いや、私もあんまり嫌われてるとは思わなかったんだけどね。そもそもこの戦争が起きる前は、第一と第四でほとんど接点なかったし」
◆◆◆◆
ヒュギエイアが賛成したことで、エイルの騎士団長就任会議は賛成二、反対一、中立一となった。
旗色が悪くなってきたメングラッドは、最後に残ったラウラに話を向けた。
「ラウラの姉御はどうなんだ?」
「私ですか」
ラウラがすっと切れ長の目を開く。他の全員が固唾をのんで見守った。
ラウラは従士長であり騎士ではない。騎士団長秘書も臨時で務めているが、これも騎士団の幹部職としては一番下になる。しかしラウラは何よりも三百年騎士団に在籍し続けたという重みがあり、騎士団全体の相談役、名誉顧問のような位置にあった。それだけに彼女の発言に全員が注目したのだった。
「十八歳の騎士団長。これはたしかに異例です。私は三百年騎士団にご奉公しておりますが、今回が初めてのことと思います。ですが、エイル様はそれ以外の全てで団長として必要な資格を持っておられます。パナケイア聖騎士団の団長になる条件は三つ。一、全騎士が出席する、騎士団総会で団長に選出されること。二、騎士団総会をやむを得ず開けない場合に、前任の騎士団長から直接指名されること。三、騎士団総会も騎士団長による指名も行えない場合、騎士団幹部会議により至当と認められるものが選出されること。その際騎士隊長相当の戦闘能力を有していること。エイル様はこの二と三の条件を満たしてございます」
感情を込めずに淡々とラウラは語り続ける。
「パナケイア聖騎士団騎士団長は人格の高潔さや指揮能力も求められますが、伝統的に何より戦闘力を重視いたします。普通、聖騎士団の騎士になるには魔力五千以上、騎士隊長には2万以上、騎士団長には3万以上の数値が必要とされています。メングラッド様は魔力35000、リフィア様は40000。お二方とも歴代の騎士隊長に勝るとも劣らぬ素晴らしい魔力量です。ハイジ―様は27000とやや低めですが、身体能力がずば抜けております。本来であればどなた様が騎士団長となられてもおかしくない実力をお持ちです」
ラウラはそこでちょっと言葉を切った。わずかな溜めを作ってから話を続ける。
「ですが、エイル様の魔力はそれを遥かに超える82000です。破格、そう申し上げてよろしいでしょう。戦闘能力で見た場合、エイル様が騎士団長となるのになんの不思議もありません」
メングラッドが舌打ちして黙り込む。エイルの魔力量が飛び抜けていることは彼女も認めざるを得なかった。実力が足りないから騎士団長にふさわしくない、とは言えないのだ。
「以上のことから、私がエイル様の騎士団長就任に反対する理由はございません」
ラウラは最後まで淡々とした調子で意見を締めくくった。誰も発言しない。その必要がなかった。ラウラの言葉で状況は決定的になってしまった。
「えーっと……」
従士長のラウラにも認められて嬉しいものの、素直に喜びづらい沈黙の中でそれでも何か言おうとエイルが口を開きかけたとき。
「クッソっ!」
突然メングラッドが机を蹴飛ばして立ち上がった。そのまま何も言わずに部屋を出ていく。
皆唖然として見送った。ラウラですら虚をつかれたようだった。
エイルが席を立つより早く、リフィアが腰を上げる。
「私が行く。エイルはここに残って」
追いかけようとするエイルを押し留め、リフィアは部屋を出ていった。
◆◆◆◆
「……あれはびっくりしたね」
「メングラッドさんは、たしかにちょっと荒っぽいところもありますけど、子どもたちや患者さんにやさしくてさっぱりした人だったので、出ていってしまったときは驚きました」
「そのあとリフィアと一緒に戻ってきて、一応私の団長就任を認めてくれたけど二人でなに話したのかな」
「さあ……私には検討もつきません」
そのまましばらく二人の会話が途切れた。ヒュギエイアの治療によって、傷んだ身体が少しずつ回復していくのをエイルは感じる。戦闘で負う傷は治癒魔法によって治すことができるが、魔力仕様による経脈の消耗や内臓の疲労は修道女による治療でなければ癒せない。
だんだんと意識がぼんやりしてくる。あれ程休んだのに、再びまぶたが重くなってきた。このままだと眠っちゃいそうだな……、とエイルが思ったとき、
「エイルさんはもっと自分の身体を大切にしてください」
ポツリと、独り言のようにヒュギエイアが呟いた。
「ごめんねヒュギエイアさん。負けられない戦いだったから」
「みなさんが私達を守るために戦ってくれているのは理解しています。でもどうか、自分の限界を超えて戦うような真似はしないでください」
「うーん……」
少し考えてから、エイルは身体を返し仰向けになった。心配げな表情をしているヒュギエイアへとその手を伸ばす。聖女の頬に触れるか触れないかのところで手を止め、話す。
「魔王軍の侵攻を防ぐには、かなり無茶しないといけない。じゃないと騎士団員も、城のみんなも、避難してきた人たちも守れないよ。私はパナケイア聖騎士団の騎士団長になっちゃったからね。できる限り頑張らないと」
「……ブリジッド団長は、あなたにそんなになってほしくて、団長職に指名したわけではないと思います」
「そうだね。でも私は、自分の身体よりも騎士団のみんなのほうが大切ってどっか思っちゃうんだよね。苦しいのが好きなわけじゃないけどさ、強くなるには必要だって思ったらやっちゃう。だってどんなに身体を大事にしても、強くなかったら結局殺されちゃうでしょ」
聖女が今にも泣き出しそうな表情になる。涙を押し止めるように、エイルはヒュギエイアの頬を両手で優しく包み込んだ。
「だからヒュギエイアさんが私の心配をしてくれると安心する。ヒュギエイアさんが私の身体を大切に診てくれるから、私も大切にしなきゃって思えるんだよ」
「私は、エイルさんの身体を癒すのが精一杯です。失った寿命を取り戻すことも、死んだら復活させてあげることもできません」
「うん、だから、せめて死なないようにがんばるよ。私だって生きたいって気持ちはある。本当だよ」
ヒュギエイアは一度目を閉じ、開けて、小さく息を吸った。
「私はいつでも、エイルさんの帰りを待っていますからね。忘れないでください」
「うん、必ずここに帰ってくる。約束するよ」
女神パナケイア……治癒、健康、医学の女神。パナケイア聖騎士団、パナケイア女子修道会が信仰する主神。蛇の巻き付いた壺、もしくは壺そのものが象徴として扱われる。
パナケイア女子修道会……女神パナケイアを信仰する修道女の教団。病と怪我に苦しむ人々の救済を目的としている。世界各地に支部となる教会があり、また病院、孤児院、救貧院を運営している。修道会の資金は寄付とそれの運用益によって賄われており、大陸でも屈指の富裕な組織。
モットーは「清貧、博愛、奉仕」