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第二話 『死に物狂い』(Side C)

 この僕、罅山倉運(ひびやまくらうん)は、現状に対して酷く苛立っていた。

 まさか――僕の叔父がいなくなるなど、三ヶ月前に予想しただろうか。否、していない。

「しかし、あいつ(・・・)の親戚が失踪してからもう三ヶ月だからな。捜査がほとんど進展していないって話聞いたぜ」

「そうそう。私、昨日動画共有サイトの動画配信で見たわそれ」

「あとさ、これ噂なんだけど……実際は失踪って言われているけど、他に女作って逃げちゃったとか何とか」

 学校の同級生達が、共通の話題を作って、彼らの世界に入り浸っている。

 耳を澄ませば、自分に関してあることないこと言われているようだ。しかし、このような状況にも随分と慣れた。そして、慣れてしまった自分に対して嫌悪感を抱く。

「確かそうだよな、罅山?」

 にやにやと楽しそうに笑いながら、残酷な戯言(ざれごと)を並べるクラスメイト。

 必ずこのパターンだ。このやり取りを何十回、いや何百回したことだろう。自分でも分かっている。分かっているが、どうすることもできない。それがこの世の理。学校と言う名の社会の縮図だ。

 相手の求める答えは分かっている。スクールカースト最下層の僕は、自分に与えられた役を演じるだけだ。

「そうだよ」

 心の内側から沸き起こっている感情を噛み殺しながら、僕は道化を演じる。それを見てやっぱりな、とでも言いたげに、皆が自身の顔に笑みを張り付ける。笑顔と言う名の仮面を装着し、本性を隠しているのが見て取れた。

 この空間にいるのは、機械仕掛けの生物だけだと思った。彼らは、生物の顔を所有するただの機械だ。誰しもが同調できることを呟き、それに対してただただ頷くだけ。一言で言えば、同じ顔をしているだけのロボットなのだ。

 馬鹿馬鹿しい――。実に無意味(ナンセンス)だ。こんなことを考えているだけで無駄だし、付き合っている行為自体に意味を見出せない。

 だから僕は、怒りに身を任せるようなことはしない。それが実に愚かなことであると言うことを、僕は十分に理解しているからだ。

「おいお前ら。席に座れ。今からホームルーム始めるぞ」

 学校の先生が扉を開けながら、お決まりの呪文を唱える。それを聞くなり、まるで魔法にかかったかのように、生徒達は着席した。統率が取れたその動きは、指令を受けた機械の挙動を思い起こさせた。

「まず最初に、だ。お前らも知っての通り、最近、この童卦市(どうけし)周辺で通り魔が出没しているらしい。警察も警戒態勢を強め、犯人逮捕に全力を尽くすとのことだが、しばらくは何人かで帰宅するようにしてくれ。また何か問題があるようであれば、俺のところに連絡するように。なお、部活動は当面の間禁止と言うことで話がまとまった」

「先生。さっきスマホの動画配信で見ましたけど、その通り魔って、人を殺しているって、本当なんですか?」

 機械の一人が、先生に対してかなり物騒な質問をしてくる。けれども、確かに重要な質問だ。殺人と傷害では、ことの重みが変わってくる。

「残念ながら、本当だ。これまで怪我をした者はいたが、死者は出ていないとされていた。しかしだ。昨日遂に死者が出てしまったと言う知らせが入った。だからこそ、十分に注意してほしい」

 教室内が少し騒めき始める。死者が出たという話は、はっきりとは報道されていなかった。恐らく、下手に不安を与えないような対応をしたいと考えたためだろうが、隠蔽工作をされていたのではなかろうか。

「先生。今話題のリモート授業とかにならないんですか? コロナウイルスも流行ってきましたし、そろそろ当学校も行うべきかと。そうすれば外出する機会が減るので、通り魔と接触する確率も下がりそうな気がします」

 いかにも優等生ですと顔に書いてあるような男子が、突然PCを使った授業を提案し始める。名前は忘れてしまったが、確かこの県立童卦高等学校の生徒会長とかだったはず。

「それは良いアイディアだが、まだこの学校の設備的に難しいところがある。当然現状これではまずいということで、校長や他の先生達と話して、急ピッチで進めているところだ。目安は一週間と言ったところかな」

 優等生君の質問に対して、先生はかぶりを振って答える。周囲からは、落胆の声が聞こえてきた。やはり、誰しもがリモート授業に憧れていたのだろう。

「つまり、一週間は自分達の身は自分達で守れと言うことで宜しいですね?」

 優等生君が、ずり落ちた眼鏡をくいっと押し上げつつ、念を押してくる。その言い方は人を食ったようであり、どこか挑発的でもある。

「申し訳ないが、そう言うことになる。あと、時山(ときやま)の発言で思い出したが、コロナウイルスの対策は徹底しておいてくれ。他校でも感染者が出たと言う情報を得た。当然だが、うがい手洗いをしっかりしておくように」

 生徒会長の挑発的な言動に対し、彼をその鋭い眼光で睨みつける先生。

 どうやら、生徒会長は時山と言うらしい。そんな時山君は、まだ何か言いたそうだったが、先生の眼光に気おされて黙り込む。彼は意外と噛み付くタイプのようだ。結構な社会不適合者だと思う。良く生徒会長をやっていられるものだと感心した。

「あとそれと、だ。悲しい知らせばかりで悪いが、来月深山が転校することになった」

 突然の仲間の転校に、再び教室が騒然となった。深山の近くにいる女子生徒は、深山に先の話が本当のことかと尋ねている。生徒会長の時山君よりも人気のある深山は、困った顔でただただ黙るだけであった。

 ああ――先生が今言った話は、本当のことなのだと僕は悟った。来月には深山が僕の前から姿を消してしまうのだ。

 それは耐えられないことだ。実に耐えられないことだ。何があっても耐えられない苦しみだ。

 さすれば僕の取るべき行動は一つ。深山が転校する前に、深山を自分のものにするしかない。

 そんなことを考えながら、僕は改めて深山の方を向く。並のモデルと比べてみても決して見劣りしない、美しい顔立ちが僕の目に映った。掃き溜めに鶴とはまさにこのことだろう。他の機械達とは異なり、一人だけ際立っている。

「と言う訳で、深山のお別れ会をしようと思う。このご時世だし、大きな騒ぎはできないが、深山、ささやかな俺達からの贈り物と言うことで受け取ってくれ。時山、主体となって先導してくれるか?」

「分かりました先生。深山さん、最高の会にしますので、期待しておいてください」

 時山君と先生が何か言っているが、僕の頭の中には何も入ってこなかった。今の僕は、所謂茫然自失と言う状況なのだろう。

 どんなことをしたところで、深山が転校する事実は変わらないのだ。来月になれば、深山がいたという痕跡は跡形もなってしまう。

 それならいっそのこと、深山を殺すことで、深山を手に入れるしかない(・・・・・・・・・)。深山を殺してホルマリンにでも漬けてしまえば、深山は永遠に腐ることない。その美は永久に保存されるのだ。優れた芸術的作品は、後世に伝えなければならない。

 まずはホルマリンを入手しなければならない。深山の殺害方法としては、できれば深山の綺麗な体に傷をつけたくないから、致死性の毒で殺すのが良さそうだ。

 後はできる限り証拠を残さないように、色々計画を立てる必要がある。あくまで深山は失踪したことにしなければならない。事件に巻き込まれた等と言う可能性が少しでも浮上すれば、警察の捜査はより厳しいものになるだろう。

 期限は一週間。一歩間違えれば、僕の人生は確実に破滅だろう。しかし準備を怠らなければ、深山は永遠に僕のものになるのだ。

 いや、大丈夫だろう。多少何かしらの問題があったとしても、全て通り魔のせいにしてしまえば良いのだから。

 フフフ。深山、これからは僕とずっと一緒にいようね。

 僕は周りに気づかれないように、深山に小さな微笑みを送ると、再び先生の話に耳を傾けた――。

評価、感想等々宜しくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まずこの世界の舞台が現代の日本、コロナが流行っている時期だというのが新しいと思う。コロナ禍の学校を舞台にするとどうしても面白さが引き立たないのだが、この作品はサイコパスをメインテーマとして…
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